韓国「反文在寅」の新政権でも立ちはだかる、日韓関係の”ある心配”とは?
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韓国で5年ぶりに保守政権が誕生する。文在寅(ムン・ジェイン)氏を擁立する「共に民主党」を僅差で敗北に追い込んだのは、検事上がり、政治経験ゼロという異色の経歴をもつ保守系最大野党「国民の力」の尹錫悦(ユン・ソギョル)氏だ。

新政権誕生で注目されているのは、議員経験すらない政治ビギナーの尹氏が、文政権下で崩壊寸前に追い込まれた韓国をどのように復興させていくかだ。

韓政治学者「文政権を罰するための選挙だった」

2022年3月9日に実施された韓国大統領選は、尹氏と「共に民主党」所属、李在明(イ・ジェミョン)氏がそれぞれ48.56%、47.83%を獲得し、0.73ポイント差の接戦で幕を閉じた。尹氏の勝利の追い風となったのは、不動産政策の失敗や外交問題、相次ぐスキャンダルなど、文政権の失態とそれに対する有権者の怒りである。

ソウルの慶熙大学の政治学者アン・ビョンジン教授は、「これは未来のための選挙ではなく、文政権を裁くための振り返りの選挙だった」と指摘する。「尹氏を選ぶことで、国民は無能で偽善的と思われる文政権を罰し、より公正な社会を求めたかったのだ」。

「文政権の怒りを買った前検事総長」が出馬

経済学者で延世大学名誉教授、尹起重氏を父にもつ同氏は、名門ソウル大学法学部卒業後、検察入りし、検事総長の地位に上り詰めた筋金入りのエリートだ。司法試験に9回挑戦してようやく検事になったという「粘り強さ」や、上層部や政府からの圧力に屈することなく政財界の闇にメスを入れ続けた「不正と戦う精神」が評価されている。

検察官としては27年のキャリアをもつベテランで、李明博元(イ・ミョンバク)第17代大統領や朴槿恵(パク・クネ)第18代大統領の、汚職スキャンダルでも手腕を発揮した。

2019年に文大統領により検事総長に任命されたが、大統領の側近を巡る不正疑惑を追究したことなどで文政権の怒りを買い、2021年3月に辞任に追い込まれた。同年6月、「真の公平な社会」の実現をスローガンに、打倒文政権に向けて大統領選への出馬を表明し、野党や文政権に批判的な保守層間で支持率を伸ばした。

日韓関係、依然として障壁が立ちはだかる?

新政権が誕生した今、韓国にどのような変化が訪れるのだろうか。

尹氏は公約で、「公正と常識の回復、大韓民国の正常化」「企業の成長による民間主導の雇用創出」「独自技術の先導国家」といった国内の発展に加え、「北朝鮮に対する強硬路線」「米韓同盟を再建」「日韓関係の改善」など、経済・外交・安保政策の強化に重点を置いた政策を打ち出している。

足元の外交の課題は、文政権下で「1965年の国交正常化以来、最悪の水準」と評価されるほど冷え込んだ日韓関係の改善だ。米韓同盟を再建し、増大する北朝鮮の軍事的脅威を抑え込むと同時に、米国が働きかけている対日関係の修復は避けて通れない。

尹氏は文政権の反日扇動政策を「国際社会の変化に対応できない」と批判するなど、選挙活動中から一貫して日韓関係の改善に働きかける意思を示してきた。大統領選後の岸田首相との電話会談では、日米韓3ヵ国の連携の重要性を強調する岸田首相の呼びかけに対し、「日韓関係を重視しており、関係改善に向けてともに協力していきたい」と応えた。

このような両国の姿勢から、日韓関係健全化への期待がアナリスト間で高まっている反面、依然として障壁が立ちはだかっている事実に変わりはないとの見方もある。ヘリテージ財団北東アジアの上級研究員ブルース・クリングナー氏いわく、「だれが韓国の政権を握ったとしても、そう簡単に日本に関係改善の機会を与えることはない」。

「新政権は(歴史的確執より)現在の脅威に焦点を絞る」と予想されるが、「日本に対して常にさまざまな要求を掲げてくる」政権となる可能性がある。この点に関しては、外交問題評議会のスコット・スナイダー氏も、「強制労働や慰安婦の問題は簡単には解決しない」と同様の見解を示している。

一方、日本側は、「すべての補償問題は1965年の条約によって解決され、韓国側の主張は国際法に違反している」というスタンスを変える気はさらさらない。歴史的問題と政治を切り離して考えることが出来なかった文政権と比べると、柔軟な対応が期待できる一方で、考えようによっては日本にとってより手強い交渉相手となるかもしれない。

対中関係にも強硬アプローチ?

尹政権の外交問題は、米・日・北朝鮮にとどまらない。文氏が米国との板挟みになって頭を抱えていた、対中関係という重要課題もある。

折しも国内では反中感情が高まっており、これが多少なりとも選挙の結果に影響したとの見方もある。尹氏は世論を背景に、中国との協力関係を極力維持しつつ、必要とあれば「たとえ中国との関係を犠牲にしても、米国とその同盟国と協力して地域的および世界的な役割を担う準備ができている」と公言している。

一方では、国内・国外で山積みの課題に対処するにあたり、「新政権の権力基盤が緩い」との指摘もある。

政権が交代したとはいえ、2024年の総選挙までは国会議員の6割を現与党系が占める。少数与党の尹政権が掲げる改革が阻まれる可能性は高い。選挙結果が僅差だった事実も、大きく2つに分断している韓国の現状を反映している。

韓国の新たな時代の幕開け

勝利演説で尹氏は、「争いは終わった。我々は国民と大韓民国のために団結しなければならない。本日の結果は偉大な国民の勝利だ。」と力説した。「国民の勝利」が韓国をどのように変革していくのか、新政権が「正義と公平性」を盾に、どこまで国内外で奮闘できるのか。韓国の新たな時代の幕は開けたばかりである。

文・アレン琴子(英国在住のフリーライター)

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