M&Aを検討し、会話を進めていく中でよく「のれん」という言葉を耳にすることがあるかと思います。「なんとなくイメージはわかるけど具体的にはわからない」、「どうやって算定されるものかわからない」という方は非常に多いのではないでしょうか。
この「のれん」は、中堅・中小企業M&Aにおいて 売り手側の譲渡企業、買い手側の譲受企業のどちらにとっても非常に重要 です。詳しくは後述しますが、「のれん」について知っておけば、譲渡企業は、 M&Aの価格交渉の武器 として使うことができます。また、譲受企業は、M&A後にのれんが 決算書に与える影響や税金計算に与える影響 を把握することができます。
本記事では、譲渡企業と譲受企業の両者にとって非常に重要なのれんについて、その概念、会計処理や税務処理等を専門家以外の方にもわかりやすく説明します。多くの中堅・中小企業の経営者の方は、M&Aを何度も経験できるものではありません。滅多に経験できないM&Aで失敗をしないためにも 最低限ののれんの知識 は身につけておいて損はないでしょう。
のれんとは?
皆さんは「のれん」と聞くと何をイメージしますか?営業利益の3年分であったり、その会社の収益力をイメージする人は多いのではないでしょうか。必ずしも間違いではないですが、中堅・中小企業のM&Aにおいて非常に重要であるはずの「のれん」について、多くの方がその概念や本質を理解されていないという印象を受けます。本記事では、まず「のれん」についてその言葉の由来から解説し、「会計上ののれん」と「税務上ののれん」、そして「中堅・中小企業M&Aにおけるのれん」について解説します。
のれんの由来
のれんの由来は、居酒屋やラーメン屋などのお店の軒先に掲げられる暖簾(のれん)であると言われています。のれんはその店の象徴であり、その店の信用力やブランド力を表します。
会計などで用いられるのれんも同様であり、一般的には 超過収益力 とも呼ばれ、その会社が過去から蓄積してきた営業権やブランド等の目には見えないもの(無形資産)から構成されていると考えられています。
のれんの種類
単純にのれんといっても、実は「会計上ののれん」と「税務上ののれん」があります。また会計上ののれんも「個別財務諸表」上の話なのか、「連結財務諸表」上の話なのかによってその内容が変わります。のれんの話をする際は、まず、下記に記載している どののれんの話をしているか把握する必要があります。
のれんの種類 |
会計上の のれん(日本会計基準と国際会計基準) |
会計上の のれん(個別財務諸表と連結財務諸表) |
税務上の のれん |
まずは、それぞれののれんについて大まかな内容を確認していきます。
会計上ののれん(日本会計基準と国際会計基準)
のれんが何なのかについては様々な学説がありますが、会計基準では「取得原価としての支払対価総額と、被取得企業等から受け入れた資産及び引き受けた負債に配分された純額との間に差額が生じる場合があり、この差額がのれん又は負ののれんである」と説明しています。なんだか難しい内容ですが、 簡単に言えばM&Aで受け入れた資産負債の純資産と支払対価との差額がのれん又は負ののれん です。
時価純資産を支払対価が上回ればのれんが発生し、時価純資産を支払対価が下回れば負ののれんが生じることになります。
(1)日本会計基準の会計処理
① のれんの償却
この会計上ののれんですが、日本の会計基準と国際会計基準(IFRS)では会計処理の方法が異なります。日本の会計基準においては、のれんについて 20年以内の期間での定額法による償却 が求められています。償却するとは、資産計上されているのれんを費用として取り崩すことを意味します。仕訳で確認すると以下のようになります。
借方科目 | 金額(円) | 貸方科目 | 金額(円) |
のれん償却額 | ✕✕ | のれん | ✕✕ |
日本の会計基準では、20年以内での期間で定額法による償却することになりますが、実際20年の期間で償却を行っている上場企業の例は少ないかと思われます。のれんの償却期間を決める際は、「その会社を買収するために投じた費用を何年で回収できるか(投資回収期間)」を考える必要があります。
また、のれんの償却期間は販売費および一般的管理費に計上され、 連結全体の営業利益に大きなインパクトを与えるケースが多い ので、上場会社の場合はのれんの金額や償却期間を監査法人に相談しながら判断する必要があります。一般的には5年から10年以内に償却している企業が多いのではないでしょうか。
② 減損テスト
