2021年10月15日から2022年1月16日まで、三菱一号館美術館(東京都・丸の内)で「イスラエル博物館所蔵 印象派・光の系譜 ― モネ、ルノワール、ゴッホ、ゴーガン」展が開催されている。

「イスラエル博物館所蔵 印象派・光の系譜 ― モネ、ルノワール、ゴッホ、ゴーガン」展
(画像=「イスラエル博物館所蔵 印象派・光の系譜 ― モネ、ルノワール、ゴッホ、ゴーガン」展)

多数の初来日作品が集まる、三菱一号館美術館の「イスラエル博物館所蔵 印象派・光の系譜」をレポート。

日本とイスラエルの外交関係樹立70周年を記念して企画された本展。聖地エルサレムのイスラエル博物館は、約50万点にも及ぶ考古学と美術の文化財を有する。その近現代美術コレクションの中から、印象派を中心として厳選された69点が展示される。

本記事では、印象派の「光の系譜」をたどる珠玉の作品群から、注目作品をピックアップして見どころをご紹介する。

そもそも印象派ってどんなアート?

印象派は、19世紀後半のパリで、保守的なアカデミーに対抗して生まれたグループ。当時は重々しい歴史画や宗教画が高く評価されていたが、印象派のメンバーたちは中産階級の風俗や都市の風景など身近なテーマを採用した。また、この頃にアトリエではなく戸外での制作が行われるようになる。

技法としては、絵具をパレットで混色するのではなく、キャンヴァス上に小さな点のように色を並べる筆触分割が特徴。こうすることによって、彩度を落とさず、現実の明るい光や空気感を表現しようとした。

展示作品よりクロード・モネ《ジヴェルニーの娘たち、陽光を浴びて》(1894年)
(画像=展示作品よりクロード・モネ《ジヴェルニーの娘たち、陽光を浴びて》(1894年))

クロード・モネの《印象、日の出》などが出品された展覧会を観た批評家が「印象を描いただけの絵」と評したことから、「印象派」と呼ばれるように。当時としては表現が斬新すぎたため、すぐには高い評価を得られなかったが、ピエール=オーギュスト・ルノワールやカミーユ・ピサロ、続くポスト印象派のポール・セザンヌやフィンセント・ファン・ゴッホなど、今では世界中で名を知られる画家が続出した時代だ。

初来日作品が集結!

印象派は日本でも人気が高く、毎年のように展覧会が開かれているが、なんと本展に出品される69点中59点が初来日。アートファンでもこれまで目にしたことのない作品が多数並ぶ。

しかも三菱一号館美術館の建物は、イギリスの建築家ジョサイア・コンドル設計により1894年に建設された「三菱一号館」を復元したもの。19世紀後半、展示作品と同じ時代に流行した様式の洋館で、当時の社会に想いを馳せながら鑑賞できる。

レンガ造りの建物にも注目。屋根の構造が見える部分も。
(画像=レンガ造りの建物にも注目。屋根の構造が見える部分も。)

特別展示「睡蓮:水の風景連作」

まず見逃せないのが、モネの代名詞ともいえる睡蓮を描いた作品の特別展示。まだモネが存命だった1909年、パリのデュラン=リュエル画廊で開催された「睡蓮:水の風景連作」展に出品された48点の連作のうち、国内で所蔵している3点が展示される。(うち1点は11月30日からの展示)

特別展示室。左は和泉市久保惣記念美術館蔵、右はDIC川村記念美術館蔵の《睡蓮》(ともに1907年)
(画像=特別展示室。左は和泉市久保惣記念美術館蔵、右はDIC川村記念美術館蔵の《睡蓮》(ともに1907年))

第1章に展示されているイスラエル博物館所蔵《睡蓮の池》も、前述の48点のひとつ。上の写真の2点と合わせて鑑賞して比べてみよう。どれも同じ構図だが、水面に映り込む空の色合いが微妙に異なるので、制作された時の天気や時間の変化を感じることができる。

第1章 水の風景と反映

第1章の展示風景
(画像=第1章の展示風景)

本展は4章構成になっている。第1章「水の風景と反映」では、移り変わる自然の描写に注目。以前の絵画は、物体の形を正確に写し取ることが重視されていたが、印象派は時間帯や天候によって刻々と変化する現実をとらえようとした。ぜひ水や空のゆらめくような動きを感じてみてほしい。

左:ウジェーヌ・ブーダン《岸辺のボート》(制作年不明) 右:ウジェーヌ・ブーダン《潮、海辺の日没》(制作年不明)
(画像=左:ウジェーヌ・ブーダン《岸辺のボート》(制作年不明) 右:ウジェーヌ・ブーダン《潮、海辺の日没》(制作年不明))

ウジェーヌ・ブーダンは「空の王者」とも呼ばれ、移ろう大気の表現に長けた画家。モネが戸外で絵を描くようになったのは、ブーダンの影響だと言われている。港町ノルマンディーの水夫の家に生まれたブーダンは、海辺の風景画を多く残した。その場の雰囲気が伝わってくるような空と水の描写は必見だ。

第2章 自然と人のいる風景

印象派に先立って、森のあるバルビゾン村に集まった画家たちが、自然そのものをテーマに制作していた。続く印象派もそれに倣って戸外制作を行い、都市から離れた農村部の風景や農民の労働などを描いている。ここでは、自然や働く人々をありのままに表現するために、それぞれの画家たちがどのような工夫をしているのか考えながら鑑賞したい。

