矢野経済研究所
(画像=健太 上田/stock.adobe.com)

5月31日、政府は8回目となる「新しい資本主義実現会議」を開催、「市場だけでは解決できない外部性の大きい社会課題をエネルギー源と捉え、官民が課題解決に向けた投資と改革を実行、成長と分配の好循環をはかる」との方針を表明した。しかし、発表された実行計画案は、各方面への目配りが効いた従来型の“総花的”なものであり、「新しい資本主義」の到来を予感させる政治的覚悟は見えてこない。

昨年の総裁選、岸田氏は「新自由主義的政策からの転換」を掲げ、分配重視の政策を訴えた。首相就任前後の会見等で語られた「令和版所得倍増」や「金融所得課税」という言葉に前々政権から続く政策の行き詰まりの打破や中間層の再生に期待を寄せる声も多かったはずだ。しかしながら、発表された計画案を見る限り少なくとも当時の公約からの「後退」感は否めない。

“所得”倍増は “資産所得”倍増に置き換わった。この30年間、多くの国民の収入は頭打ち状態だ。社会保険、税負担率の上昇、加えて、物価高だ。新たに投資商品を購入する余裕はない。優先順位は逆である。もちろん、分配には原資が必要であり、成長の実現は必須である。科学技術・イノベーション力の強化、人材育成、地方活性化、カーボンニュートラルへの投資など、個々の施策の中身に議論の余地は残るものの目指すべき方向に異論はない。

問題は「その先」だ。成長の恩恵が株高、配当、内部留保に偏重するのであれば、量的緩和が現出した好景気が賃金に還元されなかったこれまでと変わらない。内需の自立的回復は見込めないだろう。“倍増” の対象が所得から資産に転じた狙いが、「上場投資信託の残高が時価50兆円を越えるまでに膨張し、身動きがとれなくなった日銀に代わって国民の預貯金で株価を支えるため」であるならまさに本末転倒だ。岸田氏は実行計画案の発表に際して「マルチステークホルダー型の企業社会の実現を推進したい」との考えも述べた。それが氏の本意であるとすれば、投資家、取引先、従業員、地域社会に対する貢献をどうバランスさせるか、ここに対する大胆な政策表明が待たれる。

今週の“ひらめき”視点 5.29 – 6.2
代表取締役社長 水越 孝