井田幸昌(いだ ゆきまさ)
(画像=井田幸昌(いだ ゆきまさ))

東京・銀座のRICOH ART GALLERYで、「一期一会」をコンセプトに作品を生み出している画家・井田幸昌の個展「思層|Ontology」がスタートした。本展はRICOHの2.5 次元印刷StareReap(ステアリープ)、リトグラフ、シルクスクリーンという3種類のプリント技法で制作された版画作品、計55 点が展示されている。絵画の物質性、マチエールにこだわる井田が版画がもつ平面性や独特のレイヤーに着目し、およそ2 年の歳月をかけて出来上がった作品を目にすることができる。

今回初の試みとなる版画作品を制作した井田幸昌に、制作する過程で感じたことや実際に完成してみての感想など、インタビュー取材を行った。

井田幸昌(いだ ゆきまさ) プロフィール
1990 年鳥取県生まれ。2016 年東京藝術大学美術学部油絵科を卒業。
19 年同大学大学院を修了。16 年に、現代芸術振興財団主催「CAF 賞」で審査員特別賞を受賞。17 年には、世界的な作家とともにレオナルド・ディカプリオファウンデーション主宰のチャリティーオークションへ最年少で参加。
また直近ではDiorとのコラボレーションを発表するなど、国際的にも注目を集める。主な個展に『Here and Now』(Mariane Ibrahim Gallery、シカゴ、2021)『King of limbs』(カイカイキギャラリー、東京、 2020)、『Rhapsody』(Mayfair Salon、ロンドン、2019)、『Portraits』(銀座 蔦屋書店 GINZA ATRIUM、東京、2019)など。作品集に『YUKIMASA IDA: Crystallization』(美術出版社)がある。
https://idastudio.co.jp

絵画の物質性、マチエールが平面になった時に立ち上がってきた、繊細な表現

展示会場入り口
(画像=展示会場入り口)

ーーRICOHさんのギャラリーで、これまでにStareReapの作品を色々拝見させていただいたのですが、井田さんの作品はこれまでのStareReap作品とは違った印象がありました。井田さんの絵画はもともとすごく厚みがあると思うのですが、それが版画の技法によって薄くなっている。それでも絵画的な要素がちゃんと残っていて、繊細でディテールのこだわりが見えるような作風で、とてもビックリしました。今回はとくにどのような部分を意識して制作に臨まれたのでしょうか?

おっしゃるように僕の絵画は、シンプルに言って厚塗りの作品が多かったのですが、そういうものを今回シルクスクリーンに動かした時に、厚塗りの部分――絵の具の重量感だったり油絵が醸し出す強度みたいなものが、消えていったんですね。

それはStareReapで再現する時も同様に、僕の絵画のもっているそういう特性をそのまま再現しきってしまうと、どうしてもトゥーマッチな感じになってしまう。そうやって試行錯誤するプロセスの中で、今回3つの異なるパターンでビジュアルとしてそういうニュアンスが表出してくるのであれば、逆にその特性を生かした方がいいのではないかと考え、「平面性の方に振り切って勝負しよう」と思いました。

展示風景より ともに井田幸昌《King of limbs》(2021)
(画像=展示風景より ともに井田幸昌《King of limbs》(2021))

ーーそうなのですね。となると絵画の持ち味である重要感をシンプルに削ぎ落とすイメージになると思うのですが、物理的に薄くなったからといってその雰囲気が薄れたり損なわれることなく、レイヤーが凝縮されているように感じられました。さらに、うっすらとしたシミやザラつきなど独自の表現になっている点がとても印象的で。今回は井田さんにとって初めての版画であり、さらに3種類の異なるプリント技法を横断されたということで、非常に苦労されたと思うのですが、そちらについてはいかがでしょうか。

元々テクスチャーの強い絵を、その良さを残したまま平面化するというのはわりと繊細な作業で、その点は大変だった部分もありますね。なので、苦労がないといったら嘘になりますが、それ以上に色々な発見があって楽しかったです。それぞれの表現によってできることが異なるので、その可能性を探るという意味でも、3つの技法を横断的に進められたのは結果的に良かったと思います。

たとえば、StareReapでは絵画の持つマチエール(素材や筆致によって画面に現れる絵肌)を再現できるので、そこから出てきた微妙なニュアンスや独特の滲みをリトグラフのレイヤーに反映させていったり。それから平面性を生かした発色の表出の仕方はシルクスクリーンに生かしたりと、それぞれ作品のタイプは違っていても僕の中では全てつながっていた感覚がありました。

