アートと音楽が交わり、重なりあうところに、何が生まれるのか。現代アートと音楽の関係性を読み解く連載。第3回は、新しい創造的な楽器やサウンドをめぐる作品を集めた展覧会「サウンド&アート展 −見る音楽、聴く形」のレポートをお届けする。
「見る音楽、聴く形」がテーマ
クリエイティブ・アート実行委員会主催の「サウンド&アート展 −見る音楽、聴く形」が、2021年11月6日(土)から2021年11月21日(日)まで、3331 Arts Chiyoda(東京都・末広町)の1Fメインギャラリーで開催されている。「音」と「形」をめぐるユニークな作品の紹介によって、新しいアートの可能性をさぐる本展。
音という目に見えないものに、どのように形が与えられているのだろうか? ANDART編集部は内覧会に参加し、解説を聞きながら出展作品を鑑賞・体験してきた。
内覧会開始に際し、クリエイティブ・アート実行委員会事務局長であり本展プロデューサーを務める伊地知裕子さんから、本展開催の背景についてご説明いただいた。
基になっているのは、ジョン・ペインター(1931-2010)やレイモンド・マリー・シェーファー(1933-2021)ら現代の作曲家による「創造的な音楽づくり」。楽器の新しい奏法を探求するなど、自分たちの創造性とイマジネーションで音楽をつくっていこうという芸術的な活動だ。
その系譜を受け継ぐのが、1993年から続く「クリエイティブ・アート・スクール」。視覚障害者を含む多様な人々とともに、音楽、美術、ダンス、演劇などのワークショップをとおして、創造的な思考を広げるための活動を行っている。
本展ではその延長として、既存の楽器では実現できないことを求めるアーティストたちによる創作楽器、音響彫刻、自動演奏装置などが集められた。
コロナ禍で社会のさまざまなシステムが大きな転換期を迎えているいま、アートはどのように変化していくのだろう? もしかしたら、音楽をつくりだす基盤そのものを変えていこうとする活動の中に、社会そのものを変えていく可能性が内包されているのかもしれない。そのような思いから生まれたのが、この展覧会だ。
見ても聴いても楽しい作品が集結!
本展には、5ヵ国20人(組)のアーティストによる41点の作品が展示されている。本記事では、いくつかの作品ををピックアップして紹介する。
ルイジ・ルッソロ《イントナルモーリ》の再制作と再現
まず注目したいのが、20世紀初頭、未来派の中心人物のひとり、ルイジ・ルッソロが開発した《イントナルモーリ(調律された騒音楽器)》。ハンドルをまわすと箱の中に仕込んだ歯車などが動いて物音が発生するしくみになっており、人工的に雑音をつくりだす世界初のノイズ楽器とされている。
オリジナルの《イントナルモーリ》は戦時中に失われたが、多摩美術大学で教授を務めていた秋山邦晴氏によって復元が進められた。本展には、秋山邦晴監修のもと、多摩美術大学芸術学科により再制作された複製が展示されている。19世紀以前の「音楽」の概念を打ち破った歴史的作品を目の当たりにすることができる貴重な機会だ。
また、《イントルナモーリ》の構造を使って再現したFUJI|||||||||||TAによる作品《イントナルモーリ&”Landrumori 2021″ (Video work)》も合わせて展示されており、映像の中ではあるが、どのような音が出るのか聴くことができる。
フランソワ・バシェ《勝原フォーン》、「アプレ・バシェ」《RSタイプ》
本作はパブリックアートのような巨大な作品。エンジニアの兄とともに音響の研究をしていたフランソワ・バシェは、1970年の大阪万博で鉄鋼館ディレクターを務めた武満徹氏に招かれて来日し、17点の音響彫刻を制作した。
本作《勝原フォーン》はそのうちのひとつで、万博後長い間忘れ去られて廃棄寸前だったが、2017年「東京藝術大学バシェ音響彫刻修復プロジェクト」により修復された。小さいサイズの「アプレ・バシェ」《RSタイプ》は、修復資金を集めるためのクラウドファンディングのリターンとしてつくられたという。
内覧会では、演奏家の永田砂知子さんが実演してみせる場面も。内側に張られた弦に触れることによって、金属特有の甲高い音や、部屋中に反響する深く柔らかい音など、多彩なサウンドが生み出される。
invisi dir《KO-TONE スパイラル木琴》
