実際にあった徳島正人(仮名)のケースをもとに、個人が新たなコンフリクトスタイルをいかに獲得していくのかを紹介する本連載。前回、パワハラ上司とのコンフリクトを「適応」モードで対処した徳島は、より複雑なコンフリクトに直面することになる。
前回までのあらすじ
外資の自動車部品メーカーでまた新たなコンフリクトモードを経験した徳島は、成長実感を持つことはできていた。一方で、理念不在ゆえに属人的な関係性のみで仕事を進めなければならない非効率性に疑問をもち2度目の転職を決意した。
出世の登竜門、プロマネのキャリアへの挑戦
徳島の転職先は、再び別の外資系の自動車部品メーカーだった。この会社は、トップダウンで官僚的文化ではあったものの、バリューチェーン全体を俯瞰でき、かつ自動車業界では出世の登竜門であるプロジェクトマネージャーのオファーを徳島はもらえたために新たなキャリアを選択した。
はじめてのプロマネの仕事なので、謙虚に他部門から学ぼうと、社内トレーニングの雑用(議事録、スケジュール、会議室確保、資料作成)など、とにかく自分からgiveをすることを意識した。それにより気難しそうなエンジニアのキーメンバーからも最低限の信用を得ることができ、話しかければ口を聞いてもらえるようになった。
徹底したプロファイリング
徳島の上司は、感情がおさえられなくなると机を強く叩いたり、過去に部下を蹴り続けてHRから厳重注意を受けたことがあるパワハラ系だった。2回目のパワハラ上司ということで、自分はパワハラ上司に好かれるのか? そういう行動をとらせやすいのか? いずれにせよ自分にも問題があるのでは?という前提で、徹底的に自責の念で自分改革も実施した。分析の結果、自分は地位と権威=上司に弱いことがわかった。そして、上司の良い面を見ようと意識した。
またちょうどこの時期、大学院で「パワーと影響力」の授業を受講していたこともあり、徹底的に上司を含めた関係者のプロファイリング(人物の分析)を行い、戦略的に行動することを意識した。まず、高い誠実さと知性をもち信頼できるナナメの外国人上司との信頼関係を築く努力をした。そして、自分の上司に対する評価をさりげなく聞いたうえで、それがネガティブだとわかったら、明るく上司の問題行動を伝えてみた。このナナメの外国人上司は、その後も自分の精神的支えになってくれた。さらに、退職が決まった同僚にも上司に対する評価を聞いてみた。
また、上司の上司であるアメリカ人現法トップのプロファイリングも行った。その結果、この現法トップはこの上司の問題行動をわかっていながら、本社からの期待でもあるトップラインさえ伸ばしてくれればよいと都合よく利用していると徳島は判断した。なぜなら、この上司は大株主からの出向者なので、現法トップもいい加減には扱えないと推察されたからである。
リコール案件が勃発
そんななか、徳島にとって大きな試練となる事件が起こった。徳島の前任者が客先承認プロセスを見落としたまま設計変更を進めてしまい、リコール要求の強い圧力がきたのだ。徳島は上司に相談したが正面から取り合ってくれない。完全に逃げの姿勢だった。現法トップも同じだった。
徳島は一人で客先に臨む覚悟を決めた。実際の不具合数は少なかったことと自社に技術的な問題はなかったことから、リコールの必要はなく、米国当局にしっかり説明をすれば乗り切れるという自信が徳島にはあった。
客先にとってもリコールとなれば相応の負担を負うことになるので、当局への説明にまず注力するのが合理的行動だ。しかし、客先の品質部門は非常に保守的でリコールやむなしの姿勢を崩さない。経営視点に立って判断できる客先サイドの別部門のキーマンに接触を試みながら、バウンダリースパナー(境界を越えて組織や個人をつなぐ人)として、再三にわたるカウンターパートからの無茶な要求、さらに自社本社側の対応の遅さの板挟みになりながら交渉をつづけた。そして、途中からは客先に声を上げさせることで、これまで全く逃げ腰だった現法トップも態度を一変せざるをえなくなっていった。
経営視点からリコールの最小化を望む客先キーマンへのアプローチで手ごたえを感じはじめていた徳島は、社内の会議で、不必要なリコールを最小化するために、客先と足並みを揃えて当局に諦めずに説明するべしという提案を行った。すでに本社と現法トップからの徳島への依存度は高まっており、経営陣は完全にそれに従った。それにより本社との会議もスムーズになっていった。
結局、徳島の提案通り、客先と自社が一枚岩になって当局への合理的説明を尽くすことで、最終的な支払額は全面リコールのケースの1/4に抑えることができた。客先にとってもそれだけ負担が減ったわけで、徳島の粘り強く真摯な対応は客先からも高く評価された。