展示風景より シルクスクリーンの作品群
(画像=展示風景より シルクスクリーンの作品群)

作品と対話し、微調整を繰り返しながら生まれた独自の色彩
ーーそのような細かくも実験的な試みの中で、この独自の質感が生まれたのですね。それからもう一つ、色に関してもすごく印象的だと思ったのですが、色の調整についてはどのように行っていかれたのでしょう?今回はカラーバリエーションも豊富で、その点についても注目していました。

そうですね。色に関しては、たとえば白を一滴垂らしてみる、一秒垂らしてみてその後どのように作品の表情が変化するかなど、それくらい繊細なレベルで微調整しながら進めていきました。

とくにシルクスクリーンの場合は、その特性上、色が強く強調されてしまうということもあったので、発色に関してはとくにこだわりをもって、慎重に進めていった部分でもあります。

ただ、そうやって微調整をする時も、「こういう雰囲気がいい」と僕自身の感覚で掴むというよりは、「絵にとって最も良い状態の色を出す」ということを一番に考えながら進める、ということを常に大切にすることを心がけました。

展示風景より 井田幸昌《Self portrait》(2021)
(画像=展示風景より 井田幸昌《Self portrait》(2021))

ーーモチーフについて、こだわったポイントはありますか?たとえばStareReapの作品はロンドンで目にされた大木を抽象化したモチーフで、シルクスクリーンには自画像を描かれていますよね。そういう中で、リトグラフでは井田さんにとっての象徴的なモチーフである「豚」も描かれており、新たなプリント技術と組み合わさったことでとても新鮮なイメージに感じられたのですが。

豚のモチーフについては、今回リトグラフを試そうと思った時にパッと出てきて。自分にとって原初の記憶にある象徴的なイメージでもあるので、今回もそういう意味で使っています。

展示風景より 井田幸昌《slaughterhouse》(2021)
(画像=展示風景より 井田幸昌《slaughterhouse》(2021))

豚は、消費されていく存在の象徴として描いています。豚は生まれてきて、食料を与えられて育って、それから消費者の元に届いていくという構造がありますよね。でもそれは家畜に限らずで、人間もまた、僕らアーティストでさえもそういう構造の中で生きているでは?と思ったりことがあるんです。

それから漠に関しては、「夢を食う動物」と言われていますけれども。要するに、この世の中は誰もが何かから消費されているし、それが世界の実態だと思っている。自分にとってすごくリアリティーがありますし、そういう文脈でも象徴的な存在だなと思います。

個展のタイトル、「思層」に込められた思い
ーー今おっしゃったように、モチーフも幼い頃の原体験や記憶から着想を得ていたりして、それが井田さんご自身の作風にも生きていると思うのですが、今回、個展のタイトルに「思層|Ontology」と込めた思いについてもお聞かせいただけると嬉しいです。

そうですね。作品って基本的にその人が経験してきた人生だったり、思考だったりが積み重なってできているものだと思うので、そういうものが蓄積されてレイヤーとなっている様子を表現したいと思い、それを「思層」という造語に込めました。

それからもう一つ、Ontology(オントロジー)。この単語には、記述化という意味があるんですよね。たとえばシルクスクリーンプリント、版画ってある意味、元の作品をリメイクしているものですが、僕が作った絵画を一つの概念とした場合、そこを起点にリメイクすることでよりシンプルな形にもなるし、より充溢したイメージもなると思って。そういうプロセスの中である一つの思想、概念が展開していく過程で、僕を手を介在しなくても、たとえば職人さんの手や技が入ることで、また違った形の作品が出来上がっていく。そういう意味での記述化ーーOntologyであり、また思想と思層が深く繋がっていく部分でもあります。

ーーありがとうございます。それでは最後に、今後チャレンジしてみたいことなどあれば、教えてください。

それはいっぱいありすぎて、ここでは話し切れませんね(笑)。

ーーそれは楽しみです。今後の作品も期待しております!

井田幸昌
(画像=井田幸昌)

展覧会情報
井田幸昌 「思層|Ontology」

会場:RICOH ART GALLERY
会期:2021年12月4日(土)~ 2022年1月8 日(土)
時間:12:00 ~ 19:00 ※最終日18:00 終了
休廊日:日・月・祝 / 年末年始:2021年12月31日(金)~2022年1月3日(金)
展覧会URL:https://artgallery.ricoh.com/exhibitions/yukimasaida_ontology

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取材・文:小池タカエ 写真:ぷらいまり