地熱モデル地区に学ぶビジネスチャンス。広がる地熱ビジネスで注意すべき点とは?
(提供=金瀬美音氏・JOGMEC/THE OWNER編集部)

2011年の東日本大震災以降、日本では再生可能エネルギーへの期待が高まり続けている。それに加えてここ数年で、世界的にSDGsへの取り組みをはじめとした「サステナブル」な社会づくりに対する機運が高まってきた。かつてないほど再生可能エネルギーへの追い風が吹く今、太陽光や風力はもちろん、地熱資源においても地域住民や自治体、企業が連携してビジネス展開が進んでいる。

国の動きもその流れを後押しする。2012年8月の法改正により、独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)に地熱資源開発事業が追加された。

世界第3位の地熱資源大国である日本の地熱資源を活用したビジネスをどう考えるか。また、その中で企業が注意すべき点は何なのか。JOGMEC・地熱統括部の寺井周氏、金瀬美音氏の2名に聞く。

JOGMEC
(画像=寺井周氏・JOGMEC提供)
寺井
寺井周(てらい・あまね)
JOGMEC 地熱事業部企画課併地熱技術部技術課 課員。2012年3月京都大学大学院卒、2012年4月北海道電力(株)入社。2020年6月JOGMEC入構、地熱統括部 地熱事業部企画課併地熱技術部技術課 配属。主に企画や広報の業務を行い、直近では「地方自治体地熱研究会in八幡平」を担当。モデル地区事業では、3自治体の総括をしている。
寺井
金瀬美音(かなせ・みお)
JOGMEC 地熱事業部企画課併海外事業課 課員。2018年3月早稲田大学卒、2018年4月JOGMEC入構 資源備蓄本部 備蓄企画部企画課 配属。2021年4月より現職。主に広報関係の業務を行い、直近では「地熱シンポジウムin会津若松」を担当。モデル地区事業では八幡平市をメインに担当している。

世界有数の地熱大国。ビジネスチャンスも豊富

SDGsやESGの関連で再生可能エネルギーへの注目が集まり、企業でも、これらを意識した取り組みが次々と立ち上がっている。特に地熱については、日本がその資源量において世界に誇れる数少ない天然資源だ。環太平洋造山帯にある日本の地熱資源量は、アメリカ、インドネシアに次いで世界第3位である。さらに、この資源を活かせるだけの技術も確立されてきた。

地熱モデル地区に学ぶビジネスチャンス。広がる地熱ビジネスで注意すべき点とは?
地熱モデル地区に学ぶビジネスチャンス。広がる地熱ビジネスで注意すべき点とは?
(画像=JOGMEC提供)
地熱モデル地区に学ぶビジネスチャンス。広がる地熱ビジネスで注意すべき点とは?
(画像=JOGMEC提供)

このような背景から、今後は地熱資源を活用した事業が加速していくと予想される。企業が地熱資源を活用した事業展開を考えたときに、それを支援する取り組みをしているのがJOGMECだ。JOGMEC地熱事業部の寺井氏は、「地熱資源の活用にはビジネスチャンスが豊富にある」と語る。

地熱資源開発は、初期調査から操業まで約10年を要する長期のプロジェクトとなる。初期調査、探査事業、環境アセスメント、開発事業、操業というプロセスにおいて、JOGMECは大きく3段階の支援を行っている。(1)財務リスクの低減、(2)探査・操業リスクの低減、(3)地熱ネットワークの拡充だ。

地熱モデル地区に学ぶビジネスチャンス。広がる地熱ビジネスで注意すべき点とは?
(画像=JOGMEC提供)

(1)は、企業が初期調査として地表調査や坑井掘削調査をする際の助成金、探査事業や環境アセスメントのプロセスでの出資、開発事業段階の生産井掘削や発電設備設置等にかかる費用の債務保証などである。

(2)は、初期調査の前段階で行う地熱資源ポテンシャル調査、より効率的な開発のためのさまざまな技術開発だ。(3)の地熱ネットワークの拡充は、地域住民や自治体との交流や理解促進などを行う取り組みである。

この中で、2018年7月に閣議決定されたエネルギー基本計画に基づき、地域と共生した持続可能な開発を進めるために、地熱資源を活用した観光や農林水産などの産業に積極的に取り組んでいる地区を「地熱モデル地区」として募集した。全国からの応募をもとに、モデル地区に選定したのは、北海道森町・岩手県八幡平市・秋田県湯沢市の3地区だ。(https://geothermal-model.jogmec.go.jp/index.html

北海道・岩手・秋田での地熱開発事例

北海道森町では、地元の主婦が考案したオリジナルハヤシライス「森らいす」に森町産の食材が使われており、地熱資源を活用した園芸ハウスで栽培したトマトも使われているという。

地熱モデル地区に学ぶビジネスチャンス。広がる地熱ビジネスで注意すべき点とは?
(画像=森らいす/ JOGMEC提供)