減損テストについても、日本の会計基準と国際会計基準では異なります。日本の会計基準では減損の兆候があった場合に減損テストを実施します。例えば、のれんの帳簿価額と将来の収益力(割引前将来キャッシュフロー)を比較して、割引前将来キャッシュフローが帳簿価額を下回るのであれば、その後、割引後将来キャッシュフローに基づいて減損額を認識することになります。
(2)国際会計基準(IFRS)の会計処理
① のれんの償却
国際会計基準(IFRS)とは、国際会計基準審議会が定める世界共通の会計基準です。日本の企業は、日本の会計基準と国際会計基準(IFRS)、米国会計基準などを選択することが認められています。ここでは、国際会計基準を解説しますが、この国際会計基準を適用している日本の上場企業は238社(2021年12月現在)で、それほど多くはありません。
のれんの会計処理については、日本の会計基準と国際会計基準では処理方法が異なるとお伝えしましたが、日本の会計処理のように 国際会計基準では毎期ののれんの償却を行いません 。その場合、のれんが貸借対照表に計上されたままとなります。そこで、国際会計基準では、 のれんの価値が著しく下落した場合に、減損処理を行うこととされています。
② 減損テスト
①で解説したように、国際会計基準では毎期の償却を行わない代わりに、 のれんの価値が減少した際にのれんの減損処理を行います 。具体的には、年に一度の減損テストの実施を行います。減損テストとは、M&Aの際に計上したのれんが現在も価値を維持しているか確認するものです。M&A後に投資額を回収できるだけの利益が出ていないと判断されると、そののれんを「減損」することになります。この減損とは、固定資産への投資額が回収できないと判断された際に、 回収できない金額を損失計上する会計処理 のことを指します。
このように会計上ののれんは、日本の会計基準と国際会計基準では大きく分けて「のれんの償却」と「減損テスト」において異なります。図にまとめると以下のようになります。
のれんの償却及び減損に関する主な相違点
項目 | 日本基準 | 国際会計基準 |
のれんの償却 | 毎期償却を行う | 償却を行わない |
減損テスト | 兆候があった場合 | 年に1度必ず実施 兆候があった場合にも実施 |
減損の検討過程 | 2段階アプローチ | 1段階アプローチ |
会計上ののれん(個別財務諸表と連結財務諸表)
会計上ののれんを考える際には、個別財務諸表と連結財務諸表についても分けて考える必要があります。ここでは、それらの違いについて確認します。
(1)個別財務諸表
個別財務諸表とは、その会社単体の決算書です。皆さんが普段見られている会社の決算書が個別財務諸表です。
中堅・中小企業のM&Aでは、単純な株式譲渡のみならず事業譲渡や会社分割などの組織再編を用いたスキームが検討されることもあります。その中でも最も多くのケースで採用されるものが、 株式譲渡によるM&A です。 この株式譲渡によるM&A行った場合には、個別財務諸表上、のれんが計上されることはありません 。譲受企業がM&Aの対価として、譲渡企業の純資産以上(または純資産以下)の金額を支払っても、その M&A対価の全額が子会社株式として資産計上される ことになります。株式譲渡によるM&Aではのれんは計上されないため、のれんの償却といった話もありません。
この点、 他のスキームでは個別財務諸表上でものれんが発生 することがあります。そちらの詳細については後述します。
(2)連結財務諸表
(1)において株式譲渡によるM&Aにおいて、個別財務諸表上のれんは発生しないと記載しましたが、連結財務諸表ではのれんが計上されるケースがあります。連結財務諸表は、上場企業などがグループ全体財務情報を報告するために作成する財務諸表で、グループ各社の財務諸表(個別財務諸表)を合算し、一定の調整を加えたものです。
【個別財務諸表上の会計処理】
借方科目 | 金額(円) | 貸方科目 | 金額(円) |
子会社株式 | 500 | 現預金 | 500 |
【連結財務諸表上の会計処理】
借方科目 | 金額(円) | 貸方科目 | 金額(円) |
資産 | 1,000 | 負債 | 700 |
のれん | 200 | 子会社株式 | 500 |
なお、この取扱いはあくまで 連結財務諸表上 での取扱いです。繰り返しになりますが、譲渡企業や譲受企業の単体の個別財務諸表において、のれんが計上されるわけではないということにご留意ください。後述しますが、税務上ののれんも計上されるわけではありません。
税務上ののれん(資産調整勘定、負債調整勘定)
ここまで会計上ののれんについて解説してきましたが、ここからは税務上ののれんについて解説していきます。
(1)税務上ののれんとは
① 税務上ののれんと営業権
