企業は、発行済みの株式を分割して株式数を増やすケースがあります。これを「株式分割」と言いますが、どのような目的があり、どういった方法で行われるのでしょうか?またどのようなメリットやデメリットがあるのでしょうか?
本記事では、株式分割によるメリットやデメリットについて、発行する企業側と投資家側の立場に立って解説した上で、株式分割の実例などを紹介していきます。
株式分割とは?
株式分割とは、すでに発行されている株式につき、1株を何株かに分割することを言います。投資家などから出資を受けるわけではないため資本金等の金額に増減はありません。そのため、株式分割を行っても、発行済株式数が増えるだけで他に変化があるわけではありません。
また、分割は常に整数倍で行われるわけではないため、「1株につき1.8株」のような株式分割が行われることもあります。なお、分割によって増えた株式は既存の株主に割り当てられるため、1株を2株に株式分割された場合であれば、株式分割後の保有数は倍になります。
株式分割の仕組み・具体例
ではここで、保有している株式(保有数は100株で、その株価は1万円とします)が、1:2の割合で株式分割を行った場合の保有株式数や株価の変化を考えてみましょう。
保有株式数 | 1株が2株に分割されるため、100株保有している場合、分割後の保有株式は200株に増えます。 |
株価 | 株式分割によって株式数は倍になりますが、資本金等に何らかの変化があるわけではありません。したがって、分割後は理論上現在の株価1万円が半分の5千円となります。 |
株主の資産変動 | 保有株式数は倍になりますが、その分株価は半額になるため、資産に変動はありません。 |
増資との違い
株式分割と増資との違いは、資本金等の額に変動があるかどうかです。株式分割も増資もどちらも発行済株式数が増えることに変わりありませんが、株式分割が株式の単価を下げて発行済株式総数のみを増やすのに対し、増資は新たに発行した株式と引き換えに投資家からの出資を受けることになります。
株式分割を行うメリット【企業側】
株式分割には、メリットとデメリットの双方が存在します。まず、企業側から見た場合のメリットとデメリットについて整理します。
企業側から見た株式分割のメリットは、主に以下の4点です。
メリット1. 株式の流動性を高められる
企業側から見た場合、株式分割で得られる最大のメリットは株式の流動性を高められることです。株式分割を行うと、分割比率に応じて株価も下がるため、これまで買えなかった多くの投資家にも株式購入のチャンスが与えられることになります。
また、株式分割によって売買が活発になると新たに株主となる投資家が増えるため、株主数を増やすこともできます。
メリット2. 配当の代替にできる
株式分割後も1株あたりの配当を変更しなければ、株主は株式分割によって新たに取得した株式数分だけ、受け取る配当が増えることになります。この方法を活用すれば、1株あたりの配当金額を変更することなく配当増額の代替として株主に利益を還元することができます。
メリット3. 上位の市場への昇格がしやすくなる
ジャスダックやマザーズに上場している企業が東証に上場するためには、株主数や流通株式数などに関する一定の基準をクリアしなければなりません。株式分割を行うと、株主数や流通している株式数が増えるため、上位市場への昇格がしやすくなります。
メリット4. 株価の安定性が高まる
少数の株主によって株式のすべてが保有されている状態の場合、1人の株主が株式を売買しただけで株価に与える影響は大きくなります。しかし、株式分割によって株式数が増え、その結果株主数が増えると、売買が株価に与える影響が薄まり、株価の安定性が高くなります。
株式分割を行うデメリット【企業側】
一方、企業側から見た株式分割のデメリットは、主に以下の2点です。
デメリット1. 企業の信用度を下げる可能性がある
株式分割を行っても増資のように企業の財務基盤が強化されるわけではありませんが、売買が活発になるため、短期的に株価が上昇することがあります。ただし、これを目的に株式分割を連発すると、企業の信頼度を低下させてしまいます。
また、株式が買いやすくなった結果、投機目的の投資家が株主となる場合があります。そうなると、企業本来の業績とは関係なく株価が乱高下を繰り返しかねません。その結果、企業の信頼度を下げてしまうことがあります。
