近年では余剰資金を活用して、自社株買いを実施する企業が多く見られる。自社株買いには株価上昇などのメリットがあるものの、必ずしも期待通りの効果が表れるわけではない。ここでは自社株買いの主な目的やリスク、注意点などを事例とともに解説していく。
目次
そもそも自社株買いとは?株価が変動する仕組み
自社株買いとは、企業がすでに発行した株式を買い戻すことである。
一般的に、株式は「資金調達のために発行するもの」と認識されているため、わざわざ自己資金で買い戻すことは無駄に思えるかもしれない。しかし、実際には資本効率を向上させる効果があることから、近年では多くの国内企業が自社株買いを実施している。
株価が変動する仕組み
自社株買いを実施すると、既存株主や従業員、自社の財務状態などの多方面に影響を及ぼす。
その中でも特に押さえておきたいものが、「株価の変動」だ。
自社株買いは会社の自己資金を使って実施されるため、株価が高いタイミングを狙うと大きな損をしてしまう。さらに、自社株買い自体に「株価の引き上げ」という目的があるため、多くの企業は株価が安いタイミングを狙って自社株買いを行っている。
また、以下の指標に変化が生じる点も、自社株買いの株価変動要因として挙げられる。
自社株買いが行われると、その企業の自己資本や発行済株式総数(市場に流通している株式数)は減少するため、上記の指標には次のような変化が生じる。
・PER…分母(EPS)が増えるため、PERは低下する
・ROE…分母(BPS)が減り、かつ分子(EPS)が増えるため、ROEは上昇する
つまり、投資家にとって自社株買いは「割安のサイン(買いのサイン)」になるのだ。ただし、必ずしも株価が上昇する(買い注文が集まる)とは限らないので、実施前には慎重に計画を立てる必要がある。
企業が自社株買いをするメリットと目的
自社株買いは国内でも多く実施されているが、その目的は企業によってさまざまである。実際にはどのような目的で実施されることが多いのか、ここからは自社株買いの主なメリット・目的を解説していこう。
1.株主への利益還元
前述の通り、自社株買いを実施した企業の株価は上昇する傾向がある。つまり、株主が利益を得やすい状況になるため、自社株買いは「株主への利益還元策」としてよく活用されている。
また、株主への利益還元と資本圧縮を両立できる点も、自社株買いの大きなメリットである。事業への投資より効果が大きい場合もあるので、特に余剰資金のある企業は自社株買いを検討することが多い。
2.ストックオプションの獲得
ストックオプションとは、社内の人間があらかじめ決められた価格で自社株を購入できる権利のことだ。市場に流通した自社株を買い戻せば、役員や従業員に対してより多くのストックオプションを付与できるようになる。
例えば、従業員に対してストックオプションを付与しておくと、会社が成長するほど個人にも大きな利益が入るので、社内全体のモチベーションアップにつながる。そのため、従業員への還元や社内の刺激を目的として、自社株買いを実施するケースも見受けられる。
3.敵対的買収の防衛策
自社株買いによって自社株を買い戻せば、自社の持ち株比率を高められる。つまり、外部の者に自社株を買い占められるリスクが下がるので、自社株買いは敵対的買収の防衛策としても機能する。
国内で敵対的買収が起こるケースは稀だが、将来的には本格化すると予測している専門家も存在する。特に最先端技術やイノベーションに携わる企業は、海外から買収される可能性もあるので、できるだけ多くの防衛策を用意しておきたい。
4.事業承継資金の調達手段になる(※中小企業の場合)
ここまでは上場企業を中心に解説してきたが、実は中小企業にも自社株買いのメリットはある。
国内の中小企業は、経営者(オーナー)が自社株の大半を保有しているケースが多い。このような企業で自社株買いを行うと、会社の資金が経営者個人に流れるので、経営者はまとまった資金を調達できる。
そのため、自社株買いは事業承継資金の調達手段としても活用されており、株式の売却益は事業承継時の納税資金として使われている。
自社株買いにはリスクや注意点も潜んでいる
自社株買いはさまざまな場面で活用できるものの、状況次第では深刻なリスクを引き起こしてしまう。そこで以下では、経営者が特に押さえておきたい自社株買いのリスク・注意点をまとめた。
1.資金繰りが悪化しやすい
自社株買いによって会社の資金を使うと、当然ながら資金繰りは悪化しやすくなる。前述のメリットが発生しても、キャッシュ不足に陥れば確実に倒産が近づくため、資金管理には細心の注意を払わなくてはならない。