会計上「のれん」として計上した金額は、 税務上は「資産調整勘定」、「負債調整勘定」 として呼ばれます。対価が時価純資産を上回る場合は、税務上の正ののれんとして資産調整勘定が計上されますが、対価が時価純資産に満たない場合は税務上の負ののれんとして負債調整勘定が計上されることになります。
会計上ののれんうち、 独立した資産として取引される慣習があるものは、税務上は「営業権」として取扱います 。厳密に言えば、この資産調整勘定(税務上ののれん)と営業権は異なり、「独立した資産として取引される慣行のある営業権」は資産調整勘定から除く必要があります。法人税法上は、営業権については通達で例示されており「繊維工業における織機に登録権利、許可漁業の出漁権、タクシー業のナンバー権のように、法令の規定、行政官庁の指導による規制に基づく登録、認可、許可、割当て等の権利を獲得するために支出する費用」とされています。したがって、「会計上ののれん」から「営業権」を控除した金額を「資産調整勘定」として取扱うことになります。
② 中堅・中小企業における税務上ののれん
一方で、営業権は超過収益力であると考えられるという判例(最高裁判例昭和51年7月13日)もあり、のれんであるとも考えられ、資産調整勘定に類似しています。また、中堅・中小企業のM&Aの実務においては、この営業権が計上される取引はほとんどなく、 基本的には「会計上ののれん=税務上のれん」として考えても問題はないケースがほとんど かと思います。
(2)税務ののれんが発生するM&A
① 株式譲渡によるM&Aでは税務上ののれんは生じない
中堅・中小企業のM&Aにおいて最も採用されることが多いスキームは株式譲渡ですが、 株式譲渡では税務上ののれん生じることはありません 。譲受企業が純資産以上(又は純資産以下)の対価を支払っても、株式譲渡の場合はその全額が子会社株式の取得価額として資産計上されるためです。
税務上ののれんである資産調整勘定は、移転資産および負債の時価純資産価額と、非適格組織再編や事業譲受により交付した対価との差額として算出されると規定されています。規定では難しい表現となっておりますが、中堅・中小企業のM&Aにおいて 税務上ののれんが発生する主なスキームは「事業譲渡」と「非適格分社型分割+株式譲渡」 です。その他のスキームでも税務上ののれんが計上されることはありますが、それらのスキームが中堅・中小企業M&Aで用いられることは実務上ほとんどありません。
② 事業譲渡による税務上ののれん
事業譲渡とは、会社(譲渡企業)が事業の全部または一部を他の会社(譲受企業)に譲渡することをいいます。
事業譲渡の場合、譲受企業が承継する資産と負債の差額(時価純資産)以上の対価を支払った場合は、その差額が税務上ののれんとなります。また、 税務上ののれんは事業を譲り受けた譲受企業に直接計上される ことになります。下記の図では、譲受企業であるB社にのれんが計上されます。
③ 非適格分社型分割による税務上ののれん
非適格分社型分割は、税制非適格となるような会社分割です。この記事では、税制非適格や会社分割の類型については詳細を割愛しますが、 非適格の分社型分割を行った場合には、税務上ののれんが計上される ことになります。
中堅・中小企業のM&Aにおいて多く用いられるものは、会社分割で事業を新設した会社(又は既存の子会社)に事業を移した上で、その子会社株式の譲渡を行うスキームです。
税務上ののれんとして計上される金額は、基本的に事業譲渡と変わりませんが、会社分割を行った場合は、 税務上ののれんは譲受企業ではなく事業を会社分割で移転した先である新会社で計上される ことになります。なお、事業を直接譲受企業に会社分割で移転する会社分割もあり、その場合は税務上ののれんが譲受企業に直接計上されることになります。スキームや分割の種類によって 税務上ののれんが計上される法人が異なる点には注意が必要です。
(3)税務上ののれんの取扱い
① 税務上ののれん(資産調整勘定)
税務上ののれん(資産調整勘定)は、 原則として5年で均等償却 を行います。具体的には、資産調整勘定を60で割って当期の月数を乗じた額を償却することになります。なお、 法人税法上は強制償却 なので、任意で償却額を調整することはできません。 会計上の処理の有無に関わらず 、税金計算上の費用として損金算入されることになります。
② 税務上の負ののれん(負債調整勘定)
税務上の負のれんは「退職給与負債調整勘定」、「短期重要負債調整勘定」、「差額負債調整勘定」の3つに分けられます。
1.退職給与債務引受額 |
