一斗缶の油絵具を使って豪快に色を重ねて制作する、立体的な作品が特徴の現代アーティスト・水戸部七絵さんのインタビュー後編です。後編では、気になる「厚塗り」について、最近インスピレーションを受けた体験などを伺います。前編のインタビューはこちらから。

水戸部七絵
(画像=水戸部七絵)
photographer: yusuke oishi art director: Rak
(画像=photographer: yusuke oishi art director: Rak)

絵を通して自分を知り、見つめる

――2020年、愛知県美術館に《I am a yellow》が収蔵されましたね。作品のステートメントにある「私自身は、中学生になって制服のスカートを穿いた時に、自分が女性であることを強く意識するようになり、毎日鏡を見、化粧をし、外面の美醜にこだわるようになった」という部分が気になりました。

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(画像=《I am a yellow》(2019年))

2014年のアメリカ滞在をきっかけに、抽象度の高い顔の「DEPTH」シリーズを制作しました。それまでは著名なポップスターや女優さんなどを描いていたのですが、もう少し抽象性が高い絵画を描こうとしたときに、無意識に使ってしまう色や形、線だけで絵を描いてみようと思ったんです。

そうすると枚数が溜まってきた時に、なぜか顔の周りの髪の毛っぽいタッチの部分を「黄色」で描いていることに気付きました。無意識に黄色い絵の具で髪の毛を描いてしまうって、自分はよっぽど金髪が好きなんじゃないかって。自分に対してのコンプレックスと理想の狭間で、色々矛盾が生じながら描いていました。それをさらに具体的にして、エリザベス女王というイギリスのモチーフを使ったのが、今回展示したもうひとつの作品です。

《Queen in blue》(2021年)
(画像=《Queen in blue》(2021年))

――自然と金髪を描いていたことに気付いたのですね。それは絵を通して「今の自分」を知るような感じでしょうか?

そうですね。人種的な問題を作品で扱うことがあるのですが、ひとつの色を混ぜて作って塗るだけでも、自分がどういう形で肌の色を意識しているのかを再認識するというか。黒い肌、黄色い肌、白い肌とか、意味的な色を超えて、純粋な色だけで絵を描き上げられたら凄く理想です。

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(画像=《I am a yellow》(2019年))

厚塗りは、ただそうなってしまっただけ

――その都度、表現したいものは変わっていくと思いますが、水戸部さんの制作テーマは何ですか?

それは「顔」ですね。当初は自身のコンプレックスがきっかけで描き始めましたが、次第に自分個人だけの問題ではなくて、外見というのは歴史的観点からしても世界各国で紛争や差別、さまざまな問題に関わることでした。作家活動を始めて10年位経って、色んな価値観の認識って時代毎にずれていきますが、一貫して顔を描くひとつの軸の中で、実験的に取り組んでいます。

――それは例えば、どんな実験でしょうか?

風景や背景、動物、文字を描いてみることです。アート作品って新鮮なものじゃないと、どんどん死んでいくというか。フレッシュじゃなくなっていくことって、自分はあんまり作品として良くないと思っています。今の時代がどうなっているかとか、これからどうなっていくかを何かしら予見しながら、常に自分が何かを感じたら直観的に描くようにしています。

――どんな時にその直感を感じますか?

最近では、雑誌の『TIME』とか世界各国のニュースを見ながら「こんなことあるんだ」とか、信じられないニュースを見たりした時にハッとしますね。

――そのハッとしたことを「顔」に表現するとなると、出来上がるまでに物凄い思考を巡らせることになると思います。

5年とか何年もかかる作品に関しては、その中で移り変わることはよくあります。「こうだ!」って思った時に一気に仕上げることもあるので、描き始めた当時の価値観、仕上げた時、あるいは中間の感じ方は全然違っていると思います。

――考えて、考えて、色んなプロセスを経て制作されているけど、私たちは出来上がったものしか見ることが出来ないのですね。

結果的にはそうなりますね。皆さん「厚塗り」とか「分厚い」って仰いますが、それは自分的には結果論でしかなくて、薄く終わるものもあるし、途中の層を自分は見ているから、厚塗りだって認識がそんなに無いんです。厚塗りしようと思ってしている訳ではなくて“そうなってしまった”、みたいなところで作品が完成している感じです。

《Queen in blue》(2021年)撮影:千葉ナツミ
(画像=《Queen in blue》(2021年)撮影:千葉ナツミ)

自分が芸術をやる理由とは

――コロナ禍を経て、考え方が変わったことなどはありますか?

ここ1、2年の話なので上手く言葉にできるかどうかというところではあります。ひとつ挙げるなら、トランプさんがコロナ禍の時に大統領だったので株を買ったんです。彼の肖像画を描いていますし、リサーチの意味でチャレンジしてみました。そうすると引き籠っているけど、円とかドルの流れが色んな意味でリンクして、世界が繋がっているような、開けた感覚になりました。

《Donald Trump》(2020年)
(画像=《Donald Trump》(2020年))

――トランプ大統領を描くからには理解したい、という気持ちから株を買ったのですか?

そうです。経済とか不動産の知識がないとトランプさんのこと分かってあげられないなと思ったからです。自分が何で芸術をやっているかって言うと、「表面の美しさ」とかそういうものだけじゃなくて、内容や本質的なものとかも分かって欲しいからやっています。

トランプさんに限らず、成功したり挫折したりと、人生に凄く波があるような人が私は面白いと思うんです。マイケル・ジャクソンなら顔が崩れるのも、なお美しいというか。絶頂期ってあると思うのですが、たとえ崩れても、その人の美しさみたいなものを感じるとグッときますよね。

《Michael Jackson》(2019年)source
(画像=《Michael Jackson》(2019年)source)

――水戸部さんの絵に何か鬼気迫るものを感じるのは、表面的でなく奥深い「本質」が滲み出ているからなのかなと思いました。最後に今後のアーティストとしての目標を教えて下さい。

小学生の頃に衣食住だけで人生を全うするなんて勿体無い、人間よりも生き残る絵画の「永続的な普遍性」こそが、芸術的な価値だと当時思ったんです。誰にも持たれず、知られず、ただ絵を描いているだけだと、単純に自分自身に価値がないって私は思うので、美術館にコレクションされて自分の作品を残したいです。去年、愛知県美術館に作品がコレクションされた時は「死のうかな」って悩みました(笑)

――!!アーティストの方にとっては、それだけ大きな事だと思います。もしかしたら、どこかの10歳の子が水戸部さんの絵を見て画家を目指すかもしれませんよね。

元々は絵本作家を目指していたので、子供が見てくれるのは嬉しいです。だからこそ、そういった場所に作品があるのは重要ですよね。これからは国内外の美術館にコレクションしてもらうことを新たな目標として掲げたいです。

photographer: yusuke oishi art director: Rak
(画像=photographer: yusuke oishi art director: Rak)

表面的なことではなく本質を捉え、考え抜き、そして絵画として表現するエネルギーを携えて画家として生きる水戸部さん。独特で圧倒的な世界観はこれからも見る人を魅了してやまないはず。この先、どんな「顔」を私達に見せてくれるのでしょうか。今後の制作活動から目が離せません。

水戸部さんの作品はANDARTが運営するオンラインストア「YOUANDART」で販売中です。ぜひご覧下さい。

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取材・文:千葉ナツミ