表明保証は、M&Aにおける買い手のリスクを減らすために行われる。表明保証を理解しておかないと、売り手も不利な条件でM&Aの契約を締結してしまいかねない。今回は、表明保証の意味や必要性、M&Aにおけるタイミング、違反した場合の損害賠償などをわかりやすく解説する。
目次
表明保証とは?
表明保証とは、M&Aの売り手が法務・財務・税務などの内容に関して網羅的に真実であり正確であることを保証する仕組みだ。
たとえば、貸借対照表に計上されていない債務が存在しないことを保証する内容が挙げられる。表明保証は、アメリカのM&Aの実務を参考に、日本でも広く利用されるようになった。
ここからは、表明保証の必要性やM&Aにおけるタイミングなどについて解説する。
表明保証の必要性
そもそもM&Aでは、最終譲渡契約を結ぶ前にデューデリジェンス(買収監査)が行われるのが一般的だ。デューデリジェンスは、買い手のリスクを低減するための仕組みである。
デューデリジェンスでは、買い手が弁護士や税理士といった専門家に依頼し、売り手の法務・税務などに問題点がないかを調査する。数週間から数か月程度の期間をかけて行われることが多い。
最終譲渡契約を結んだあと、法務・税務などの深刻な問題を抱えていたことが発覚すると、買い手にとっては大きな損失となるからだ。
仮にデューデリジェンスで契約書の内容や税務申告などに問題があった場合、M&Aを中止したり譲渡価格の引き下げ交渉を行ったりできる。
とはいえ、数週間から数か月のデューデリジェンスで、数十年にわたる会社の資料を精査し、あらゆる問題点を洗い出すのは専門家といえども現実的には難しい。
また、デューデリジェンスでは、売り手が提示した資料を確認したり、売り手にインタビューしたりする。悪意のある売り手であれば、資料を紛失したと伝えたり、虚偽の回答をしたりする余地がある。
そのため、デューデリジェンスを実施しても買い手のリスクが必ず下がるとは限らない。問題点が発覚しても、期間が限られ譲渡価格の交渉が難しいケースもある。
このような現状を踏まえM&Aの実務では、売り手が買い手に対して表明保証を行うようになった。
表明保証のM&Aにおけるタイミング
M&Aは一般的に、次のような流れで進めていく。
①M&A仲介会社と仲介契約・秘密保持契約を締結する。
➁企業名を伏せ、企業の概要を記した資料を作成する。
➂M&Aの候補先を探したあと、お互いに合意のうえでネームクリアして社名を明かす。
④経営者同士がトップ面談をする。
⑤双方問題なければ基本合意契約を締結する。
⑥条件交渉を行う。
⑦デューデリジェンスを実施する。
⑧最終譲渡契約を結ぶ。
⑨クロージング(決済などの最終手続き)を行う。
表明保証の内容は、最終譲渡契約に表明保証条項として盛り込まれるのが一般的だ。そのため表明保証の条項は、デューデリジェンスの実施後から最終譲渡契約の締結までに決める。この間にデューデリジェンスの結果を踏まえて譲渡価格の交渉も行う。
表明保証の代表的な条項
表明保証の代表的な条項の例文は以下の通りだ。
・デューデリジェンスで開示された情報に虚偽はない。
・財務諸表等は会計基準にもとづいて正確に作成されている。
・貸借対照表に計上されていない簿外債務や偶発債務は存在しない。
・労働組合や労働紛争は存在しない。
・未払いの残業代は存在しない。
・契約上の債務不履行は発生していない。
・会社や事業にまつわる買い手が把握していない訴訟は存在しない。
・法令等を遵守している。
・反社会的勢力とのつながりはない。
このほかにも、事業内容やデューデリジェンスで発覚した問題点を踏まえ、独自の条項が盛り込まれることもある。
表明保証の条項設定が難しい理由
表明保証はデューデリジェンスと同様に、買い手のリスクを低減する仕組みだ。買い手としては、より多くの項目を盛り込み、より広範囲のリスクに備えたいと考えるのが自然だ。
ただ、あまりにも広範囲な内容を保証する場合、売り手が抵抗感を覚えることもある。表明保証に違反すると、買い手は被った損害に応じて、損害賠償や補償を請求できる。
会社経営という重責から解放されて勇退生活を送ろうというときに、損害賠償や補償のリスクを負うのは気が重い。
そのため、項目を増やし範囲を広げようとする買い手と、項目を減らし範囲を狭めようとする売り手の間で、表明保証の条項をめぐる駆け引きが行われる。
実際には、売り手と買い手の経営者が単独で表明保証の条項を精査するのは難しい。最終的に、M&A仲介会社など専門家のサポートを受けながら精査や交渉を進めていく。