退職給与負債調整勘定は、事業承継で承継した従業員に関する退職給与債務を引き受けた場合の、その退職給与債務の引受額に相当する金額です。 退職給与債務引受額の対象とされた従業者が退職等で従業者でなくなった場合に、その従業者に係る退職給与債務引受額を減額し、税金計算上の収益として益金の額に算入します。具体的には、退職給与債務引受額の対象者の人数で割って1人当たりの額を算定し、これをその期の退職者等の人数を掛けた金額となります。 また、継続適用が要件となりますが、従業者ごとの個別引当額の明細を保存している場合には、その個別引当額をもとに税金計算上の収益として益金算入することもできます。 |
2.短期重要負債調整勘定 |
短期重要負債調整勘定は、事業承継で承継した事業に係る将来の債務(事業譲渡からおおむね3年以内に見込まれる債務)のうち、譲り受けた資産総額の20%と超える金額です。 短期重要負債調整勘定の計上のもととなる損失が実際に発生した場合には、短期重要負債調整勘定のうち、その損失額を取り崩し、税金計算上の収益として益金に額に算入します。 しかしながら、その損失が発生する前に短期重要負債調整勘定が生じた日から3年経過してしまった場合や、見積額のほうが実際の損失額よりも高かったため3年を経過した日においても差額が残ってしまっている場合は、もともと本勘定はこの勘定は発生した日から3年以内に発生する可能性がある金額として計上していることから、3年を経過した時点で取り崩して、益金に算入します。 |
3.差額負債調整勘定 |
差額負債調整勘定は、会計上の負ののれんから退職給与負債調整勘定と短期重要負債調整勘定を控除した金額です。資産調整勘定と同様に、原則として5年で取り崩し、税金計算上の収益として益金の額に算入します。具体的には、差額負債調整勘定を60で割って当期の月数を乗じた金額を取り崩すことになります。 なお、 法人税法上は強制的に取り崩す必要がある ので、任意で取り崩し額を調整することはできません。 会計上の処理の有無に関わらず 、5年間で均等に益金の額に算入することになります。 |
「退職給与負債調整勘定」、「短期重要負債調整勘定」、「差額負債調整勘定」の関係を図にまとめると以下のようになります。
中小企業M&Aにおけるのれん
ここまで主な会計上や税務上ののれんの定義を解説させていただきました。それでは、中堅・中小企業M&Aにおける「のれん」はどのようなものなのでしょうか。中堅・中小企業におけるのれんは、簡単にいえば M&A価格とその事業に係る時価純資産との差額 を指します。
企業の事業は、個々の資産が独立して価値を生み出しているわけではありません。有形資産のみならず、これに加えてブランドや技術力といった無形資産が一体となり事業として利益を生みだしています。中堅・中小企業M&Aにおけるのれんは、 その企業が作り上げてきた他の企業に比べた収益力の高さであり、決算書上に記載がなく目には見えない以下のような経営資源のことを指します。
- 取引先や顧客との関係
- 技術力、知識、ノウハウ
- 人材、組織
- 企業文化、社風
- ブランド力、知名度
- 競争力、信用力
上記のような目に見えない経営資源を、自力で築き上げようとすれば非常に時間がかかってしまいます。 M&Aであればこれらの経営資源を事業として一度に手に入れることができます 。譲受企業は、このような経営資源を手に入れたいためM&Aを実行すると言っても過言ではありません。
M&Aとのれんの関係
前の章で、のれんの会計上や税務上の定義、中堅・中小企業M&Aにおけるのれんの考え方をお伝えしました。本章では譲渡企業と譲受企業それぞれにとっての、のれんのポイントを解説していきたいと思います。
譲渡企業におけるのれんのポイント
税務上ののれんは価格交渉の武器
譲渡企業においてはのれんを価格交渉の材料として用いる ことができます。事業譲渡や非適格分社型分割で計上される税務上ののれんは、5年間で税金計算上の費用として損金算入することになります。つまり、譲受企業グループとしては税務上ののれんの金額だけ節税メリットを得ることとなります。
のれんの節税メリットとは、のれんを損金算入できる金額分だけ将来税金を払わなくていいことを指します。将来の税金を安くできるものであるため、その節税メリットに相当する金額だけ、買い手側の実質負担額は抑えることができます。ケースによっては、M&A価格を上げたとしても、節税メリットを得ることができるので、買い手側の実質負担額はのれんの計上されない場合より抑えることができます。そのため、税務上ののれんの節税メリット分だけ会社の価値を引き上げるための交渉材料として使うことができます。
税務上ののれんの節税効果の価格への影響
