矢野経済研究所
(画像=Nattakorn/stock.adobe.com)

2022年7月
ICT・金融ユニット
主席研究員 小林明子

当コラムの執筆依頼は2年おきくらいに廻ってくるようだ。前回自分が何を書いたか振り返ってみると、2020年4月、コロナ禍の最中で初めて経験したテレワークについて書いていた。2022年現在、矢野経済研究所でもテレワークが制度化され、本稿を自宅で執筆している。テレワークか出社かといった議論はこの2年間ほどで語られ尽くした感があるものの、改めて考えてみたい。

テレワークを取り上げようと思ったきっかけとなったのは2つのニュースだ。まず1つ目、2022年6月に、NTTグループはテレワークを基本とする新たな働き方を7月から導入すると発表した。国内のどこに居住してもよく、住む場所によっては飛行機を使った出社も認めるという。2つ目はそれとは対照的で、2022年5月に、ホンダがテレワーク主体から原則出社に切り替えると報じられた。
どちらのニュースも話題を集めた。大勢のオフィスワーカーが、NTTグループのニュースに対して「羨ましい」「すごい」と称賛の声をあげ、ホンダのほうには「一律出社にする流れなのか」「イーロン・マスクもテスラ社員に出社を要請している」とざわついた。なお、ホンダは育児や介護などの理由によるテレワークを引き続き認めており、一部のメディアで書かれたような「強制出社」ではないことは補足しておきたい。

コロナ禍前まで、オフィスワーカーは出社するのが当たり前で、大都市では、台風や雪で電車が止まっても、出社する以外の選択肢を持たない人々が駅に長蛇の列を作った。3年前には、仕事をするのに会社に行かなくても良い状況は甘い夢だったのだ。それを思えばテレワークは効率的で合理性がある。私が担当するIT業界では、NTTグループのみならず、メルカリ、ヤフージャパンなど、原則テレワークとした柔軟な働き方を取り入れる企業の事例をよく目にする。
一方で、ホンダのようにテレワーク化と逆行する企業も少なくない。楽天グループはすでに2021年11月から東京本社などで出社日を週3日から週4日に増やしているそうだ。ニュースになるような大手企業だけの動きではない。私は昨年下期~今年初めにテレワークの実施状況について調査を行ったが、企業規模を問わず、コロナ収束後にはテレワークを廃止する企業が相当数出てくることが伺える結果となった。実際に、新型コロナウイルスの感染状況が落ち着くにつれ、都内の通勤電車も以前のように混雑するようになった。

ホンダや楽天が従業員に出社を要請する理由はコミュニケーションの活性化である。テレワークの最大の課題はコミュニケーションの希薄化だ。日本は特にハイコンテクスト(文脈や背景などに大きく依存する)文化であり、オンラインでのコミュニケーションと相性が悪いのだろう。企業内のディスカッションも取材先との関係構築も、Web会議やチャットはface to faceのコミュニケーションには敵わないことを認めざるをえない。IT業界にとっては、テレワークの普及はビジネスチャンスとなるため、多くのベンダーが「働き方の変化は不可逆である」と強調し、オンライン化・デジタル化を支援するソリューションの販促を行ってきた。今後は「元に戻る/元に戻す」ことも是としたアプローチを行う必要がありそうだ。

しかし、テレワークと出社を両方経験したいま、テレワークを昔見た夢に終わらせてはならない。今後の働き方はどうあるべきか、という議論になると「テレワークと出社を組み合せたハイブリッドワークが最適」という無難な結論に落ち着きがちだが、そういった場合に対面でのコミュニケーションが過大評価され、必要以上の出社促進につながるのではないかという懸念を持っている。コロナ禍前、誰もが出社していた時に、コミュニケーションが円滑で組織が団結し、豊かなアイデアが湧いて出ていたと自信を持って言える企業はどのくらいあるだろうか。ホンダは、本田宗一郎の時代から続く「三現主義」(現場、現実、現物を基本とする考え方)に基づいて対面のコミュニケーションを重視しており、働き方についても、独自の経営哲学に基づく方針と考えれば首肯できる。
各種調査結果を見ても、コロナ収束後にもテレワークを続けたい人が多数派であることは明らかだが、日本社会にとって、テレワークがまだ身体にフィットしてない服のようなもので、扱い慣れていないのが問題である。新たな組織運営のためのコミュニケーション、マネジメント、評価などの検討を進め、時間をかけて最適化を図ることが重要であろう。より多くの企業が自由な働き方と従業員の自律性を尊重することで、誰もが働きやすい職場が増え、ダイバーシティが推進されることを願っている。