ギャラリーに入ってすぐの場所に展示されているのが、音楽プロダクションinvisi dirによる《KO-TONE スパイラル木琴》。木工デザイナーや木材加工職人を巻き込み、チームで4年程かけて制作したという。からくり玩具のような外観で、どうやって使うのか早く試してみたくてソワソワしてしまった。
てっぺんから木のボールを転がすと、エドワード・エルガー作曲『威風堂々』のメロディが奏でられる。自動演奏装置ではあるが、電気などは一切使わず自然のエネルギーでのみ動いており、音色も古代からあるようなシンプルなものだ。動きを見ているだけで楽しく、木のぬくもりが感じられる愛らしい作品となっている。
ハンス・ライヒェル《ダクソフォン》
入り口正面の壁には、木製のパーツが整然と並べられており、それだけでアート作品のように美しい。
これらはドイツの音楽家ハンス・ライヒェル(1949-2011)が発明した楽器《ダクソフォン》に使う板状のタング。ひとつ選んで写真左にある楽器の本体に設置し、弓などで刺激することによりさまざまな音色を奏でられる。
ヘッドフォンで演奏した音を聴けるようになっており、使うタングや演奏方法によってあまりに幅広い音が出ることに驚いた。動物の鳴き声のようだったり、激しいロックミュージックのパーカッションのようだったり。ぜひいろいろと試してみたくなる、創造力を刺激される楽器だ。
宇治野宗輝《The District of Plywood City》
木箱にエレキギターやミキサーが取り付けられた大掛かりな装置だが、シリーズの中では最も小さいものだという。2008年に始まった「Plywood City(ベニヤ板の都市)」シリーズは、美術品を世界中に輸送する時に使われる木箱(クレート)をベースに街に見立て、工業製品を組み合わせ、モーターやドリルなどの仕掛けで音が出るようにしたもの。
今回は、コンパクトなサイズの《The District of Plywood City(ベニヤ板の都市特別区)》が、設計図のようなドローイングとともに展示されている。
作者の宇治野宗輝氏がスイッチを入れると、ランプや箱に取り付けた窓のライトが点滅し、電子音がリズミカルに刻まれ、思わず踊り出したくなった。サウンドを聴くだけでなく、作品のパーツがどのように動くのかを見るのも楽しい。
創造的な作品から見えてくる、アートの新しい可能性
本記事で紹介した作品以外にも、クリエイティビティあふれる魅力的な作品がたくさんあった。展示されている作品は貴重なため、普段は手を触れることができないものもあるが、会期中にアーティストによるデモンストレーションや9種類のワークショップ、演奏家や詩人とのコラボレーション・パフォーマンスなどが行われる。
また、体験コーナーも設けられており、「バシェの教育音具」など、見た目にも楽しい作品を実際に試すことができる。
展覧会というと、静かな空間で開催される多少緊張感のあるものと思われがちだが、本展の会場はとてもにぎやかだった。サウンドアートの研究をしている中川克志氏(横浜国立大学大学院都市イノベーション研究院准教授)は、「就学前の娘を連れてきても大丈夫だろうし、素晴らしい音を出したと褒め称えてあげると思う。そういうところから、新しいアートが生まれてくるのではないか」と語る。
「音楽は聴くもの」「展覧会は静かに観るもの」といった固定概念を崩すことで、アートの新しい可能性が拓けてくるかもしれない。自由な発想でアートの領域を超え、自らの感覚を拡張していくことが、不確かな未来に立ち向かうための突破口になるかもしれない。そんなふうに、凝り固まった頭をほぐして刺激を与えてくれる稀有な展覧会だ。
展覧会概要
サウンド&アート展 −見る音楽、聴く形
会期:2021年11月6日(土)~2021年11月21日(日) 12:00-18:00
入場は17:30まで/会期中無休
事前予約制 *会場に余裕がある場合のみ、当日券を発行。
入場料:(前売)一般1,200円/高校・大学生600円/中学生以下300円/未就学児無料
(当日)一般1,500円/高校・大学生900円/中学生以下600円
公式ウェブサイト:https://muse-creative-kyo.com/caec/soundandart/
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文・写真:稲葉 詩音