具体的には、税務上ののれんとして計上された金額に、中小企業の法人税等の実効税率約34%を乗じた金額が「のれんによる節税メリット」とになります。下記の図ではのれん200に対する税率34%を乗じた68をのれんによる節税メリットとしています。したがって、この節税メリットを活用しM&A価格を68アップさせるとのれんは268となり、それによるのれんの節税メリットがさらに91に増え、買い手側の実質負担額は477となります。このようにM&A価格を上げたとしてものれんが計上されない場合に比べて実質負担額を抑えることができます。
また、この記事での詳細な解説は割愛させていただきますが、この節税メリットを考慮すると、M&A価格は、理論上は循環計算が無限に繰り返されることになります。こののれんの節税効果による価値を、どの程度M&A価格として考慮できるかは譲受企業との交渉次第となりますが、譲渡企業側ではこれを知っているのと知らないのでは最終的なM&A価格に大きな差が生じることとなります。
譲受企業におけるのれんのポイント
中堅・中小企業におけるM&Aにおいて、譲受企業が注意すべきポイントとしては主に以下の3点となります。
- 税務上ののれんの節税メリット
- 税務上ののれんに係る消費税
- 連結会計上の取扱い
ここではこの3点のポイントについてそれぞれ確認していきます。
税務上ののれんの節税メリット
上記で税務上ののれんが計上できるスキームとして、中堅・中小企業のM&Aでは「事業譲渡」と「非適格分社型分割」を紹介させていただきました。
この税務上ののれんは、既に解説した通り、5年間で均等償却を行い税金計算上の費用として損金算入されます。したがって、税務上ののれんも損金算入金額だけ税金を抑えることができるので、税務上ののれんが計上できるM&Aは譲受企業にとっての節税メリットとなります。
なお、前述した通り、事業譲渡と分社型分割では税務上ののれんが認識される法人が異なるので注意が必要です。すなわち、事業譲渡では、その事業譲渡を直接取り込む「譲受企業」に税務上ののれんが計上されますが、分社型分割では事業を分割で切り出した「子会社」に税務上ののれんが計上されます。
税務上ののれんに係る消費税
① 事業譲渡における税務上ののれんには消費税が課税される
ここでは税務上ののれんに係る消費税について解説いたします。税務上ののれんが計上されるスキームは事業譲渡と非適格分社型分割であると述べましたが、そのうち税務上ののれんについて消費税が課税されるものは「事業譲渡」のみです。会社分割については消費税の課税対象外取引に該当します。
② のれんは消費税の課税対象
事業譲渡を行った場合、その事業譲渡の譲渡対象の資産として消費税の課税対象資産が含まれていれば消費税を考慮する必要があります。ここで譲受企業にとって注意が必要なのが、税務上ののれんも消費税の課税対象となる点です。
③ 投資額には消費税も考慮が必要
事業譲渡を行った場合の税務上ののれんについては消費税が課税されます。この消費税を考慮しないままM&Aのディールを進め、消費税を考慮しなければならないことが後々発覚するとディールブレイクの原因にもなりかねません。
中堅・中小企業のM&Aでは、のれんが多額に計上される取引も少なくはありません。ケースによっては、数億、数十億単位でののれんが計上される取引もあります。消費税の税率は現在10%です。のれんの金額が多額となると、こののれんに対する消費税の金額も多額となってしまいます。
仮にのれんが1億円だったとして、譲受企業ではのれん部分の投資額を1億円と見込んでいた場合でも、消費税を考慮するとのれん部分については1億1千万円の初期投資が必要です。譲受企業によっては、M&Aに際して金融機関からファイナンスを受ける企業もあります。消費税の負担を失念すると初期投資が想定より高くなってしまい、最悪の場合はM&Aを実行できなくなってしまうケースもあります。
連結会計上の取扱い
のれんについて、最後に譲受企業のポイントとしてあげられる点は、連結会計上の取扱いについてです。上記で述べてきた点は税務上ののれんについてですが、ここでは連結会計を適用している主に上場企業向けの論点です。
① のれんの認識
通常、株式譲渡によるM&Aを行った場合は、その会社単体の個別財務諸表上でのれんは計上されません。しかし、上場企業などは利害関係者へ開示する必要があるため、連結グループの決算書を作成しなければなりません。この連結会計上においては、株式譲渡におけるM&Aだったとしてものれんが計上されることになります。
連結決算を組む際には、グループ各社の個別財務諸表を単体合算した後、連結仕訳を計上します。その際に、単体決算書上で計上した子会社株式(M&Aで取得した譲渡企業株式)と100%子会社となった譲渡企業の純資産科目を以下のように相殺消去します。その際に、関係会社株式である譲渡対象企業の取得価額と譲渡対象企業の純資産の差額がのれん又は負ののれんとなります。
