1960年代から1980年代にかけて、当時の文化や社会情勢を映し出す作品を次々と発表し、時代の寵児となったアンディ・ウォーホル。常識に囚われないウォーホルのもとには、俳優やミュージシャンといったセレブだけでなく、トランスジェンダーなど多様な人々が集まった。
本記事では、ドラァグクイーンとトランスジェンダーの人々をモデルにした画期的なポートレイトシリーズ「Ladies and Gentlemen(紳士淑女)」を解説する。
目次
アンディ・ウォーホルとは
アンディ・ウォーホル(1928-1987)は、ポップアートの騎手として知られるアメリカのアーティスト。大衆文化や消費社会を主なテーマとし、「キャンベル・スープ」や「マリリン・モンロー」をモチーフとした作品で知られる。
デザインやイラストの仕事から出発し、映画監督、音楽バンドのプロデュースなど幅広い分野で活躍。シルクスクリーンプリントによる芸術作品の大量生産、「ファクトリー」と呼ばれるスタジオで労働者を雇っての制作などによって、オリジナリティのある1点モノに価値を見出すアート界に一石を投じた人物でもある。
没後も人気は衰えることを知らず、世界各国の主要美術館で個展が開催されているほか、「ユニクロUT」などファッションアイテムとのコラボも話題を呼んでいる。2022年には、京都で大回顧展「アンディ・ウォーホル・キョウト / ANDY WARHOL KYOTO」が開催され、100点以上の日本初公開作品を含む約200点が展示される予定だ。
「Ladies and Gentlemen」シリーズ 3つの魅力
❚ 制作背景
1975年、ウォーホルに「無名、匿名」のポートレイトシリーズの制作依頼が舞い込んだ。依頼主はイタリアの美術商ルチアーノ・アンセルミノ。長く交流のあったシュルレアリスムを代表する写真家マン・レイをウォーホルに紹介し、マン・レイのポートレートシリーズを持ちかけた人物だ。
ウォーホルが同意し、ドラァグクイーンのパフォーマンスを彷彿とさせる「Ladies and Gentlemen」と題したシリーズの制作が決定。スタジオ近くのクラブで、黒人やラテン系のドラァグクイーンやトランスジェンダー女性14名がスカウトされ、被写体となった。
引用:https://craigberry93.medium.com/
ウォーホルは自身で撮影した500枚以上のポラロイド写真をもとに、268点の絵画、65点のドローイング、10点のスクリーンプリントを制作。もともと100点程度の依頼だったものが膨れ上がり、ウォーホルの中でも作品数が多いシリーズのひとつとなった。スクリーンプリントに使用されているのは、シリーズを代表する10点として、膨大な写真の中からウォーホルが慎重に選び抜いたものである。
ドラァグクイーン:派手な衣装とメイクで女装してパフォーマンスを行う男性。アメリカのゲイカルチャーの中で生まれたとされる。「ドラァグ」はdrug(薬)ではなく、drag(引きずる)の意で、裾の長い衣装に由来。 トランスジェンダー女性:出生時の身体的特徴は男性だが、自身のジェンダー・アイデンティティが女性である人。
❚ 魅力1:LGBTQという斬新なテーマ
まず特筆すべき点は、ドラァグクイーンやトランスジェンダー女性をモデルとして起用したことだ。それまで、名のあるアーティストがこうした人々を扱った例はなかった。
ウォーホルのスタジオにはトランスジェンダーの人々が出入りしており、ウォーホルは彼/彼女たちを「スーパースター」と呼んでインスピレーション源にしていた。本シリーズのモデルのスカウト現場となったバー「Gilded Grape」には、ドラァグクイーンやトランスジェンダーの人々が集っており、ウォーホルはクライアントを連れて訪れることもあったという。
引用:https://www.smithsonianmag.com/
なお、ウォーホル自身も同性愛者だったが、積極的には公表していない。今でこそLGBTQが一般に浸透しているが、1970年代当時は差別の対象になることも多かった。キャンベルスープなど分かりやすいモチーフの作品と比べ、セクシャルマイノリティは理解されにくかったテーマである。
21世紀になってようやく時代が追いつき、本シリーズが再評価されるようになった。近年では、テート・ギャラリーの回顧展(2020年、ロンドン)や、写真美術館フォトグラフィスカの「Andy Warhol: Photo Factory」展(2021年、ニューヨーク)などで展示され、注目を集めている。
1)男が男であること、2)男が女であること、3)女が女であること、4)女が男であること。どれが難しいんだろう。答えは分からないけど、全てのタイプを見てきたかぎりでは、「自分が一番苦労している」と思っているのは、女性になろうとする男性だ。2倍のことをこなしているからね。ヒゲを剃るか剃らないか、着飾るか着飾らないか、男物の服を買うか女物の服を買うか。いろいろ考えて、とにかく全部やっている。別の性別になってみるのは面白いことなんだろうな」
