P&G、DX推進で業績不振に?DXの成功を左右するポイントとは?
(画像=sdx15/stock.adobe.com)

2018年に経済産業省のレポートで登場して以来、DX(デジタルトランスフォーメーション)という言葉が企業戦略の中でも頻繁に聞かれるようになってきた。DXの認知度が向上する一方、デジタル企業への変革の歩みを着実に進めている企業はそこまで多くはない。今回は、DXの取り組みの現状を確認しながら、DX推進に成功している各分野の事例と失敗事例から学ぶべきポイントについて解説する。

目次

  1. DXが推進できている企業とは
    1. 国内のDX取り組みの状況
    2. 何をもって「DXの推進」といえるのか
  2. DXの業種別事例
    1. 小売業
    2. 製造業
    3. 物流業
    4. 建設業
    5. 通信関連業
    6. 工業・化学
    7. サービス業
    8. 医療・ヘルスケア
  3. 中小企業におけるDXの成功事例
    1. 株式会社木幡計器製作所(従業員数:約18人)
    2. 株式会社南部美人(従業員数:25名)
    3. 碌々産業株式会社(従業員数:約160人)
  4. DXの失敗事例から見えるものとは
    1. General Electric社
    2. Ford 社
    3. P&G社
  5. 事例から学ぶDX推進のポイント
  6. DXで激しい市場の変化に対応

DXが推進できている企業とは

はじめにDX推進の状況とDXの本質に基づいた取り組みへの考え方について解説していこう。

国内のDX取り組みの状況

2020年12月に経済産業省が公表した「DXレポート2中間取りまとめ」の資料によると、2020年10月時点で全体の約95%の企業が「DXにまったく取り組めていない」「取り組み始めたばかり」となっている。一部の先行企業と平均的な企業では、DX推進状況に大きな差があるのだ。DXに着手する以前にその前段階である自己診断に至っていない企業が背後に多数あると推測される。

DX推進遅延の背景には、DXの本質への理解不足があると考えられる。DXを単なる旧システム刷新や現時点での競争優位性の確保といった非常に狭い視野でとらえている企業も少なくない。コロナ禍では、ルールを臨機応変に変更して環境変化に対応した企業と対応できなかった企業の差が拡大した。

今後デジタル企業に変容できない企業が競争に勝てなくなることが予測できる。感染症の蔓延という有事を経た状況でさえ、押印や対面営業といった企業文化にこだわり、変革に踏み込むことができずにいる企業が少なくないことも懸念材料だ。

何をもって「DXの推進」といえるのか

先述した通りDXの本質への理解不足がデジタル企業への進化を遅らせている原因の一つである。デジタル化やクラウドの活用すだけではDX推進とはいえない。DXが目指すのは、すばやく変革し続ける能力を身につける」「ITシステムだけではなく企業文化そのものが環境変化に対応できる柔軟性を獲得できるようになる」といったことだ。

DXの真の目的を理解していない企業には、DXの実現は難しい。以上を踏まえて次の項では、DXの推進事例を紹介していく。

DXの業種別事例

DXの推進事例を業種別に紹介していこう。

小売業

・株式会社セブン&アイ・ホールディングス
2020年4月に「グループDX戦略本部」を発足して以降、グループ共通の「DXプラットフォーム」の構築やIT人材の採用・育成に注力。また「グループDX戦略マップ」を策定し、横断的にグループ全体で取り組む体制づくりを実施している。

・アスクル株式会社
ビッグデータ活用や最先端の物流プラットフォーム構築により、データやテクノロジーを駆使したビジネストランスフォーメーションを実施。「DXの基盤となる人材の育成経営」「オペレーション」「テクノロジー」といった3つの視点からの変革を行っている。

製造業

・日立製作所
先進的なデジタル技術を用いた取り組みとそこから培われた新たなソリューションの提供を行うことで高い評価を得ている。すでにIoT技術やデータ分析などを活用、開発・設計・運用保守まで、最適化する取り組みを長年実施しており、世界の先進工場「Lighthouse」に選出。さらにこの取り組みをソリューションとして提供する。