のれんが計上される場合
【個別財務諸表上の会計処理】
借方科目 | 金額(円) | 貸方科目 | 金額(円) |
子会社株式 | 500 | 現預金 | 500 |
【連結財務諸表上の会計処理】
借方科目 | 金額(円) | 貸方科目 | 金額(円) |
資産 | 1,000 | 負債 | 700 |
のれん | 200 | 子会社株式 | 500 |
負ののれんが計上される場合
【個別財務諸表上の会計処理】
借方科目 | 金額(円) | 貸方科目 | 金額(円) |
子会社株式 | 200 | 現預金 | 200 |
【連結財務諸表上の会計処理】
借方科目 | 金額(円) | 貸方科目 | 金額(円) |
資産 | 1,000 | 負債 | 700 |
子会社株式 | 200 | ||
負ののれん | 100 |
② のれんの処理方法
上記①で認識されたのれん又は負ののれんですが、それぞれ連結会計上は次のように処理されることになります。
(1)のれん
のれんは、無形固定資産の部に計上されます。また、20年以内の効果の及ぶ期間で定額法による償却を行い、そののれん償却費は 「販売費及び一般管理費」に計上 されます。 連結決算書上の営業利益に影響 を与えますので、事前に検討しておく必要があります。
(2)負ののれん
負ののれんについては、 特別利益の「負ののれん発生益」として一括利益計上 します。のれんのように一定期間にわたり利益を認識するのではない点に注意が必要です。
(3)連結会計上ののれんに税務メリットはない
(1)と(2)の内容は あくまで連結会計上での話 となります。そのため、よく勘違いされる方がいらっしゃいますが、 税務上ののれんを償却して損金算入することはできません 。繰り返しになりますが、株式譲渡によるM&Aでは税務上ののれんの償却による節税メリットはなく、中堅・中小企業M&Aでは事業譲渡や非適格分社型分割の場合に税務上ののれんによる節税メリットがあります。
のれんの計算方法
これまで解説したようにのれんは譲渡企業の時価純資産とM&A対価との差額が該当します。
ここでは中堅・中小企業の評価手法として多く用いられるコストアプローチによるのれんの算定方法を確認していきます。
コストアプローチによる方法
① コストアプローチによるのれん
コストアプローチによる方法は、 譲渡企業の純資産価値に着目した評価手法 であり、中堅・中小企業のM&Aで最も用いられる手法です。このコストアプローチにも様々な種類の評価方法がございますが、その中でも 中堅・中小企業のM&Aで最も用いられている一般的な評価方法は「時価純資産+営業権法」 です。この方法は、譲渡企業の時価純資産に、譲渡企業の収益力を営業権という形で加味した方法です。この 営業権の金額がのれんの金額 となります。コストアプローチによる営業権算定のプロセスでは、 直接に営業権の金額を算定 していくことになります。
② コストアプローチによるのれんの具体例
コストアプローチによる営業権の金額の算定方法には、様々なものがありますが(法令等で厳密に定められているわけではありません)、一般的には 超過収益法や年買法 などといった評価方法が採用されるケースが多いです。営業権は超過収益力であると考えられるという判例(最高裁判例昭和51年7月13日)があり、年倍法よりも超過収益法の方が、より理論的であると考えられるため、当社案件では超過収益法を用いるケースが多いです。
超過収益法は、対象会社の正常利益(事業性のない損益や非経常的な損益を控除した譲渡企業の実態収益力)から一般的な期待利益を控除した利益を超過利益とし、その超過利益に年数(一般的には3年分)を乗じた金額が営業権となります。
年買法による営業権の評価方法は、譲渡企業に税引き後の正常利益に年数(一般的には3年分)を乗じた金額が営業権となります。一般的には税引き後利益が用いられるケースが多いですが、場合によっては譲受企業の判断で税引き前の利益やEBITDAを採用するケースもあります。
のれんの仕訳
税務上ののれんが計上されるM&Aとして「事業譲渡」と「非適格分社型分割」があるとお伝えしましたが、ここではそののれんの具体的な仕訳をスキーム別に確認します。
事業譲渡における仕訳
事業譲渡では、譲受企業において税務上ののれんが計上されます。ここでは、譲受企業と事業譲渡を行った譲渡企業の仕訳についても併せて確認します。
前提 |
・【事業譲渡対象資産】1,000(時価=簿価) ・【事業譲渡対象負債】700(時価=簿価) ・【のれん】200(税抜金額) ・【譲渡対価の現預金】 500 ・簡便化のため消費税は考慮しない |
