作品を発表する度に話題を呼ぶ、イギリスのストリートアーティスト・バンクシー(Banksy)。中でも一番有名で、代表作品の一つとされているのが《Girl with Balloon》(「風船と少女」とも呼ばれる)である。壁画の登場からあのシュレッダー事件まで、改めて現代アート界の重要作品が辿ったこれまでを振り返る。

バンクシーとは?
バンクシーはイギリス・ブリストル出身の匿名ストリートアーティスト。ロンドンを中心に世界中で作品を発表し、神出鬼没に活動をしている。ステンシルアートという型紙のくり抜いた部分にスプレーなどを吹きかける技法で制作するグラフィティを街中の壁や橋など公共の場をキャンバスに残していく。無許可の落書き且つ犯罪行為でもありながら、反戦や難民問題、反資本主義や反消費主義など政治的なメッセージを含んだ作品は世界中から支持を得ている。

屈指の代表作《Girl with Balloon》

オリジナルが登場したのはいつ?
現在ではバンクシーの壁画は保護される傾向を強めているが、バンクシーのストリートアートはキャリア初期では撤去されることが多かった。2002年、ロンドン市内に《Girl with Balloon》の壁画が初出した時も同様に、すぐに上書きされた。

そして2004年、テムズ川付近に再び壁画が出現。その隣の「There is always hope(いつだって希望はある)」というフレーズは、第三者によって書き足されたとされている。この壁画ももう残っていないが、ここから場所とデザインを少しずつ変えながら世界各地に《Girl with Balloon》が出現していく。

《Girl with Balloon》
(画像=《Girl with Balloon》)

画像引用:https://theartofbanksy.jp/

世界各地の《Girl with Balloon》

・パレスチナ

《Girl with Balloon》
(画像=《Girl with Balloon》)

画像引用:https://www.pinterest.jp/

2005年にパレスチナを訪れたバンクシーは、イスラエルとパレスチナ自治区を分断する分離壁に身体を張って、新たな《Girl with Balloon》を制作した。風船に掴まる少女が壁を飛び越えていく様子で、パレスチナ人へのサポートの意を表明している。パレスチナ・バージョンとして「Flying Balloon Girl」や「Balloon Debate」と呼ばれることもある。

・シリア

《Girl with Balloon》
(画像=《Girl with Balloon》)

画像引用:https://globalnews.ca/

2014年には、シリア内戦に反対するキャンペーン「#withSyria」のために、少女をシリア難民に描き直したバージョンを制作。これをきっかけにSNS上では、赤い風船を手に持った写真をアップすることでシリア難民を支援する運動が活発化し、Youtube動画も公開されている。活動には、クリスティアーノ・ロナウド選手やジャスティン・ビーバー、ビル・ゲイツの妻のメリンダ・ゲイツらも参加した。

《Girl with Balloon》はなぜ人気なのか?

バンクシーの作品には政治的なメッセージ性が込められているため、シニカルで視覚的な表現が生々しい作品も多数存在する。しかし、《Girl with Balloon》は赤のハート型の風船に手を伸ばす少女という明るくポップなモチーフが親しみやすさを覚えさせる点に加え、長い時間をかけながらパレスチナやシリアなどで戦争に対する反対表明、難民に対して寄り添う気持ちを発信してきた。

そうして《Girl with Balloon》は、平和や希望を願う象徴のアート作品として確立されると同時に人気も集めることになり、実際に2017年には「イギリス人が好きな芸術作品」ランキングで1位になるほどである。

《Girl with Balloon》
(画像=《Girl with Balloon》)

画像引用:https://www.myartbroker.com/

ゲリラ的なパフォーマンスや風刺的な表現で議論を呼ぶことも多々あるバンクシーだが、アーティストとして一貫性の強い活動と発信するメッセージと共に、作品が歩んだ経緯が人々の共感する心に刺さったのだ。

アート史に残るシュレッダー裁断騒動

《Girl with Balloon》が代表作と言われる所以には、「シュレッダー事件」は欠かせない出来事だ。これは2018年10月5日、イギリスのオークションハウス・サザビーズで額装された《Girl with Balloon》が競売にかけられた時のこと。作品が104万2,000ポンド(約1.5億円)で落札された直後、額縁の内部に仕掛けられたシュレッダーが作動し、作品の半分を細断してしまったのだ。

《Girl with Balloon》
(画像=《Girl with Balloon》)

画像引用:https://www.sothebys.com/

当初、サザビーズとバンクシーが共謀したのではないかとの声もあったが、バンクシー本人が自身による仕掛けだとインスタグラムに投稿。そしてパブロ・ピカソの「いかなる創造活動も、はじめは破壊活動だ」という名言を引用し、作品を通してオークションビジネスへの批判を表していたようだ。

落札後、バンクシーは《Girl with Balloon》を《Love is in the Bin(愛はごみ箱の中に)》とタイトルを改名。アート史上初、オークションの最中に制作された作品として世界中でニュースとなり、アートに関心のない層まで「バンクシー」の名が広く知れ渡ることになった。

バンクシーの公式Instagramより

この騒動が起きてからバンクシーは自身の市場価値をさらに上げることとなる。《Girl with Balloon》のプリント作品はオークションでは必ず争奪戦が起こり、バンクシーのオークションでの落札価格は上昇を続けている。そして2021年10月14日、サザビーズにて《Love is in the Bin》が再び出品。前回の落札額の18倍近い、バンクシー作品としては過去最高額の1,858万ポンド(約28.9億円)で落札されてアート界の盛り上がりを呼んだばかりだ。

