ロシアの年金改革に国民が猛反対している3つの理由
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平均寿命が延び、少子高齢化が進む中、ロシアにおいても2028年から年金の受給開始年齢が引き上げられる。しかし、この改革を巡る一連の騒動が、プーチン強権の地盤を揺るがしたとの見方もある。水面下では、終身大統領の野望に燃える大統領と国民の温度差が、ますます広がっているようだ。

「受給開始年齢引き上げ」で支持率低下

ロシア政府が2018年に発表した年金改革計画は、年金受給開始年齢を男性は現行の60歳から65歳へ、女性は55歳から63歳へと引き上げるというものだった。どの国においても該当することだが、国民の負担が増える改革は多くの痛みと反発をともなう。

ところがロシア国民の反応は、政府の予想をはるかに上回っていた。ロシア全土で反対デモや署名運動が行われた。慌てた政府が行ったのは、女性の開始年齢の引き上げを60歳にとどめるなどの複数の譲歩案の提出だった。

しかし、政府の骨折りも虚しく、国民の憤りはすぐさまプーチン大統領の支持率に跳ね返った。2014年3月~18年4月にわたり80%前後を維持していた支持率が、わずか数ヵ月で70%台を下回ったのだ。ロシアの独立系世論調査機関レヴァダセンターが同年9月に実施した調査では、国民のほぼ90%が受給年齢の引き上げに反対の立場を示した。

譲渡案で浮上した「プーチン神話の綻び」

一部の人々は、この出来事が「プーチン神話のほころび」になったと見ている。「国民の意見を尊重して譲歩した」という見方をすれば美談だが、突き詰めると「強硬君主として知られるプーチン大統領が、支持率の低下を恐れてUターンした」ことに他ならない。

もちろん、支持率の低下は年金改革だけが原因ではない。ウクライナを巡る欧米諸国の経済制裁や独裁政権の拡大など、ロシアが抱えているさまざまな問題に対して、一部の国民は長年にわたり不満を抱いていた。年金改革はターニングポイントに過ぎない。

これを機に支持率は低下の一途をたどり、そこへパンデミックが蓄積した国民の不満に拍車をかけた。2020年5月の支持率は59%と、2000年代で過去最低水準に落ち込んだ。

ロシア国民が猛反対している3つの理由

繰り返しになるが、年金受給開始年齢を含め、年金改革は多数の国で実施されている。少子高齢化に加えて、生活様式や雇用環境の変化、貧困格差の拡大など、社会は大きく様変わりした。変化に対応可能な制度へと再編することは、社会保障制度を維持する上で必要不可欠だ。

ちなみに、ロシアで年金制度の基盤が確立されたのは、旧ソ連時代の1930年である。当時のロシア人の平均寿命は43歳だった。

このような背景を認識しているにも関わらず、ロシア国民はなぜそこまで強硬に反発したのか。

理由その1.前言撤回

かつてプーチン大統領は、「自分の就任期間中は年金受給開始年齢を引き上げない」と公言した。しかし、2014年の時点で歳出総額13兆9,600億ルーブル(約20兆9,039億円)のうち、社会保障と軍事が占める割合がそれぞれ30%を超えた。いずれかの削減を迫られたプーチン大統領は、年金の給付総額を減らす選択をし、膨らみ続ける財政赤字を補填せざるを得なくなった。

理由その2.平均寿命の短さ

WHO のデータによると、2019年のロシアの男女の平均寿命は世界183の国や地域のうち96位の73.2歳だった。2002年以降は年々上昇しているものの、1位の日本(84.3歳)と比べると10年以上低い。平均寿命をベースに算出すると、日本では65歳からほぼ20年間にわたり年金を受給できるが、ロシアでは男性は8年強、女性は13年強しか受け取れない。

理由その3.年金格差

国家年金を受給する国家職員と一般人では、加入できる年金制度の種類や優遇措置、支給額が大幅に異なる。

このように、ただでさえ年金制度に対する不信感が強いところへ、開始年齢の引上げが通告されたような状況だ。プーチン大統領を英雄視していた国民が、強い絶望感と怒りに包まれたのは想像に難くない。

世界中で年金改革ラッシュ?イタリアは開始年齢引き下げ

年金改革の嵐が吹いているのは、ロシアだけではない。すでに米国やドイツ、オランダでは受給開始年齢を67歳へ、英国は68歳へ引き上げることが決定している。

米国における2020年の人口に対する高齢者の割合は16.63%と、先進国の中では比較的低い。しかし、ベビーブーマー世代の引退とともに高齢化が加速している状況から、「2035年に公的年金の積立金が枯渇する」と予想されている。

バーニー・サンダース上院議員は2019年、社会保障制度が直面している課題を見据えて、「給与税を直ちに15.1%に引き上げる」「現在および将来の受給者への支給額を17%減額する」「両方へのアプローチの併用」という改革案を提案した。

世界一優秀とされるオランダの年金制度にも、改革のメスが入っている。国際非営利インスティテュート、シンキング・アヘッド・インスティチュートの分析によると、同国のGDPに対する年金資産の比率は214%と日本やフィンランドの2倍以上だが、持続性を維持するために改革を前倒しにせざるを得ない状況だ。

このような流れに逆行して、年齢を引き下げた国もある。日本(対人口割合28.40%)に次ぐ高齢大国、イタリア(23.30%)だ。

2011年に実施された年金制度改革では、2021年までに開始年齢を67歳以上に引き上げる計画だったが、当時政権を握っていたコンテ首相がバラマキ政策の一環として、2019年に62歳へ引き下げた。これにより、11万人を超える駆け込み退職者が殺到したという。財政赤字の膨張にさらに拍車をかける動きに、年金や財政の破綻リスクの上昇を懸念する声が絶えない。

「終身大統領」の野望には近づいたが…

プーチン大統領が年金改革を発表してから、3年以上が経過した。2021年4月の改正大統領選挙法成立を経て、「終身大統領」の野望に一歩近づいた現在も、足元の不安要素は拡大し続けている。プーチン大統領の大きな誤算は、年金改革が英雄の地位や強権を揺るがすほど、国民にとって重要な問題であることを見誤った点だ。

文・アレン琴子(英国在住のフリーライター)

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