フィンセント・ファン・ゴッホ《プロヴァンスの収穫期》(1888年)
(画像=フィンセント・ファン・ゴッホ《プロヴァンスの収穫期》(1888年))

日本でも大人気のファン・ゴッホの初来日作品も要チェック。ファン・ゴッホは1881年から1890年の間だけでも900点近くの油彩画を描いたとされる。その中には苦難が表れた作品もあれば喜びに満ちあふれた作品もあり、画風にもいくつかの変化があった。本作は、35歳で移り住んだアルルの村で、収穫というモチーフをさまざまな角度でとらえた作品のひとつ。並んで展示されている《麦畑とポピー》とともに、比較的明るい雰囲気の作品で、ファン・ゴッホならではの勢いのある厚塗りも健在だ。

第3章 都市の情景

印象派が活躍した19世紀世紀後半は、人々の生活が急速に近代化した時代でもある。ガラスや鉄など新しい素材でつくられた駅舎やアーケードなどが登場し、技術革新によって世界が変わっていく様子を、印象派の画家たちはキャンバス上に留めようとした。第2章とはひと味違う、当時の都市部の様子を楽しめる。

左:レッサー:ユリィ《冬のベルリン》(1920年代半ば)、右:レッサー・ユリィ《夜のポツダム広場》(1920年代半ば)
(画像=左:レッサー:ユリィ《冬のベルリン》(1920年代半ば)、右:レッサー・ユリィ《夜のポツダム広場》(1920年代半ば))

本展でにわかに注目を集めているのが、レッサー・ユリィという画家。ドイツで活躍したユダヤ人で、新しい造形芸術を目指したミュンヘン分離派にも参加している。日本ではあまり知られておらず、今回作品を初めて目にして心打たれた人が多いようだ。実際、落ち着いた画面にアクセントとなるカラーが印象的で、第1章に展示されている《風景》という作品を目にした時は目を奪われた。展覧会初日にポストカードが売り切れ、Twitterで話題に。

第4章 人物と静物

風俗画や静物画は、当時権力を持っていたアカデミーの基準では低く位置づけられてきた。しかし、印象派やポスト印象派の画家たちは、中産階級の人々の何気ない日常を描いている。彼らの関心は、ドラマチックな事件よりも、当たり前のように存在する身近なものにあった。

ピエール=オーギュスト・ルノワール《レストランゲの肖像》(1878年)
(画像=ピエール=オーギュスト・ルノワール《レストランゲの肖像》(1878年))

温かみのある色づかいの人物像で知られるルノワール。生計を立てるために富裕層の肖像画を多く描いたが、同時に親しい友人の肖像画も制作した。ここに描かれているウジェーヌ=ピエール・レストランゲは、ルノワールの結婚の証人のひとりでもある親密な人物。伝統的な技法を大幅に逸脱した自由なタッチで、顔以外はほとんど溶け出しているように見える。本作のようにプライベートで描かれた作品からは、ルノワール自身が純粋に追求した表現を見ることができる。

ポール・ゴーガン《静物》(1899年)
(画像=ポール・ゴーガン《静物》(1899年))

退屈と思われがちな静物画にも、改めて向き合ってみてほしい。晩年には楽園を求めてタヒチに移り住んだゴーガンは、一時期ファン・ゴッホと共同生活をしたこともあるポスト印象派の画家。静物画にはポール・セザンヌの影響が感じられるものの、表現はより写実的で立体的だ。ティーポットに反射した窓や、模様か本物かわからない背景の植物など、細かいところに着目してみると新たな発見があるかもしれない。

印象派の新たな一面を知る展覧会

これだけ多くの印象派展が開催されていながら、まだ知られざる名品があったことに驚かされる。企画展に行くと、目玉となる有名な作品以外は流し見してしまいがちだが、聞いたことのない画家の作品や、有名画家の小品もじっくり観てみることをお勧めする。なにしろ59点もの日本初出展作品がそろっているので、印象派の新たな魅力を垣間見ることができるに違いない。

イスラエル博物館にとっても、近現代美術のコレクションがまとめて貸し出されたことはほぼ初めてとのこと。もしかしたら、今回を逃すと二度とお目にかかれない作品もあるかもしれない。この貴重な機会に、ぜひ足を運んでいただきたい。

特設ショップでは展覧会オリジナルグッズの販売も
(画像=特設ショップでは展覧会オリジナルグッズの販売も)

展覧会情報

イスラエル博物館所蔵 印象派・光の系譜―モネ、ルノワール、ゴッホ、ゴーガン

公式サイト:https://mimt.jp/israel/
会期:2021年10月15日〜2022年1月16日
会場:三菱一号館美術館
住所:東京都千代田区丸の内2-6-2
電話番号:050-5541-8600
開館時間:10:00〜18:00(祝日を除く金、会期最終週平日、第2水〜21:00) ※入館は閉館の30分前まで
休館日:月、12月31日、2022年1月1日 ※ただし、10月25日、11月29日、12月27日、1月3日、10日は開館
料金:一般 1900円 / 大学・高校生 1000円 / 中学生以下無料

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文:稲葉 詩音