2022年2月
執行役員 マーケティング本部長 大仲 均
事業再構築補助金事業
経済産業省の事業再構築補助金事業が、活況を呈している。
同事業は、新型コロナウイルス感染症の影響が長期化し、当面の需要や売り上げの回復が期待しづらい中、ポストコロナ・ウィズコロナ時代の経済社会の変化に対応するために中小企業等の事業再構築を支援するものである。
「事業再構築」とは、「新分野展開」、「事業転換」、「業種転換」、「業態転換」または「事業再編」の5つを指し、同事業に申請するためには、これら5つのうちいずれかの類型に該当する事業計画を認定支援機関と策定することが必要となる。
当該事業の説明資料では、具体的な再構築のイメージも列挙されており、その一部を紹介する。
- 居酒屋経営企業が、オンライン専用の注文サービスを新たに開拓し、宅配や持ち帰り需要に対応。
- 高齢者向けデイサービスを営む企業が、一部事業を他社に譲渡し、病院向けの給食、事務等の受託サービスを開始。
- 半導体製造部品メーカーが、自主技術を応用し洋上風力設備の部品製造に取り組む。
- タクシー事業者が、新たに一般貨物自動車運送事業の許可を取得し、食料等の宅配サービスを開始。
この内容を見ると、まず想起されるのが「成長マトリックス」である。
これは、「既存・新規」「製品・市場」の軸で事業を4象限に分類し、市場浸透、新製品開発、新市場開拓、多角化のいずれかの戦略により、事業の成長・拡大を図るためのフレームワークである。この考え方は、まさに事業再構築補助金事業での定義と合致する。
同補助金事業が、既存事業に取り組みつつ他社との優位性を図る各企業の「競争戦略」のみではなく、まさに全社戦略・成長戦略としてビジネスモデルの変更を支援し、日本経済の構造転換を図るという大掛かりなものであることが窺える。
【アンゾフの成長マトリックス】
コロナ禍発生後の企業動向
矢野経済研究所は、マーケティングレポートの発刊以外にも、カスタマイズ型の市場調査やコンサルティングを主な事業としているが、外部環境の変化に伴い様々な引き合いをいただく。
コロナ禍発生直後に多かった声は、「既存事業とは異なる柱を構築したい」というもの。その後、当該状況の長期化によって「新規ではなく既存事業自体を立て直したい」という相談も増加した。コロナの影響により、既存事業もかつての成長性や収益性が見込めなくなったのである。この状況下では、不採算部門や店舗の閉鎖、ビジネスフローの改善による効率化、人員の削減、電気代を含むコストの削減等、徹底的な事業再建が「=事業再構築」ともなった。
なお、2022年2月現在では、コスト削減によるスリム化や事業再建より、成長のための次のステップを目指す案件が改めて多くなったと感じる。
2年以上続くコロナ禍は、このような形でも企業経営に変化を起こしている。
未来の変化を「VUCA」で捉え「バックキャスト型」で事業再構築に取り組もう
事業再構築手法を検討する際、内部、外部の環境分析を詳細に行い、自社の強みをあぶり出し、市場の機会に投入していく、という代表的な考え方がある。しかし、現在の環境変化の速さ、大きさ、不透明さを考えると、現状の延長線上で未来の事業を構築するフォアキャスト型の戦略だけでは難しい。
外部環境の変化が急速に起こる中、将来の想定外の事象の発生予測が困難であることを表現する「VUCA:Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)」という言葉が生まれた。これは、2016年のダボス会議や、内閣府の「2030年展望と改革タスクフォース」内でも使用されているキーワードで、あるべき姿から逆算してビジネスモデルや事業戦略を構築していく考え方である。
コロナ禍やデジタル化がもたらす最大のインパクトは、将来起こり得る産業構造や環境変化の大きさ、スピードの速さといえる。であれば、真の事業再構築を実現するには、現状分析から戦略を積み上げる方法だけでは不足感が否めない。近い将来に起こる劇的変化に合わせ、自社の経営資源を徹底的に活用し、さらに外部の資源も積極的に取り込み「創造的破壊」を起こすことが必要となろう。
「創造的破壊」無くして、日本経済の構造転換に結びつくような事業再構築はあり得ない。「馬車を何台繋げても汽車にはならない」のである。
今後、矢野経済研究所として顧客企業の「創造的破壊」を支援していくことが、楽しみでならない。