事業譲渡
【譲渡企業】
借方科目 | 金額(円) | 貸方科目 | 金額(円) |
負債 | 700 | 資産 | 1,000 |
現預金 | 500 | 譲渡益 | 200 |
【譲受企業】
借方科目 | 金額(円) | 貸方科目 | 金額(円) |
資産 | 1,000 | 負債 | 700 |
のれん | 200 | 現預金 | 500 |
繰り返しになりますが、税務上ののれんは譲受企業に計上されることになりますので、譲受企業で節税メリットを得ることができます。
非適格分社型分割の仕訳
次に、非適格の分社型分割を行った場合の仕訳を確認します。分社型分割では、M&A前に事前に譲渡企業の子会社を設立し、その子会社に譲渡対象の事業を会社分割で移転させ、税務上ののれんはその譲渡企業の子会社に計上されます。新設した子会社ではなく既存の子会社に事業を移転する場合もあります。具体的な仕訳は以下のようになります。
前提 |
・【分割対象資産】1,000(時価=簿価) ・【分割対象負債】700(時価=簿価) ・【のれん】200(税抜金額) ・【譲渡対価の現預金】 500 |
分社型分割
【譲渡企業】
①分割時
借方科目 | 金額(円) | 貸方科目 | 金額(円) |
負債 | 700 | 資産 | 1,000 |
子会社株式 | 500 | 譲渡益 | 200 |
②M&A時
借方科目 | 金額(円) | 貸方科目 | 金額(円) |
現預金 | 500 | 子会社株式 | 500 |
【譲渡企業の子会社】
借方科目 | 金額(円) | 貸方科目 | 金額(円) |
資産 | 1,000 | 負債 | 700 |
のれん | 200 | 資本金等の額 | 500 |
事業譲渡と異なる点は、税務上ののれんが計上されるのは、譲受企業ではなく事業を移転した子会社であるという点です。また、分社型分割の場合では、M&A時ではなく、分割時に分割による譲渡益と税務上ののれんが計上されます。 事業譲渡の場合とは、税務上ののれんが認識される会社とタイミングが異なる点には留意 が必要です。
その他のれんの諸論点
のれんの減損損失(連結会計上)とは
M&Aのニュースでよく話題に上がるものが 「のれんの減損損失」 です。そもそも「減損損失」とは何なのでしょうか。貸借対照表の帳簿価額について、固定資産の収益性が低下し、投資額の回収が見込めなくなった場合に、その固定資産の回収可能性を反映させるように減額しなければなりません。これを減損会計といい、のれんについても同様です。 期待していたのれんの価値を失い、投資額の回収ができない場合には、のれんも減損損失の処理を行い適正な価額(将来キャッシュを回収できる価額)に切り下げる必要があります 。そして、その切り下げ額は当期の損失として処理しなければなりません。
のれんの減損損失が計上される理由
こののれんの減損損失ですが、どのような場合に発生するのでしょうか。のれんの減損損失の発生要因は様々なものがありますが、主な要因としては以下の3つがあげられます。
- 高すぎるM&A価格による買収
- 経営環境の悪化
- M&A後の経営統合であるPMI(Post Merger Integration)の失敗
のれんの減損は、端的に言えばM&Aの失敗です。本来の価値よりも高い価格で買収してしまったことによる高値づかみや、経営環境の悪化やM&A後のPMIに失敗で、想定していたシナジーを生み出せなかった場合などにのれんの減損処理を行うことになります。
のれんの減損損失の事例
巨額の減損損失を招いた事例は数多くありますが、ここでは以下の4つの事例を紹介していきます。
① LIXILとグローエ(ドイツ)
LIXILグループは、平成26年にグローエグループ(ドイツ水栓金具大手)を約4,100億円で買収しました。その後、平成27年4月にグローエグループの中国の子会社ジョウユウでの不正会計が発覚し、急遽破綻手続きに入りました。調査が行われると、ジョウユウは深刻な債務超過に陥っており、関係会社投資の減損損失や債務保証関連損として14年3月期から16年3月期までの3年間で660億円の損失計上が必要となりました。
② 日本郵政とトール・ホールディングス(オーストラリア)
日本郵政は、平成27年にオーストらリアの物流大手のトール・ホールディングスを6,200億円で買収しました。しかし、資源価格の下落などから豪州の景気が鈍化し、トール・ホールディングスの業績も悪化しました。そして、買収当初の事業計画が達成できない状況に陥り、平成29年3月期に約4000億円もの減損損失を計上することとなりました。
③ キリンとスキンカリオール(ブラジル)