・三菱電機
持ち味の強いコアコンポーネントに機器の知見や最適化ノウハウなど豊富なフィールドナレッジ、先進的デジタル技術を掛け合わせて同社独自の統合的なDX戦略を推進している。

物流業

・デンソー
2017年に「デジタルイノベーション室」を開設。コロナ禍のリモートワークでも開発生産性を低下させなかった点でDXが着実に進められていることが実証された。

・日本郵船
船上電子通貨の実用化や運航スケジュール策定支援システムの開発、デジタル人材の育成強化など安全運航、環境保全と業務改善を同時に実現するなど、幅広いDXを推進。DXをESG(環境・社会・ガバナンス)課題の解決の能力ととらえ、正確なデータの取得とその徹底した活用を進めている。

建設業

・鹿島建設
社全体を変えていくための基盤整備「業務DX」、建設事業そのものを変革する「建設DX」を軸に取り組みを進め、顧客・社会に新たな価値を提供する「事業DX」へと向かっている。DX推進の鍵を握る人材育成や外部からの登用、オープンイノベーションによる協働を重視。

・ダイダン
WEB会議システム、共通のCADシステム、クラウドサーバーなど各種デジタルツールを駆使。遠隔地の建設現場への支援を行う。遠隔地から建物設備の稼働状況やエネルギー消費状況を監視できるクラウド型ビル監視制御システムを開発。エンジニアが現地へ赴くことなくビルの維持管理を実現している。

通信関連業

・クラウドサイン
電子契約により契約業務を効率化するWeb完結型クラウド契約サービスを提供。各業界、各業種において契約の締結にかかる期間を大幅短縮。社内のDXへの意識向上にも貢献する。

・SmartHR
総務・労務に関わる業務をデジタル化。クラウドでの給与明細作成・配布、社会保険・雇用保険の電子申請など、社内フローから紙やハンコを排除できる環境を提供する。DXを段階的に進めていくためのベースづくりに貢献。

工業・化学

・旭化成株式会社
AIを活用した製品検査自動化・ 設備異常の予兆検知・IoTツールを活用した業務の高度化などにより生産効率・収率の向上で成果を得る。ビッグデータ事業を強化し、新事業の創出、M&Aなどに活用するIPランドスケープ活動を全社で推進した。

・ユニ・チャーム株式会社
遠隔地からでもリアルタイムに顧客の状況を観察・理解ができ製品の品質安定性の監視と的確な業務指示が可能な「デジタルスクラムシステム」を開発。同社は、DXの目的を「新商品の開発や新改良品」「新規のカテゴリー開発につながる顧客インサイトの発見」とし、3現主義(現場・現物・現時点)とともに社の内外をサポートする体制づくりを推進している。

サービス業

・三井不動産
グループ全体のDX方針は「テクノロジーを活用し、不動産業そのものをイノベーション」だ。同グループが扱う「オフィス」「住まい」「商業施設」「ホテルリゾート」「街づくり」「ロジスティクス」の各分野においてDXを同時進行。グループのサービスすべてにデジタルを活用することで、各分野まんべんなく顧客のニーズに対応する。

医療・ヘルスケア

・大塚製薬
薬品業界の中でも他社との協業を積極的に進めている同社は、NECと共同で服薬をアシストするIoT服薬支援容器の共同開発を実施。さらに医薬品と医療機器を一体化した「デジタル薬」の実用化に至っている。また問い合わせ業務にAIを活用するなど、事業の各領域でデジタルテクノロジーを取り入れ横断的DXをダイナミックに進める。

中小企業におけるDXの成功事例

DXは大企業のものだけではなく、規模に関わらず独自の取り組みを推進する必要がある。中小企業でのDX成功事例を紹介していこう。

株式会社木幡計器製作所(従業員数:約18人)

