世界中の注目を集める正体不明のストリートアーティスト、バンクシー。自身の作品をシュレッダーにかけるといった前例のない演出や、オークションに登場するたびに高騰する作品価格など、とにかく話題に事欠かない。

バンクシー作品には、すでに有名なイメージが転用されることがある。たとえば《HMV》は、大手レコード会社のロゴにも使われている蓄音機と犬の絵画《His Master’s Voice》をオマージュしたもの。《Very Little Helps》には流通大手企業「TESCO」のスローガン“Every Little Helps”をもじったビニール袋が登場する。

その中に、日本で撮影した写真をモチーフにした作品があるのをご存じだろうか。本記事では日本との結びつきが強い作品《Flag》について解説する。

《Flag》シルバーバージョン
(画像=《Flag》シルバーバージョン)

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クリスマスイベントで発売された《Flag》
バンクシーというと、ステンシル技法を使ったグラフィティが定番だが、《Flag》はクリスマス時期のイベントで販売するために制作されたシルクスクリーン作品。バンクシーが自身の作品を販売していたストア「POW(Pictures on Walls)」は、毎年12月に「Santa’s Ghetto(サンタのゲットー)」というアート作品の販売イベントを開催していた。

「Santa’s Ghetto」の展示風景(2003年)
(画像=「Santa’s Ghetto」の展示風景(2003年))

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2002年から2006年まではロンドン周辺での開催だったが、2007年にはパレスチナのベツレヘムに進出。これまでバンクシーの他、MODE 2やD*Faceといったストリートアーティストを中心に、デイヴィッド・シュリングリー、ジェイミー・ヒューレットなど数々のアーティストが参加してきた。バンクシーも《Love is in the Air》や《Jack and Jill》など、今ではよく知られる代表的なモチーフのものを含め、多くの作品を展示している。

《Flag》が最初に販売されたのは、2006年にロンドンのオックスフォード・ストリートで開催された同イベントの会場。通称「シルバー・フラッグ」と呼ばれ、シルバーの光沢紙に、黒1色のシルクスクリーンで図像が印刷されている。1,000枚が会場限定で販売された。

翌2007年、シルバーの代わりにゴールドの紙に印刷したバージョンが、より小さいサイズで制作された。シルバー、ゴールドともに、フォーマイカ(つやのあるメラミン製素材)に印刷されたものも少数存在する。

日本が舞台! 報道写真「硫黄島の星条旗」とは

ところでこの作品、遠目で見ると反転した日の丸のように見えないだろうか。バンクシー自身がどこまで意図していたかは明らかにされていないが、モチーフとなった写真が撮影されたのは日本の硫黄島である。実は、日本人ならぜひ知っておきたい歴史的場面をモチーフにした作品なのだ。

モチーフとなった「硫黄島の星条旗」は、1945年度のピューリッツァー賞に輝いた報道写真。第二次世界大戦中、アメリカの従軍カメラマン、ジョー・ローゼンタールが撮影したものだ。

ジョー・ローゼンタール「硫黄島の星条旗」(1945年)
(画像=ジョー・ローゼンタール「硫黄島の星条旗」(1945年))

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硫黄島は当時から東京都の一部であり、上陸した米軍に日本軍が必死に抵抗していたが、攻防の末に米軍が制圧。日本軍が拠点としていた摺鉢山の頂上に、アメリカの海兵ら6人が星条旗を立てる様子がカメラに収められている。

写真は新聞に掲載されて瞬く間に拡散され、写っていた6人のうち3人の生存者は、帰国後に英雄として各地で歓迎された。写真は国債のキャンペーンポスターなどにも使用され、今でも太平洋戦争を代表するイメージとして広く知られている。

硫黄島での星条旗掲揚をめぐる物語が、2006年に『父親たちの星条旗』としてクリント・イーストウッド監督で映画化されたことで、写真が再び話題にのぼることになった。

バンクシーと反戦のメッセージ

硫黄島は、太平洋戦争の激戦地のひとつ。バンクシーはなぜ、悲惨な過去を想起させるような場面をモチーフに選んだのだろうか?

まさに、私たちが“戦争”という史実を見せつけられて“悲惨さ”を感じるところこそポイントである。ローゼンダールの写真が大量に出回ったことから分かるように、当時のアメリカにおいて、「硫黄島の星条旗」のイメージは勝利を象徴するポジティブなものだった。

《Flag》ゴールドバージョン
(画像=《Flag》ゴールドバージョン)

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しかし《Flag》に描かれているのは、ぼろぼろの車の上で星条旗を掲げる子どもたち。鑑賞者に与える印象は勝利の熱狂ではなく、むしろ戦争で疲弊した人々のやるせなさである。控えめに輝く画面からは神聖さも感じられ、子どもたちが戦争の悲惨さを訴えているかのようだ。硫黄島を制圧された日本にだけでなく、戦争が勝敗にかかわらず多くの悲しみや苦しみをもたらしたことを、この作品は思い出させてくれる。

他の多くのバンクシー作品と同じように、《Flag》から何を受け取るかは鑑賞者に委ねられているが、バンクシーが繰り返し反戦のメッセージを発してきたことは心に留めておくべきだろう。

《Love is in the Air》(2003年)
(画像=《Love is in the Air》(2003年))

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代表作のひとつ《Love is in the Air》は、ベツレヘムにある建物の壁に描かれた作品で、パレスチナ・イスラエル問題がテーマ。火炎瓶の代わりに花束を手にした青年の絵には、憎しみの連鎖が断ち切られ、世界に平和が訪れることを願う気持ちが込められている。

《Napalm》(2004年)
(画像=《Napalm》(2004年))

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アメリカの資本主義を象徴するキャラクターを描いたこの作品もよく知られている。中央の少女は、1973年度ピューリッツァー賞を受賞した写真から取ったイメージ。ベトナム戦争の最中、米軍の命令でナパーム弾を落とされた村で、逃げ惑う人々を撮影したものだ。バンクシーの強い反戦のメッセージがうかがえる。

今回紹介した《Flag》も、まさに平和への祈りの象徴ともいえる作品で、とりわけ日本人の心には深く響くのではないだろうか。数あるバンクシーの作品の中でも、これほど直接的に日本を扱ったものは珍しいので、ぜひ知っておいていただきたい。

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参考
https://banksyexplained.com/flag-2006-2007/
https://banksyexplained.com/santas-ghetto-2019/

文:ANDART編集部