デメリット2. 多くの株主を管理する必要が出てくる
株式分割によって株式が増えると、売買が活発になり株主の数が増えていきます。ただし、株主が増えるとその管理が大変になるため、株主総会や配当などに関する手間が増えてしまいます。
株式分割を行うメリット【投資家側】
次は、投資家から見た場合の株式分割について、メリットとデメリットを整理してみます。 投資家側から見た株式分割のメリットは、主に以下の3点です。
メリット1. 株主の最低購入金額が下がる
株式分割が行われると株価が下がるため、株式の最低購入価格が下がります。その結果、これまで購入できなかった投資家なども株式を購入できるようになります。
例えば、1株あたり2万円の株価がついている株式を100株単位で購入するためには、最低でも200万円が必要です。しかし、1:5の割合で株式分割が行われれば理論上株価は4千円になるため、100株単位でも40万円で購入できます。
このように株式分割によって株主の最低購入金額が下がるため、売買が活発に行われるようになる点がメリットになります。
メリット2. 株式の売買自由度が上がる
株式分割によって株式の売買単価が下がると、「値が下がっているので少しだけ買い増す」ことや「値が上がっているうちに少しだけ売却する」ことが可能になります。
このように株式の売買自由度が上がることが、2つ目のメリットです。
メリット3. 配当が増える、安く配当がもらえる可能性がある
株式分割によって1株が3株や4株などに分割される場合は、それに応じて配当金も1/3や1/4になるのが一般的です。
しかし、1:1.1のような株式分割の場合であれば、配当金が据え置かれることがあります。例えば1株あたり1万円の配当金が出る株式を100株持っている場合であれば、株式分割によって株式が110株に増えます。したがって、受け取る配当金も(110株-100株)×1万円=10万円増えることになります。つまり、配当が増える、もしくは株式が増えたことによって安い取得価格で配当金がもらえる可能性がある点が3つ目のメリットです。
株式分割を行うデメリット【投資家側】
一方、投資家側から見た株式分割のデメリットは、主に以下の2点です。
デメリット1. 単元未満株(端株)が発生する場合がある
株式分割を行うと、比率によっては単元未満株(端株)が生じる場合があります。例えば、100株持っている株式が1:1.1に株式分割された場合を考えてみましょう。1株が1.1株に分割されるわけですから、保有株式数は100株×1.1=110株になります。
しかし、市場での売買単位は100株ですから、増えた10株に関しては市場で売れません。そのため、この端株を売却しようと思ったら、株式を発行している会社に対して買取請求を行わなければなりません。この際に、指値でなく成行注文しかできず、場合によっては手数料負けしてしまうこともあります。
デメリット2. 株価の安定性が損なわれる場合もある
株式分割によって株主が増えると一般的に株価は安定方向に働きますが、株主が増えたことにより投機目的の投資家が増えると、株価のボラティリティ(価格の変動幅)が大きくなってしまいます。その結果、株価の安定性が損なわれる場合もあります。
株式分割を行う手順
では次に、株式分割を行う場合の具体的な手順について解説します。株式分割の手順は、主に以下の4つです。
①取締役会での株式分割決議
株式分割を行うためには、取締役会設置会社においては取締役会での決議(非設置会社の場合は株主総会の普通決議)を行わなければなりません。決議では、以下の3点が決定されます。
- 株式分割の比率とその基準日
- 株式分割の効力発生日
- 株式分割する株式の種類
また、決議の前に定款で定められている発行可能株式総数を確認しておかなければなりません。株式分割の比率によっては、現在の定款で定められている発行可能株式総数を超えてしまう可能性があります。そのような場合は、株式分割の決議前に、取締役会の決議で定款の発行可能株式総数を変更しなければなりません(会社法184条2項)。
②株主への公告