したがって、自社株買いのリスクを極力抑えたいのであれば、余剰資金があるタイミングを狙うことが鉄則となる。
2.自己資本比率が低下する
自己資本比率が低下する点も、自社株買いでは注意しておきたいデメリットだ。
現代において、自己資本比率は社会的信用を測る指標として活用されている。投資先の判断はもちろん、金融機関が審査の際にチェックすることもあるので、自己資本比率の低下は資金調達面に悪影響を及ぼす。
そのため、自社株買いの際には上限数(※買い付ける株式の上限)を調整し、自己資本比率が極端に下がらないようにするなどの工夫が必要になる。
3.買い付け時のルールが設けられている
自社株買いは株価に大きな影響を及ぼすため、買い付け時のルールが定められている。例えば、上場企業の場合は指値注文の金額やタイミング、1日の買付数量などに制限がかけられている。
また、上場していない中小企業に関しても、「財源規制」と呼ばれるルールがあるため要注意だ。財源規制とは、分配可能額(※利益剰余金とほぼ同額)を超えた自社株買いを禁止する規制のことである。
つまり、余力以上の自社株買いは禁止されているので、買い付け金額や上限数は慎重に検討しなければならない。
自社株の処理方法によっても影響は変わる
自社株買いによって買い戻した株式は、社内に「金庫株」として保管される。この金庫株はなかったものとして扱われるが、保管しておけば自動的に消却されるわけではない。
金庫株には2つの処理方法があるため、それぞれどのような違いがあるのか解説していこう。
自社株の消却
消却とは、買い戻した自社株を社内で消滅させる方法のこと。発行済株式総数を減らすことで1株あたりの価値が上昇するため、消却には既存株主を安心させる効果がある。
つまり、消却は株価上昇の要因になるが、本来であれば株式は資金調達に活用するものだ。自社株を消却するほど会社の資産は減少し、最終的にはバランスシートを圧縮してしまうので、消却する株式数は慎重に判断する必要がある。
自社株の処分
一方で自社株の処分とは、金庫株を再び市場に流通させることを意味する。増資と同じような仕組みなので、自社株をうまく処分すれば多額の資金を調達できるだろう。
ただし、処分をする自社株が多いほど、市場における1株あたりの価値は下落していく。仮に暴落を引き起こせば、既存株主から反感を買う恐れがあるので、処分についても対象となる株式数は慎重に判断しなければならない。
事例から学ぶ自社株買いの効果
リスクを抑えた形で自社株買いを行うには、事前に周りへの影響を予測することが必要だ。具体的にどのような効果が表れやすいのか、国内の有名な事例を通してチェックしていこう。
【事例1】ソフトバンクグループによる自社株買い
通信事業や携帯電話事業などを手がける『ソフトバンクグループ』は、2019年2月に6,000億円を上限とした自社株買いを公表した。目的は明らかにされていないが、2018年12月の株価が公開価格を下回っていたために、自社株買いに踏み切ったと考えられている。
実際に同社の株価は2019年2月から上昇しており、その上昇は同年5月頃まで続いた。また、子会社にあたる『ソフトバンク』なども、同時期に株価を上昇させている。
なお、買い戻した株式に関しては、株価や発行済株式総数を適正化するために「全て消却すること」が明言されていた。この自社株買いによる影響かどうかは不明だが、ソフトバンクグループの株価は2021年に入っても好調な状態が続いている。
【事例2】日本電産による自社株買い
次は、もう少し最近の事例を紹介しよう。大手電機メーカーである『日本電産』は、2021年1月から約1年間の自社株買いを公表している。
この自社株買いは2021年10月現在でも実施されており、同年5月には404,800株の買い付けが実施された。取得株式の上限数は400万株(500億円)なので、この自社株買いは今後も続いていく可能性がある。
しかし、ソフトバンクの例とは違い、日本電産の株価はそれほど上昇していない。2021年2月中旬までは上昇傾向にあったが、それ以降は期待通りに上昇しない状態が続いている。
このように、自社株買いによる株価上昇が一時的になるケースは珍しくない。実際に生じる効果は各企業の状況によって異なるので、周囲に及ぼす影響はしっかりと分析する必要がある。
自社株買いの前には分析が必須
自社株買いはさまざまな目的で実施されるが、その目的を必ずしも達成できるとは限らない。買い付け時にはルールを守る必要もあるので、計画を立てる前に概要や仕組みを十分に理解しておく必要がある。
また、中小企業の自社株買いにもリスクはあるので、特に財務状況や既存株主への影響はしっかりと分析しておこう。