なお、この一連の交渉のなかで、徳島の直属の上司はどういう位置づけであったのか? 本件に関わる社内会議には上司は参加せず(問題が起こると評論家的発言しかしないため)蚊帳の外に。そのかわりポジションパワーをもった上司にできる会議設定だけは任せ、徳島は最後まで上司には従順にふるまった。
複数のステークホルダーに対し、異なるコンフリクトスタイルを選択
本ケースにおける徳島のコンフリクトスタイルは、複数のステークホルダー毎に異なっている。
■ステークホルダーごとに異なるコンフリクトスタイル
- 客先:「協働」モード
まず、リコールやむなしを要求してきた客先には、不具合数の少なさと技術的問題がないことを理由に、客先と自社とで足並みを揃えて当局に説明し不必要なリコールの最小化を目指す提案を行った。それが叶えば両社にとっての経済的負担が減るので「協働」モードとなる。
- 直属の上司:「適応」モード
次に直属の上司に対しては、本件に関わりたくない上司の気持ちを理解したうえで、ポジションパワーをもつ人間にできる会議設定だけをお願いすることで従順にふるまう「適応」モードといえよう。
- 本社・現法トップ:「協働」モード
そして、本社と現法トップに対しては、会社にとってベストだと考えられるオプション(不必要なリコールに向かわないようにすることと、顧客のエスカレーションがかかったときに経営層に極力迷惑がかからないようにすること)を徳島が提示し、彼を信頼する経営陣がその案に納得して承認しているので、いわゆるwin/winの「協働」モードと整理できる。
「協働」モードとは?その特徴とメリット・デメリット
「協働」モードとは、いわゆるwin/winでコンフリクトを解消するスタイルだ。関係性を強化しながら互いの提案より優れた解決策を追求することができるメリットがある一方で、時間とエネルギーが必要となる。
出典:”Introduction to Conflict Management: Improving Performance Using the TKI” Kenneth W. Thomas
「協働」モードを選択する状況としては、重要な問題でかつ以下のようなケースがある。
- 二律背反の同時追求でイノベーションを生み出したいとき
- もっと視野を拡げたり学びたいとき
- 多様な視点からより完全な理解を望むとき
- 決定事項にメンバー全員のコミットメントが必要なとき
- 人間関係の問題に取り組むとき
協働モードの留意点
協働モードを選択する際の留意点としては、
- 両者が達成できるポジティブな結果を共有しながら
- 立場(主張)よりも懸念に焦点をあてる(両社の懸念が明確になるまで「どうすべきか」についての議論は遅らせる)
- 「どちらの懸念も解消できる方法はあるだろうか?」「どちらも重要なのでどうやったらどちらもすることができるだろうか?」と仲間として考える
- 可能性ある解決策を多数明らかにしたら、両者に最も都合のよい1つを選ぶ(どれも両者の懸念を解消するよう意図されているので同意は容易)
などがあげられる。
直属の上司とは最後まで戦わずに高い成果をあげ、上司は他人に排除させる
その後、徳島のいる部内からは上司に対する不満からキーパーソンが次々と退職し、従業員満足度もたいへん低いスコアになった。さすがにその状況を見かねた現法トップは、徳島の上司に半年間のデベロップメントプランを提示しポジションから外した。
徳島は、非常に困難なリコール案件を、バウンダリースパナーとして複数のステークホルダーに対し、異なるコンフリクトスタイルを選択しながら、よりマネジメントを意識した協働を目指し(直属の上司とは最後まで戦わずに他人に排除させる)成果をあげることができたといえる。
次回につづく
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人や組織に動いてもらわなければ、目標は達成できません。多様性と相互依存性が高まるなかで、周囲を動かすパワーをいかに獲得し行使するか、グロービス経営大学院の「パワーと影響力」のクラスで学ぶことができます。
<参考文献>
- “Interpersonal Conflict” Hocker, Joyce L./Wilmot, William W.
- ”Introduction to Conflict Management: Improving Performance Using the TKI” Ken
(執筆者:芹沢 宗一郎)GLOBIS知見録はこちら