オークション
(画像=オークション)

画像引用:https://www.sothebys.com/

バンクシーの人気作品

まだまだ《Girl with Balloon》以外にも、さまざまな作品を発表しているバンクシー。他の人気作品や話題を呼んだ作品をピックアップして、バンクシーの活動を少し振り返ってみよう。

《Barely Legal(かろうじて合法)》

《Barely Legal(かろうじて合法)》
(画像=《Barely Legal(かろうじて合法)》)

画像引用:https://www.banksy.co.uk/

2006年、ロサンゼルスの倉庫を会場にして開催された、バンクシー初のアメリカでの大規模個展「Barely Legal」。ここで展示されたのが、「Tai」という本物のインド象。この展示には激しい非難を浴びたが、事前に動物愛護団体に利用許可をとっていたことからトラブルは回避した。この作品に込められているのは、「Elephant in the room(部屋の中にいる象)」で「その場にいるみんなが認識しているが、あえて触れずにいる話題」を意味する英語の慣用句。言葉を使わずに大胆にそのまま像を使って問いかけるところに、バンクシーらしさを感じる。

《ディズマランド》

《ディズマランド》
(画像=《ディズマランド》)

画像引用:https://ja.wikipedia.org/

イギリスのウェストン=スーパー=メアで、2015年8月22日から9月27日まで5週間の期間限定で開催されたバンクシープロデュースの「悪夢のテーマパーク」。某有名テーマパークを大々的に揶揄した内容で、資本主義や大量消費社会を風刺している。入場料は当日3ポンド、5歳以下は無料と格安に設定したのにも関わらず、来場者数は15万人を記録し、約35億円の経済効果をもたらした。

《The Walled-Off Hotel(世界一眺めの悪いホテル)》

《The Walled-Off Hotel(世界一眺めの悪いホテル)》
(画像=《The Walled-Off Hotel(世界一眺めの悪いホテル)》)

画像引用:https://jp.reuters.com/

2017年に開業した《The Walled-Off Hotel》はパレスチナのベツレヘムを囲む分離壁に面して建っているホテルである。バンクシー自ら分離壁にグラフィティを施し、どの部屋からも分離壁とイスラエル軍の監視塔を見ることができる場所に位置する眺めの悪いホテルを芸術作品へと昇華させた作品。

《Devolved Parliament(退化した議会)》

《Devolved Parliament(退化した議会)》
(画像=《Devolved Parliament(退化した議会)》)

画像引用:https://www.bbc.com/

バンクシーが描いたキャンバスの絵画作品としては、横幅4mにもなる最大級の大きさの作品。英国下院で議論している政治家たちを猿に置き換えて揶揄している。本作は2019年の3月から9月まで、ブリストル美術館で2009年に開催された展覧会「Banksy vs Bristol Museum」から10年を記念して、ブリストル美術館で公開されていた。同年10月には、サザビーズにて約990万ポンド(約13億円)で落札。バンクシーはインスタグラムで「自分で所有していなかったのは残念だ」とコメントした。

日本でバンクシーを鑑賞する

渋谷にあるGMOデジタル・ハチ公「世界一小さな美術館」で現在《Girl with Balloon》が展示中。わずか300円でバンクシーの代表作を楽しめるチャンスなので近くに寄った際は是非足を運んで欲しい。(※音響設備に関する改修工事のため、11月19日(金)~11月30日(火)まで休館中。詳しくは公式HPまで)

「バンクシーって誰?展」が、天王洲の寺田倉庫G1ビルで2021年12月5日まで開催中。展覧会レポートも併せてチェック。

2020年に日本初上陸し、ニューヨークなどの主要都市を巡回して反響を呼んだ「BANKSY展 GENIUS OR VANDAL?(バンクシー展 天才か反逆者か)」展が東京に凱旋し、2021年12月12日〜2022年3月8日で開催予定。

バンクシーをデジタルコレクションする

高額な値段で売買されるバンクシーの作品も、ANDARTなら手軽にデジタルコレクションをすることが可能。一般には手の届かない作品も1万円からオーナー権を購入できる上、オーナー限定の鑑賞イベントなどのオーナーならではなメリットも用意。

現時点で、ANDARTで取り扱っているバンクシーの作品は8作品。どれもバンクシーらしいメッセージが込められた作品なので是非チェックしてみてほしい。

まとめ

バンクシーの代表作《Girl with Balloon》は壁画が出現してから、世界各地でたくさんの人に影響を及ぼしてきた作品である。オークションハウスやセカンダリーのギャラリーでは、どんな場所やどんな人にコレクションされ、渡ってきたかの来歴が落札価格を決める一つの要因にもなるが、作品の「価値」を決めるのは紛れもなく、作品の背景にある「ストーリー」である。昔からいたずら好きのバンクシーが、今度はどんな“仕掛け”で人々を驚かせるか楽しみだ。

ANDARTでは、オークション速報やアートニュースをメルマガでも配信中。無料で最新のアートニュースをキャッチアップできます。この機会にどうぞご登録下さい。

文:ANDART編集部