「日本人はアートを購入する習慣がない」と言われてきた。コロナ禍を経て、多くの人の考え方やライフスタイルが変化する中、日本人のアート購入に関する考え方は変化しているのだろうか?

「アート東京」が2016年から毎年、日本の美術品の購入動向について調査し、アート市場の規模や傾向などを分析発行している「日本のアート産業に関する市場レポート」の2021年度版が発行された。日本でもアートを購入することが徐々に一般的になりはじめてきている様子が見られる一方、継続的な購入につながるモチベーションに欠けているようだ。要点を抜粋して見てみよう。

▍世界の美術市場の中で 日本の比率は微増

世界のアートマーケットにおける日本のシェアは微増
(画像=世界のアートマーケットにおける日本のシェアは微増)

2021年の調査結果では、日本国内の美術品市場は2,186億円と推計されている。 コロナの影響が最も大きかった 2020 年と比較すると、 2021 年の美術品市場は回復したものの、 2019 年比では減少(15 %減)となっている。

一方、世界のアート市場に占める日本の比率を計算すると、(こちらは2020年での比較だが) 世界の市場規模(5.2兆円)に対する日本の市場規模は、3.7%と推計された。為替変動の影響もあり、2019年の3.2%から上昇している。※ 世界市場と日本市場の推計方法・定義などが異なるため、あくまでも参考値としての位置づけだが、2017年以降、日本のシェアは緩やかに上がりつつある。

世界の美術品市場における割合の推移
(画像=世界の美術品市場における割合の推移)

出所)「日本のアート産業に関する市場調査2021」エートーキョー(株)、(一社)芸術と創造
※ 互いの調査の市場規模の推計方法・定義などが異なるため、あくまでも参考値としての位置づけ 。Art Basel & UBS 「 The Art Market 2021 」のデータは全世界の人々による、当該国内における美術品の取引額を推計しているのに対して、「日本のアート産業に関する市場レポート 」では日本在住の日本人による美術品の購入額を推計している。

▍コロナ前後でアート購入者はどう変化したのか?

2020年にはCOVID-19感染症により、世界的に人々の活動が制限された。一時はアートマーケットも冷え込んだものの、その後の世界的な金融緩和により株価が上昇。さらに資産性のある商品が物色された結果、世界的に現代アートは資産性のある商品として注目を集めるようになった。

国内の「過去3 年間における美術品購入金額別の人数と金額の割合」を調査した結果を見ると、購入者の構造はコロナ前後で大きく変化しており、 コロナ後は、人数・金額ともに「高額購入者」の占める割合が高まっている様子がうかがえる。

過去3年間における美術購入金額別の人数割合と金額割合
(画像=過去3年間における美術購入金額別の人数割合と金額割合)

出所)「日本のアート産業に関する市場調査2021」エートーキョー(株)、(一社)芸術と創造
一方、コロナ禍を機に美術品を購入した人たちもいるようだ。2020年4月意向に初めて美術品を購入した方々を対象に「購入のきっかけ」を調査した結果、全体の18%が「新型コロナ感染症の拡大に伴い自宅にいる時間が増えたから」と回答。コロナ禍は約2割の新規購入者に対して購入の後押しとなったようだ。

アートとPCの置かれた書斎
(画像=アートとPCの置かれた書斎)

在宅時間の増加は、アート購入の理由のひとつとなっているようだ

▍日本人のアート購入のモチベーションは?

作品の購入動機を調査すると、こうした「高額購入者」(3年間で100万円以上)は、美術関連品(グッズや図録も含む)の購入者も含む「全購入者」と、購入のモチベーションは大きく異なっている。

100 万円以下の購入目的は主にインテリア目的での購入となり、プレゼントとしても購入されている。一方、高額購入者の購入動機は、「コレクションする(50%)」、「作家を支援する(21%)」などが高く、繰り返し継続的に購入する様子がうかがえる。

ただ、「投資・運用」は、全購入者(2%)に対し、高額購入者の方がやや高い(8%)ものの、主要な目的にはなっていないようだ。

美術品購入の目的
(画像=美術品購入の目的)

出所)「日本のアート産業に関する市場調査2021」エートーキョー(株)、(一社)芸術と創造
購入者全体でも高額購入者でも共通して多い美術品の購入目的は、「居住空間に飾る」、「気に入って衝動的に購入」だ。

しかし、日本の家は狭いといわれるなか、「居住空間に飾る」というモチベーションでは数作品を購入すれば充足されてしまう。また、「気に入って衝動的に購入」も、習慣的な購入につながるモチベーションではない。

国内のマーケットを広げ、良い作品を国内に誘致してくるためには、「コレクション」に加え、「投資・運用」目的など、継続的な購入の目的になり得るような魅力が必要だろう。

▍資産としてのアートの価値は? 各種金融指数とアートの相関

欧米を中心に、富裕層は自身の資産ポートフォリオを株や不動産だけではなく、アートにも広げている。アートは資産としてどのような価値をもつのだろうか。

レポートでは、「アートを金融資産とともにポートフォリオに組み入れるためにはベンチマークとなる指標が必要である」として、国内のアートマーケット概観し、金融商品と比較するための「アート指数」※の算出を試みている。 (※ 指数の算出プロセスは下記図のとおり )

アート指数算出のプロセス
(画像=アート指数算出のプロセス)

出所)「日本のアート産業に関する市場調査2021」エートーキョー(株)、(一社)芸術と創造
今回は、下記3つの指数を算出し、国内外の各種金融商品との比較を行っている。

Domestic Art(国内アート) :日本国内を中心に流通する流動性のある作家群
Contemporary Art(現代アート) :国内外で流通する現代アートの作家群
Foreign Art(海外アート) :Contemporary Artに属さない海外の作家群

特徴的なものとしては、以下のような傾向が報告されている。

「Contemporary Art」は、変動はあるものの2009年以降は上がり調子であり、売却時に購入時の金額を上回る可能性が高い。また、3つの作品群の中で一番流動性が高い。
・S&P500と比較すると、「Domestic Art」は低調を維持。「Foreign Art」はあまり相関が見られず、「Contemporary Art」は最も強い正の相関を示す。
・全体として、株式市場に対してアート指数は遅行して影響を受けている

国内アート指数とS&P500の比較
(画像=国内アート指数とS&P500の比較)

出所)「日本のアート産業に関する市場調査2021」エートーキョー(株)、(一社)芸術と創造

▍まとめ

コロナ禍でのライフスタイルの変化もあり、国内でも「アートを買う」事のハードルや、購入者層にやや変化が見られている。

「アート東京」は同様な調査を2016年から続けているが、今年のレポートのまとめで「当初はアートを購入するという、 どこにいるのかわからない数少ない人物像 (ペルソナ) を捉えるという目的が強かったが、 5年経ってアートを購入するのがそれほど特別ではなくなってきた」とコメントしている。

今後、こうしたマーケットがより広がっていくために必要なものとして、レポートでは以下のような項目が挙げられている。

・アートを金融資産と共にポートフォリオに組み入れるための、ベンチマークとなる指標
・メディアの向上 (アートのジャンルごとのマーケットの推移や各作家の作品の割高・割安などの情報提供)
・価格の透明性と、売買の材料となるような情報の供給

日本では純粋にアートを楽しむアート愛好家が多いが、加えて、今後はそれを支え続けるための仕組みが必要といえそうだ。

出所)「日本のアート産業に関する市場調査2021」エートーキョー(株)、(一社)芸術と創造

下記の記事では、「アート投資」のメリット・デメリットや、基本について解説しています。

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文:ANDART編集部