Andy Warhol, From A to B and Back Again, New York, 1975, p. 98
❚ 魅力2:有名人と同じように描かれた無名の人々
マリリン・モンローをはじめ、ミック・ジャガー、エルヴィス・プレスリー、イヴ・サン=ローランなど、数々の著名人のポートレイトを手掛けてきたウォーホル。しかし「Ladies and Gentlemen」のモデル14名は、ほぼ無名の人々である。
2014年まで、モデルの名前すら公表されていなかった。ウォーホル財団の研究によって13人の名前が特定されたが、14人目はいまだ不明であり、13人についても詳細はほとんど分かっていない。
背景には、前述のようにセクシャルマイノリティが差別されるという危惧に加え、そもそも匿名性を重視した企画だったことが挙げられる。モデルのスカウトにあたっては、撮影者がウォーホルであることも隠そうとしていたという。モデルたちは50ドルの報酬を受け取って撮影に応じ、完成した作品を目にすることなく去っていった。
興味深いのは、できあがった無名のポートレイトが、著名人のものと比べても遜色ないことである。モデルの多くは比較的貧しい暮らしをしていたが、後の「Reigning Queens」シリーズに登場する女王たちと変わらず、気品あるスタイルで描かれている。光の当たらないところにいた人々が、ウォーホルの手腕によって、時代のアイコン的な地位に引き上げられているのだ。
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ウォーホルは彼女の7枚のポラロイド写真から60点もの絵画を制作。ポラロイド写真のサインから名前が判明したが、それ以上のことは知られていない。
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本シリーズにおいてウォーホルが最も気に入っていたモデル。7枚のポラロイド写真をもとに、73点の絵画、29点のデッサン、5点のコラージュを制作している。ドラァグクイーンシアターの一流スターとして活躍しており、後にプエルトリコに移住したこと、エイズを患って故郷のミズーリ州へ戻ったことなどが分かっている。
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36枚撮影したうちの3枚を使い、26点の絵画を制作。サインは残されていないが、彼女をスカウトしてきたウォーホルの知人により存在が確認された。
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作品としては2点しか制作されていないが、本シリーズのモデルの中で最も有名な人物。LGBTQ運動の先駆けと言われる「ストーンウォールの反乱」の中心人物であったとされ、ホームレスのLGBTQの若者を支援する団体を設立するなど、積極的な活動を行っていた。1992年にハドソン川で遺体が発見されており、何者かに殺害されたと考えられている。
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47枚のポラロイド写真と19点の絵画が残されているが、「Broadway」というサイン以外、フルネームも身元も不明。
❚ 魅力3:ウォーホル愛用のポラロイドカメラを使った初期作品
「Ladies and Gentlemen」は、ポラロイドカメラを活用したウォーホルならではの手法で制作された。それは、ポラロイドカメラで撮影した写真を拡大し、シルクスクリーンでプリントするというもの。
ウォーホルは1950年代から1987年に他界するまで常にポラロイドカメラを持ち歩き、人物や風景などをスケッチ代わりに撮影していた。ウォーホルが愛用していたカメラは、1970年代に発売された「Big Shot」と「SX-70」の2機。本シリーズは、ウォーホルが信頼を寄せていた「Big Shot」を使った最初期の作品のひとつとされている。
引用:https://www.technologizer.com/
従来のカメラは撮影にも現像にも時間を要したが、ポラロイドカメラであれば撮った写真すぐに確認し、被写体と共有することもできる。カジュアルな雰囲気の中で自発的なポーズを引き出せるため、ウォーホルは著名人の撮影にもポラロイドカメラを用いることが多かった。
*シルクスクリーン:メッシュ状の版にインクを落とす印刷技法。大量生産に向いておりTシャツ制作などに用いられる。ウォーホルが芸術表現に取り入れたことにより、ポップアートを代表する技法となった。
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文:ANDART編集部