表明保証の違反があったときの買い手の対応
M&Aでは、表明保証条項を含む最終譲渡契約を結んだあと、クロージング手続きを行う。クロージングとは、譲渡対価の支払いや役員の選任などの最終手続きをさす。
クロージング前に表明保証違反が発覚した場合、買い手はクロージングを拒否し、表明保証の違反に関して是正を求められる。クロージングは行うが、損害賠償や補償を請求するケースもある。
重大な表明保証の違反に関しては、クロージングが終了していなければ契約を解除できるという内容を、契約時に定めておくことがある。その場合、買い手はM&Aの契約そのものを解除できる。契約は解除せず、損害賠償や補償を請求するケースもある。
また、買い手は譲渡対価を支払う前であれば、表明保証違反に関する損害賠償額や補償額を差し引いたうえで、譲渡対価を支払える。
クロージング後に表明保証違反が発覚した場合、基本的に契約を解除できない。ただし、買い手は売り手に対して損害賠償や補償を請求できる。
表明保証に関する損害賠償の必要性
表明保証に違反した場合、悪意がなかったとしても損害賠償を請求されるのだろうか。表明保証に違反した場合における損害賠償の必要性について判例を含めて解説していく。
リスクはあるが必ず損害賠償を請求されるとは限らない
表明保証に違反していた場合、故意または過失がなくても、買い手から損害賠償や補償を請求されるリスクがある。
なお、損害賠償と補償は、買い手に生じた損害を補てんするために金銭を支払う点は同じだ。損害発生の理由が違法行為であれば損害賠償、適法行為であれば補償という言葉が用いられる。
表明保証に違反したとして損害賠償を請求されたとしても、必ずしも損害を補てんする義務を負うとは限らない。裁判では、売り手が十分な情報開示をしていたか、買い手が十分な調査を行っていたかといった観点から判決がくだされる。
売り手は、想定されるリスクについてしっかり情報開示することが大切だ。誠実に買い手と向き合ってM&Aを実行すれば、結果的に表明保証違反で損害賠償や補償を請求されるリスクを下げられるだろう。
表明保証に関連した損害賠償を巡る判例
表明保証条項が盛り込まれたM&Aで、M&A後に買い手が損害を被り、表明保証違反で売り手を訴えた判例がある。2つの判例の争点と判決を確認してみよう。
1つ目の判例では、買い手が表明保証違反を知り得たのか、買い手が表明保証違反を知り得たとしたら売り手は表明保証責任を免れるかという点が争点となった。
売り手が故意に情報を隠していたこと、買い手が表明保証違反に事前に気づくのは難しかったことから、売り手は結果として損害賠償義務を負った。
2つ目の判例では、売り手から提示された情報をもとに、買い手が将来のリスクを予見できたのかが争点となった。
買い手は売り手から提示された情報や現地調査などによってリスクを予見できたはずだとみなされ、売り手は結果として損害賠償義務を負わなかった。
表明保証のトラブルを減らす方法
売り手は、勇退後に損害賠償や補償を請求されるリスクを低減したいと考える。買い手は、表明保証違反が発覚して損害賠償や補償を請求しても、売り手が応じてくれるかわからないというリスクを抱えている。
売り手と買い手のトラブルを減らすために、表明保証保険の利用が検討できる。
売り手向けの表明保証保険では、買い手から表明保証違反で補償請求がなされた場合、保険会社から補償を受けられる。買い手向けの表明保証保険では、表明保証違反が発覚した場合、売り手に請求しなくても保険会社による補償を受けられる。
表明保証保険をうまく活用すれば、売り手と買い手双方のリスクを低減できるだけでなく、M&A後も良好な関係を維持できる。
ただし、デューデリジェンスが実施されていない場合や、あらかじめ表明保証違反の事実を知っていた場合など、一定の要件を満たすときは補償を受けられない。保険期間の設定では、M&A契約で補償請求できる期間と一致させておくと安心だ。
専門家のサポートを受けながら表明保証の条項を精査
表明保証は、買い手のリスクを低減する仕組みであり、売り手には重荷かもしれない。しかし、デューデリジェンスと同様、M&Aに必要な手続きといえる。
専門家のアドバイスを受けながら、表明保証の条項を精査して誠実な情報開示に努めれば、損害賠償や補償のリスクを下げられるだろう。
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文・木崎涼(フィナンシャルプランナー・M&Aシニアエキスパート)