平成23年、キリンホールディングスはブラジルのビール会社「スキンカリオール」を約3,000億円で買収しました。しかし、ブラジル国内の景気減速や同業他社との競争激化により業績は振るわず、低迷しました。平成27年12月期に約1,100億円の減損損失を計上して、上場以来初の最終赤字となりました。
④ NTTグループとディメンション・データ(南アフリカ)
平成22年10月、NTTグループは公開買い付けにより、南アフリカのIT大手ディメンション・データ(DD)の株式を2,860億円で買収しました。買収の目的はネットワーク機器やサーバーなどの構築・運用を中核事業としているIT大手会社であるDDとNTTの事業領域の補完関係でしたが、不採算エリアからの脱却など課題も多く、平成28年12月期において488億円の減損損失を計上しています。
このようにのれんの減損が計上されてしまうと、巨額の損失が計上される可能性があります。のれんの減損は企業価値を大きく引き下げることになるため、株価や株主に対して非常に大きな影響を与える可能性があります。
のれんの減損損失への対策
前述したように、のれんの減損による影響は非常に大きいものがあります。のれんの減損を避けるためには、M&Aの検討段階においてリスクを十分に把握しておく必要があります。そのためには、 精緻な買収監査であるDD(デューデリジェンス)を行い、しっかりとした戦略のもとM&Aを実行する必要があります。それに加えて、 買収後のPMIを通じて、譲渡企業と譲受企業の統合を円滑に行う ことでM&Aで得られるシナジー効果を最大限に発揮させやすくなります。これらを徹底して行うことがのれんの減損リスクを軽減させるために重要になります。
負ののれんについて
負ののれんとは
ここまでで説明したように、のれんは買収価格であるM&A価格と譲渡対象企業の時価純資産の差額です。M&A価格が譲渡対象企業の純資産を上回る場合に、のれんが計上されます。 負ののれんはその反対で、M&A価格が譲渡対象企業の時価純資産に満たない場合に計上 されます。
要するに、M&Aによって譲渡対象企業の純資産価額よりも安い価格で買収した場合に、負ののれんは発生することになります。
負ののれんの発生要因
通常のM&Aでは、譲渡対象企業の時価純資産よりも高値で売買されることが多いかと思います。売り手からすれば、M&A価格が時価純資産よりも安い場合は、 事業を廃業して清算したほうが経済合理性のある選択 となります(実際は清算価値や税負担面の検討が必要ですが、ここでは割愛します)。しかし、中堅・中小企業のM&Aは経済合理性のみで決まるものではありません。どのような場合に負ののれんが計上されるのでしょうか。ここでは負ののれんが計上される主な2つのケースを紹介します。
① 雇用の維持や取引先との継続
会社が清算してしまえば、その企業の従業員は職を失ってしまうことになります。また、得意先との取引も継続することはできません。古くから続く会社の歴史を守りたいという方も多くいらっしゃいます。負ののれんが発生するような金銭的に損をするケースであってもM&Aを選択される中堅・中小企業のオーナー社長は少なくはありません。
② 決算書上に計上されないリスク
決算書は将来の損失や費用を引当金などで計上されます。しかしながら、すべてのそういった将来のリスクを計上できるわけではありません。中堅・中小企業では、下記のようなリスクを抱えている企業も少なくはありません。
・偶発債務
・損害賠償請求
・コンプライアンス違反のリスク
このようなリスクを譲渡対象企業が抱えている場合は、時価純資産を下回る安い金額でM&A価格が決まることもあります。
おわりに
中堅・中小企業のM&Aにおいては、のれんは譲渡側、譲受側の双方に大きな影響を及ぼします。のれんの知識を知っているか否かでM&Aの結果は大きく変わってきます。
本記事をご覧いただいたことで、大まかにでも中堅・中小企業におけるのれんのイメージがつきましたら幸いです。実際には高い専門性・経験が要求されてくることになるため、質の高いM&A 仲介会社・アドバイザーにご相談いただくことをお勧めいたします。
日本M&A センターではM&A に精通した公認会計士・税理士を多数擁しています。また、過去の膨大なM&A ディールから得られるナレッジ・ノウハウ・統計データ等を余すことなく活用することにより、高い品質で安心・安全なM&A を実現するよう取り組んでいますのでお気軽にご相談ください。
著者
KPMG税理士法人、掛川会計事務所を経て、日本M&Aセンターに入社。法人・個人を問わない幅広い税務の経験を活かし、事業譲渡や組織再編など様々なスキーム構築で成約に貢献している。M&A実務の研修活動を社内外でも実施。