取締役会で株式分割が決議されたら、どの時点で分割された株式が株主に割り当てられるのかを伝えなければなりません。この分割された株式が割り当てられた日を「基準日」といい、基準日の2週間前までには株主に対して基準日公告を行わなければなりません(会社法124条)。
③株式分割の効力発生
株式分割の効力発生日を迎えると、株主には分割によって増えた株式が与えられます。またこの時、1株に満たない端数が生じた場合は、その端数を合計したものを競売等で売却した後に売却代金を株主に交付します。
④法務務局への変更登記申請
株式分割を行ってから2週間以内に、本店所在地を管轄している法務局で、株式分割に関する変更登記申請を行います。
なお、株式分割の変更登記申請を行う場合、分割する株式の比率や株式数に関係なく一律30,000円の登録免許税が必要となります。
著名企業による株式分割の事例
最後に、株式分割の実例を3件ご紹介します。
トヨタによる株式分割
トヨタ自動車は、2021年9月12日に、1991年以来30年ぶりとなる株式分割を1:5の分割比率で行うことを発表しました。
トヨタ自動車の株式は、発表当時1株あたり約1万円強で売買単位は100株のため、トヨタの株式を購入する場合最低でも100万円強が必要でした。これが5倍に分割されるため、最低売買単位は20万円強まで下がり、流動性はかなり改善されることになります。
トヨタ自動車は国内企業の中で時価総額がトップであるのに対し、株主数は15位であるため、株式分割によって投資家にとって買いやすい売買金額にまで下げ、長期保有してもらえる個人投資家を呼び込む目的があると言われています。
また同時に、2,500億円の自社株買いを行うことも発表されました。企業が自社株買いを行うと、市場に出回っている株式数が減るため、株価は一般的に上がる傾向にあります。したがって、既存の株主や今回の株式分割で新たに株主になる投資家に対し、絶好のアピールが出来たといえるでしょう。
Zホールディングスによる株式分割
Zホールディングスの前進であるインターネットポータルサイト大手のヤフーは、1997年11月4日の上場以降株式分割を繰り返してきました。上場時の公募価格70万円に対し、初値が200万円ほど着いたあと、ITバブルの波に乗ったことなどもあり企業価値は急上昇し続け、株価は上昇の一途を辿ります。その対策として、急激に上がり過ぎる株価に対して株式の流動性を持たせるために、株式分割が行われます。
1999年の3月、初めての株式分割が1:2の割合で行われて以降、2006年の3月までの間に同じ比率で13回の株式分割が行われ、14回目の2013年9月26日には1:100の株式分割が行われました。こうして、上場当初からヤフーの株を持っていた人は、1株が何と81万9,200株にまで増えることになりました。
この結果、ヤフー側は株式の流動性を高めることに成功し、投資家側は株式分割によって多くの株式が得られることとなりました。
アップルによる株式分割
2020年7月30日、iPhoneなどを製造販売している米国アップルは、1980年の株式公開以来5回目の株式分割を行うことを発表しました。株価が過去1年間で約80%も上昇したことを受け、株式の流動性を確保しより多くの投資家に株式を買いやすくする目的で、1:4の株式分割を行うこととなりました。
アップルのように業績も順調で企業価値も高い企業は株価が急激に上昇することもあるだけに、株式分割によって株価を一定の範囲内に収まるようにコントロールすることは投資家に対して有効なアピールになることは間違いありません。
終わりに
企業経営を安定させるためには、株主の構成を安定させなければなりません。そのためには、株価を一定の範囲内でとどまるようにコントロールして、多くの投資家が株主として参加しやすい状態にしておくことが大切です。
そのための手段として有効なのが、株式分割です。株式分割は、上がり過ぎた株価を下げるのには最適な手段の一つであり、株式の流動性を高めて個人の投資家を新たに呼び込むこともできます。ただし、株式が増えると株主の管理などが大変になるため、常にメリットとデメリットの双方を天秤にかけながら最善の策を選択を行うよう注意を払いましょう。
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