1909年創業の計測・制御機器老舗メーカー。圧力計のIoT化による保全業務の自動化や呼吸器疾患リハビリ用の医療用測定機器の開発など、多角的にDXを進めながら顧客の視点で将来を見据えた新規事業の開拓を行っている。

株式会社南部美人(従業員数:25名)

職人の勘や経験による酒造り技術の伝承の課題について、AIによるディープラーニングを導入。職人への気づきを与え現場の意識も変わった。「酒造り」という伝統の世界にAI技術の活路を開き酒造りの可能性を見出した。

碌々産業株式会社(従業員数:約160人)

1903年創業時は機械工具類の輸入販売業だったが、現在は汎用マシニングセンタを製造しているメーカー。5ミクロン以下の加工が可能な「微細加工機」を他社に先駆けて開発。その後もフィードバックやデータの収集を地道に行いながら、デジタル技術により精度に磨きをかける取り組みを続けている。

DXの失敗事例から見えるものとは

DX先進国での失敗事例からその原因を探っていく。

General Electric社

多額の投資を行って1,500名以上を新規採用してデジタル戦略をリードする事業部門を創設・しかし成果が出せず長引く株価低迷を受けてトップが退陣する結果となった。「特定分野にフォーカスせずに最初から大がかりにスタートした」「質より量でDX推進をやみくもに進めようとした」といったことが敗因と見られる。

Ford 社

デジタル事業を同社の他の自動車製造部門とは完全に切り離して運営。他の事業部門とほぼコミュニケーションをとらずに開発を進めた結果、サービスに対する品質問題が浮上したことから勢いが急速に衰えた。DX推進は組織全体で横断的に進めるべきであり部門間でのコミュニケーションを十分に取ることが重要。DXの根本的な目的の一つは、企業文化の変容であることに留意したい。

P&G社

「地球上で最もデジタルな企業」になるためのDXイニシアチブを提唱。しかし「あらゆる事業部門にテクノロジーを大々的に適用することで、消費者向け商品・サービスを改善する」という漠然とした目標のみで推進したため業績不振に陥り、競争力が低下した。DXへの投資は具体的な達成目標を示すことが重要。達成目標を明確にし、段階的にクリアしていくことで推進が軌道に乗せられる。

事例から学ぶDX推進のポイント

成功している事例では、自社事業における得意な分野や技術とDXを融合させながら、未来のステージに向けた取り組み方法を見出している。

  • 成功している企業では全社的なDXについての理解を前提としており、経営視点からの抜本的な組織改革へとつなげている
  • スモールスタートで段階的に進めている例も多く、軌道修正や検証を重ねながら本格的な動きへと拡大させている
  • DX推進指標等を利用し推進状況を客観的に把握しながら進めることで、ブレのない取り組みができる
  • 適切な人材を配置するために、デジタル人材の確保と育成の具体的な戦略を策定する
  • DXに関するガイドラインを参考にしながら、レガシーシステムの現実的な扱いを検討する

DXにおいては、事業性・企業文化の変容を念頭におきながら自社独自のアプローチを考えていくことが求められるだろう。

DXで激しい市場の変化に対応

業務の効率化やコスト削減に向けIT技術を取り入れていることは、当然とすらいえる。しかしDXの目的は、そこではない。デジタル技術を起点としてさらに企業全体の変容に踏み込んでいく取り組みだ。ペーパーレス化ができたからといってデジタル企業とは呼べない。新しい技術を用いて激しい市場の変化に対応できる企業となることがDXの目的であることを忘れてはならない。DXの本質をしっかりと理解し、自社なりの取り組み方を見つけていこう。

著:千葉 悦子
MOS(マスター)、統計士、着付け技能士、スペイン語検定2級、生涯学習インストラクター、アドラー心理学講師、プロカウンセリング、対人魅力コーチ、データベースインストラクター、PC講師、キャリアカウンセリング、心理カウンセリングなど多くの資格を所有。現在はビジネス系、IT系、転職・求人系、人事管理などの記事を多く執筆。アドラー心理学をベースとしたメンタル記事も得意。
無料会員登録はこちら