岩手県八幡平市では、地熱蒸気を活用した「地熱蒸気染め」を行っている。地熱蒸気の温度や成分、その含有量などの微妙なバランスによって、この土地にしか出せない染色ができるという。テレビ番組にも取り上げられるなど注目を浴び、観光資源の1つとなっている。

地熱モデル地区に学ぶビジネスチャンス。広がる地熱ビジネスで注意すべき点とは?
(画像=地熱蒸気染め/ JOGMEC提供)

秋田県湯沢市では、森町同様、農業面ではパクチーの栽培や牛乳の低温殺菌加工に熱水を利用している。また、NPO法人日本ジオパークネットワークから認定されている「ゆざわジオパーク」では、ジオパークと地熱を掛け合わせた観光促進も行う。

再生可能エネルギーへの注目が集まっているとはいえ、「地熱」単体への注目度は世界でも日本国内でも開発途上段階である。だが、先述の通り、ポテンシャルは十分だ。これを全国に周知すべく、JOGMECはモデル地区の広報支援を行っている。

森町では、名所、風景などの魅力をPRする動画制作を行い、八幡平市では、地熱資源と共にある暮らしや文化等をまとめたデータブックを制作している。また、湯沢市では観光事業でのツアーパッケージを企画支援している。これらを地熱統括部のSNSでも発信したり、自治体関係者を集めた交流イベントや一般向けのシンポジウムを開催したりしている。

JOGMEC Facebookページ:https://www.facebook.com/jogmec.go.jp/

2021年11月22日に行われた「地熱シンポジウム in 会津若松~温泉と地熱の共存~」は、現地会場とライブ配信(YouTube)合わせて1,744名の参加があったという。2つの基調講演と、トークセッション、パネルディスカッションを通して、地元住民をはじめ、多くの人が地熱に関する関心を高められる機会となった(アーカイブ動画は現在も視聴可)。

このシンポジウムを担当した金瀬氏は「実際にお越しいただいた方には、地熱の盛り上がりを肌で感じていただけたと思いますし、オンラインと組み合わせることで今まで以上に多くの方に関心を持っていただけたと感じています」と充足感を漂わせる。

実際に参加者アンケートでは、87%が好意的な感想を持っているという結果だった。シンポジウム後には複数の地元メディアに掲載されるなど、周知にも貢献するイベントとなったようだ。

地熱資源の活用において企業が注意すべきこと

日本の地熱資源開発における特徴的な点は、多くの地域で地熱が「温泉」に利用されているということだ。温泉事業者が各地に多数存在する日本において、新たに地熱資源活用を進める上では彼らとのコミュニケーションが非常に重要である。寺井氏は言う。

「例えば、電力会社さまが地熱発電をしたいと考えた時にも、その開発によって、温泉に活用している地熱資源が枯渇してしまうのではないかと懸念される方がいらっしゃいます。事業を考える際には、そういった温泉事業者や温泉を観光資源として重視している自治体、地域住民への科学的根拠に基づいた丁寧な説明と合意形成が必須です。」(寺井氏)

実際のところ、温泉に活用されている地熱資源と、発電やその他の用途で活用するための地熱資源では、掘削深度に大きく差があり、現在までに資源を奪い合うことは起きていないという。だが、実際には目に見えない地下のことであるため、長年事業を営んできた温泉事業者や地域住民の感情に配慮した誠実な対応が求められるのは当然だろう。

このようなコミュニケーションや合意形成についても、JOGMECは支援を行う。

「事業者と地域の方々がWin-Winになるようなスキームを模索することが大切です。どちらかだけが得をするようなやり方では、継続的な取り組みはできません。例えば八幡平市と森町は、地熱発電所の事業開始に伴い、地域貢献の一環として、熱水を地域に提供するという協議書等を結んでいます。八幡平市ではその熱水がホテルや病院に供給され、温泉や暖房に使われているほか、バジルをハウス栽培する際の熱源としても使われていますし、森町では『森らいす』に使うトマト農家で活用されています。もともと冬場は、全く農業ができませんでしたが、熱水の提供が可能になったことでビニールハウスを建設し、トマト栽培が可能になったようです。こういった提案を行えるように、私たちは企業さま、地域の方々の両側と対話しながら調整しています」(寺井氏)

今後は、モデル地区の取り組みを模範事例としながら、全国に展開していくことを見据えている。先述したように、地域と企業がWin-Winになるようなスキームづくりは、電力会社やディベロッパーの専門分野ではない。そこに最適な着地点を見つけることができれば、大きなビジネスチャンスとなる。

例えば、もともとは東京でクラウドIoT制御システムの開発を行う会社を運営していた株式会社八幡平スマートファームの兒玉社長は、未活用になっていた熱水ハウスに可能性を見出した。株式会社八幡平スマートファームを立ち上げて50棟のハウスを再生し、バジルを栽培している。

寺井氏は「モデル地区での事例を広めていくことで、新たなビジネスを生むための支援をしていきたい」と力強く述べた。

地熱モデル地区に学ぶビジネスチャンス。広がる地熱ビジネスで注意すべき点とは?
(画像=JOGMEC提供)
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