イスラエルも日本同様、国民皆保険制度を持っており、その保険組合機能はHMO(Health Maintenance Organization) と呼ばれる4つの非営利組織、Clalit、Maccabi、Meuhedet、Leumitが担っています。これらHMOは、日本の健康保険のような保険組合機能だけではなく、傘下に医療機関を運営し、医師・医療スタッフを雇用する立場でもあります。その運営に関わる費用は行政が負担しますが、HMOは法律で定められた基本的な医療サービスを国民に提供することが義務付けられています。国民は各組織が提供するサービスの内容、充実度を見ながら、そのうちどれか一つを選んで加入すれば良いのです。最大規模の組織はClalitで、国民の約半数が加入し、3万人を超える医療スタッフ、14病院、1200クリニックを抱えているそうです。日本では、民間の病院はそれぞれの医療法人が経営する独立した組織ですが、HMO傘下に医療機関が集約されて保険機能と一体化しているイスラエルは、日本とはかなり異なる仕組みにあることがおわかり頂けると思います。
イスラエルのコロナワクチン接種
昨年来イスラエルでも新型コロナウイルスの感染は深刻で、現在3度目の都市封鎖(ロックダウン)という状況にありますが、その一方で、彼らは12月19日に医療従事者や高齢者を主な対象に新型コロナワクチンの接種を始め、1月15日には既に190万人に接種を終えたと報道されました。人口が900万人ですから、一ヶ月の間に国民の20%に一度目のワクチン接種を実施したことになり、この素早い動きが世界から注目を集めています。この迅速な対応を担っているのがHMOなのです。Our World in Dataから、世界各国でのワクチン接種状況のグラフを以下に示します。イスラエルが群を抜いていることがわかります。
国の戦略としてのデジタルヘルス
イスラエルでは、デジタルヘルス(Digital Health)が国の大きな戦略目標の一つとなり、20年以上前からHMOが中心となって医療のデジタル化が進められて来ました。コアとなる病院だけではなく、地域医療を担うクリニックもHMO傘下にあるため、HMOはクリニックでの患者の診療情報・医療記録を全てデジタル化し、地道にそれをデータベース化してきたのです。そして、HIE(National Health Information Exchange)というネットワークインフラが整備され、HMO、病院、軍の全ての医療機関が、このデータを共有出来る仕組みが作られました。その結果、国民はどの医療機関を受診しても、自分の電子カルテ情報を元に一貫性のある治療を受けることが可能になっており、医療の質・量ともに地域差はありません。更に、研究機関もこのインフラにアクセスすることが出来るため、新薬の開発や新しい医療技術の開発にもデータベースが活用されているようです。このデジタルヘルスを推進してきた一人である、元イスラエル保健省のShira Lev-Ami氏の講演を2018年に聞いたことがあるのですが、彼女はその狙いを明確に次の4点である、と説明していました。
・ヘルスケアサービスの量的、質的強化
・地域格差是正
・イノベーション促進
・経済成長のエンジン
つまり、日本では医療は福祉(コスト)と捉えられますが、彼らはそれだけではなく、医療は利益を生み出すイノベーションの素であり、経済成長のエンジンと考えて投資しているのです。
このデジタルヘルスインフラが、今回のワクチン接種にも大変効果を上げているようです。一つは、優先接種対象である高齢者や基礎疾患保有者の把握が容易にできる点が挙げられます。今回、臨時のワクチン接種センターが国中に設けられましたが、それが可能になるのも、このようなインフラがあるがゆえと考えられます。もう一つは、万が一接種後に副作用のような症状が出た場合でも、その情報は速やかに収集、共有することができる点が挙げられます。今回のワクチンのように新たに開発された技術に関しては、このようなフィードバック情報がほぼリアルタイムで集約できるということは、医療機関のみならず開発者側にとっても大変貴重なことではないでしょうか。
2番目に大きなHMOであるMaccabiのサービスを紹介するビデオもあるので、下記ご覧下さい。
HMOの提供する医療サービスのイメージがつかめるかと思います。
このようなHMOというシステム及びデジタルヘルスインフラを構築できたのは、イスラエルが「医療」を「福祉」だけではなく、「危機管理」及び「経済成長エンジン」として、大変戦略的な取り組みを続けてきた結果といえます。「危機管理の一環としての医療」「イノベーションを促進する医療」を日本でもどのように育ててゆくか、イスラエルに学ぶ価値があるのではないでしょうか。