まるで立体作品かのように油絵具で厚く塗られた肖像画。一般的な、いわゆる分かりやすい写真のような肖像画とは違って、顔の造形は油絵具で衝動的に造られたかのような力強さと、ちょっとした怖さみたいなものを孕んでいる。唯一無二の圧倒的な世界観で注目を集めている現代アーティストの水戸部七絵さん。
一体どのようなきっかけでアーティストを目指し、どんなアーティストに影響されてきたのでしょうか。10月30日・31日で開催されたANDARTオーナー向け鑑賞イベント「WEANDART」の中で、若手アーティストの作品展「KIBI」にご参加頂き、お話を伺いました。
【PROFILE】
現在、千葉のアトリエを拠点に作家活動を行っている。2011年名古屋造形大学にて、画家 長谷川繁に師事する。2021年から東京藝術大学大学院美術研究科絵画専攻油画 (油画第一研究室) 在籍、画家 小林正人に師事する。以前から描く対象として象徴的な人物の存在を描いたが、2014年のアメリカでの滞在制作をきっかけに「DEPTH」シリーズを発表。2016年の愛知県美術館での個展を開催し、2020年に愛知県美術館に「I am a yellow」が収蔵される。近年は、寺田倉庫に新設されたコレクターズミュージアム「WHAT」に高橋コレクションから出展、2021年「VOCA展2021」で鎮西芳美氏(東京都現代美術館)に推薦され、VOCA 奨励賞を受賞した。2022年には、オペラシティProject Nでの個展を開催予定である。(水戸部七絵公式HP)
ゴッホの絵を見て決めた画家の道
――元々、水戸部さんは絵本作家を目指していらしたのですよね。
そうですね。小学2年生位の時に、平塚の美術館で絵本作家のレオ・レオニの展示を見て、絵画や彫刻など、絵本以外の仕事を生で拝見しました。その時はまだ油絵というものを認識していなかったのですが、小学校5、6年生の頃に上野美術館で見たゴッホの《ひまわり》を見て「あぁ、これだ」って思ったんです。
元々絵は描きたかったのですが、絵本のように文章を書いたり、ストーリーを考えたりというものではなく、単純に「絵だけの力」でやっていく仕事に就きたいなと思って、10歳位の時に画家になることを決めました。
――10歳の時点で既に先見の明があったというか、クリアな思考をされていたことが凄いです。
将来は美術か音楽かスポーツという選択肢に絞っていたんです。でも、音楽は楽譜通りに弾かないといけないとか、スポーツも寿命やピークが短いので、長く出来る仕事というと美術が一番適しているんじゃないかって当時思っていました。
――ゴッホも厚塗りするタイプの画家でしたが、水戸部さんが厚塗りするのもその影響があるのでしょうか?
初めて油絵を描いたのは美術予備校に通っていた高校生の時です。もう既にその時から厚塗りでしたね。印象派から新表現主義の作品が自分には合うっていう感覚は当時からあったので、その影響は絶対的にあると思います。
――ゴッホの他に影響されたアーティストはいますか?
例えば、キャンバスにお皿をくっつけて、その上から絵の具でペインティングをするアメリカのジュリアン・シュナーベルや巨大な絵を逆さまにして展示をするドイツのゲオルグ・バゼリッツとか、資本主義的なものに反発していたりアンチテーゼを投げかけたり、少し荒々しい感じに見えるような方に影響を受けていると思います。
ただ純粋に「絵が楽しい」から、アートを客観的に楽しめる
――水戸部さんも以前開催した個展「Rock is Dead」では、「Art is Dead」という言葉と重ねて、肥大化するアートマーケットや資本主義に対してアンチテーゼを唱えていましたよね。今回若手アーティストの作品展「KIBI」には、デヴィット・ボウイを描いた作品を展示して頂いています。
ロックスター達って本当は売れるために音楽をやっているわけではないかもしれないけど、CDで量産されたり商業化されたり、ラジオの発展のおかげもあって売れてしまって、まるで「商品」のように消費されてきました。そのことに対して「Art is Dead(アートが死んだ)」と「Rock is Dead(ロックが死んだ)」っていうふたつの言葉がすごくリンクして、比喩的にテーマとして使いました。
アート作品も特にコマーシャル的な販売場所だと、コレクターの方の中には株のような投機目的の方もいらっしゃると思います。それはアートの醍醐味でもありますし、ひとつの特徴でもあると思います。でも、私はそこに対しての感覚が元々ないから、アートの持つ一面を客観的に見ていて面白さも感じます。
――アーティストの中には、投機目的でアートを捉えられることに対して嫌悪感を抱く方もいらっしゃると思います。でも水戸部さんは、その一面を面白いと思えるのは何故でしょうか?
作家としてマーケットに対して危機感もありますが、日本ではマーケットとアカデミックの対立構造が強く存在していると感じています。今作は、あえてテーマ性をそういったことに近づけることで、また違った反応やコミュニケーションが生まれることを狙いました。ANDARTさんのイベントでは、特に普段お会いできないような資産家の方もいらっしゃいますし、その様な方々が作品に対してどんな感想を抱くのか?自分は単純に「絵が楽しい」とか、「色が美しい」とか、そういった感覚で絵を楽しんでいるタイプなので、アートに対する捉え方や扱い方の違いが逆に興味深く思っています。
10歳の時に決めた画家になるという夢へと突き進み、純粋に絵を描くことを楽しんでいる水戸部さん。アートに対する様々な価値観も受容できる感覚の広さをお持ちのようです。後編では「厚塗り」になる理由や最近のインスピレーションなどについて語って頂きます。
水戸部さんの作品は、ANDARTが運営するオンラインストア「YOUANDART」でも販売中です。是非ご覧下さい。
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取材・文:千葉ナツミ