マレーシアの現代アーティストによるアイデンティティの模索
東京都・六本木の「小山登美夫ギャラリー」では、2021年10月22日~11月20日の会期で、東南アジアの重要な現代アーティストの1人シュシ・スライマンの個展「赤道の伝承」が開催されている。本記事では、実際に訪問した際の様子と、本展の見どころを紹介する。
シュシ・スライマンとは
シュシ・スライマンは1973年マレーシア生まれ。現在、東南アジア出身の重要な現代アーティストのひとりと注目されています。マレー系と中国系の血を引く彼女は、 東南アジアの歴史、祖国マレーシアの文化や自身の記憶、アイデンティティを作品の大きなテーマとしてきました。時にその土地特有の樹木や土、水などの自然物を使用し、ドローイング、コラージュ、インスタレーション、パフォーマンス等幅広いアプローチで作品制作する神秘的な世界観は、人間と自然、アートとの分ちがたい複雑な関係性を私達に提示します。
1996年マラ技術大学において美術学士号を取得した後、マレーシア国立美術館の権威ある賞-Young Contemporaries Awardを受賞。マレーシア国内に留まらず、国際的な展覧会や研修プログラムにも参加しています。
ギャラリーに入ってまず目に飛び込んでくるのは、壁一面にずらりと並んだ黒い壺。マレーシアの伝統技法でつくられた水壺「Labu Sayong(ラブー・サヨン)」が100個展示されている。250年以上の歴史を持つ「Labu Sayong」は、瞑想的な手法により粘土から手びねりでつくられるが、現在は電気釜による大量生産がメインになっており、伝統的な技法で制作できるのは老齢の女性陶芸家マク・ナーただひとりだという。2019年から「アートの保全」をテーマとしているシュシは、マレーシアのアーティストユニット「MAIX」のメンバーとともに「Labu Sayong」の伝統を守る支援を行っている。
古くからの伝統的な土器だが、こうしてギャラリーに並べられると、とても現代的に見える。もともとは畑仕事などの合間にのどをうるおすための水容器だったが、現代では花瓶や装飾品として使われているという。手びねりのため、よく観察すると少しずつ形や色味が異なっているので、お気に入りの1作を探すのも楽しい。
最初のスペースでは、アートの保全という「パブリックな創作活動」が紹介されていたのに対し、ギャラリーの奥のスペースでは、赤道にまつわる「作家自身の創作」がインスタレーションとして展示されている。
オブジェが並んだインスタレーションが、本展のタイトルともなっている《赤道の伝承》。小さめのペインティングや伝統工芸のような立体が貼り付けられており、それぞれが何か分からない状態でも、背景に長い歴史があることが感じられた。
この作品については、シュシ自身が「古代と現代の赤道のレガシーが反映された、彼女自身の『神話』」と述べており、シュシのルーツを持つ東南アジアの伝統に関わるもので構成されている。使われている素材は、放棄された木材、ゴムの樹液、古代より東南アジアでの重要な植物であるタピオカなど、その土地由来のものだ。写真右上にある11個のバスケットには、東南アジア各国の旧名が書かれている。
リズミカルに配置されたペインティングやオブジェから、人々の手によって古代から現代に受け継がれてきたエネルギーの流れが伝わってくる。まさに「赤道の伝承」という本展のタイトルにふさわしい、有機的で神秘的な物語の一片を垣間見ることができた。
片面の壁一面には、マレーシアの国旗を使った作品《善かれ悪しかれ(失われたムアール大陸)》が展示されており圧巻だ。本作のタイトルにあるムアールは、シュシの生まれ故郷。イギリスからの独立を祝うマレーシアの2つの祝日、8月31日から9月16日の間に、シュシ自身が各家庭をまわり、新しい旗と交換でもらった旗(マレーシアとムアールのもの)を貼り合わせたのだという。旗を交換するということについて、シュシは「それは尊敬を表す行為であり、私は政治的な言及をせずに愛国的なことをしたかったのだ」と語っている。コロナ禍で物理的な接触が少なくなっている今、交換という行為自体にも重みを感じた。
複雑な文化的背景を持つマレーシアという国に生まれ、さらに中国人の血も引くシュシは、自身や祖国のアイデンディディを探求してきた。パンデミックで社会の在り方が見直され、自分自身と向き合ったり、人とのつながりを見直したりする機会が多い今だからこそ、シュシの作品を観ているとより深く考えさせられる。ぜひひとつひとつとじっくり向き合い、自分と他人や社会など、さまざまな関係性を形づくるものについて思いを巡らせてみてほしい。
展覧会概要
シュシ・スライマン「赤道の伝承」
会期:2021年10月20日~11月20日
火曜日〜土曜日 11:00-19:00 日・月・祝休廊
ART WEEK TOKYO開催期間中の開廊時間は下記の通りです。
11月4日〜6日 10:00-19:00、11月7日 10:00-18:00
会場:小山登美夫ギャラリー(東京都港区六本木6-5-24 complex665ビル2F)
展覧会HPはこちら
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文・写真:稲葉 詩音