「フィクションとしての考古学(fictional archaeology)」、そして時間をテーマに彫刻やインスタレーション、映像など多彩な作品を制作するアーティストとして知られる、ダニエル・アーシャム。そんな彼の創作意欲は、ここ数年の自宅での隔離生活を経て、また新しいステージに入ったようだ。
過去、現在、未来と様々なタイムラインを自在に行き来する、ダニエル・アーシャムの向かう先とは?
現在行われている展覧会や最新のリリース情報なども交えながら、アーシャムの「今」に迫ってみたい。
創作の原点「ペインティング」に立ち戻った、およそ2年間の生活
おそらく2019年に世界中を襲った、パンデミックの影響からであろう。
それはアーティスト、ダニエル・アーシャムにとっても例外ではなく、ここ2年ほどは自宅(兼アートスタジオ)にこもって制作を続けてきた。その間、アーシャム作品の重要なテーマである「地震」彫刻の制作はできなかったというが、隔離生活を送る中での心境の変化もあったのだろう。活動の原点であった「ペインティング」に立ち返り、シンプルな単色グラデーションの作品制作に専念していたという。
氷の洞窟を架空の世界の風景の中に落とし込んだこれらの絵画作品は、その後、展示用にスケールアップ。ベルリンのケーニッヒ・ギャラリーで開催されていたアーシャムの個展、「DANIEL ARSHAM UNEARTHED」にて展示されていた。(〜2021年10月24日)
画像引用:https://www.koeniggalerie.com
また、この他にも今月ロンドンではフランス人の彫刻家、ポール・ガスクが1911年に制作したブロンズ像《Summer》を再構築した作品を発表した他、同市のリージェンツ・パークでは、これまでのアーシャムの立体の中でも最も野心的ともいえる作品《Unearthed Bronze Eroded Melpomene》(2021年)が公開されている。
ルーヴル美術館が所蔵するローマのミューズの胸像をモチーフに制作されたという本作は、1000年以上の時を超えて、未来に発掘されたかのような印象。まるで結晶化した侵食物が、地面から浮かび上がっているように見える。
画像引用:https://mylifestylemax.com/
なお、《Unearthed Bronze Eroded Melpomene》は、今秋まで中国のUCCA Dune Art Museumで開催されていたアーシャムの展覧会「Sands of Time」でも話題を呼んだことも、記憶に新しい。
タイムレスな魅力をたたえた、ブルーボックスの誕生
これら最新の制作活動に加えて、今秋発表されたティファニーとのコラボコレクション、「ティファニー×アーシャム スタジオ ノット」も見逃せない。
「3021年の未来から届いたブルーボックス」というテーマのもとに届けられたのは、ティファニーのアイコンであるブルーボックスを、アーシャムが再構築したもの。ブロンズに錆加工されたボックスはアンティーク調のクラシカルな雰囲気が漂い、タイムレスな魅力をたたえている。
画像引用:https://prtimes.jp
ティファニーといえば、アンディ・ウォーホル、ジャスパー・ジョーンズ、直近ではバスキアなど、これまでに多くのアーティストたちとコラボレーションを行ってきたことでも知られている。
そうした中で、今回のコラボは「フィクションとしての考古学(fictional archaeology)」という一貫したメッセージが感じられるとともに、アーシャムらしさがよく現れている作品だといえるだろう。
ティファニーブルーが3021年という未来に向かって経年変化した様子が、味わい深い色味によって感じられる、まるでタイムカプセルのような魅惑のボックスだ。
アーシャムにとって時間とは、すべての表現をつなぐ「結び目」
ダニエル・アーシャムにとって「時間」は創作の中心となる普遍的なテーマである。ゆえにあらゆるタイムライン、あらゆるメディアを使った表現と表現のあいだをつなぐ「結び目」としての役割をもっていることは、依然として変わりはない。
しかしモチーフとして選ばれるのは、いつも神話に登場するミューズの彫刻といった古典的なイメージを喚起させるものばかりとは限らない。なぜならアーシャムの視線は過去という時間ばかりでなく、常に「現在」や「未来」にも向けられているからだ。
たとえばアーシャムは、日本のカルチャーに対する造詣が深いことでも知られており、これまでに、ポケモンのキャラクターをモチーフにした作品群をはじめ、NIGO(ストリートウェアブランド「A BATHING APE」の創設者)とのコラボレーションなどを行なってきた。
画像引用:https://www.fashion-press.net
以前インタビューでも語っていたように、それらのポップアイコンはアーシャムにとって「今」という時間を表すものであるとともに、世界をつなぐ共通言語としての意味をもっているのだろう。
ロングアイランドにあるセカンドハウスは、そんなアーシャムのカルチャー熱が詰まった秘密基地。そこにはスニーカーコレクション、車(20世紀後半のほぼすべての年代のポルシェを所有)等々、まさに彼の「コレクションの殿堂」ともいうべき特別な場となっている。
尽きることのない、創作意欲の向かう先にあるもの
過去、現在、未来という普遍的なテーマへの関心や絶え間なく流れる時間へのまなざしもさることながら、アーシャムの創作の原点である絵画や建築をはじめ、映画、ミュージックビデオ、パフォーマンス、セットデザイン、ファッションと多岐にわたって、その時期に最も熱中しているメディアやツール選んで表現しているという点も非常に興味深い。
ルイ・ヴィトンの旅行記のプロジェクトのために訪れたイースター島を訪れた2010年前後から、イーベイで入手したポラロイドカメラや朋友で音楽プロデューサーのファレル・ウィリアムスが幼少期に親しんでいたカシオのキーボードなどの具体的なモチーフをもとに、火山灰や石膏、樹脂などの素材を使った鋳型をつくり始めるようになる。
アーシャムはこの他にもバスケットボールやジャケットなど、日常の中にあるごくありふれたものをモチーフに彫像の制作を行っている。それらは前述のスニーカーや車、アニメキャラクターと同様、その時代を象徴的に映し出すポップアイコンであり、文明によってもたらされた利器という点において、彼にとって重要であることは間違いない。
アーシャムはこれら一連の創作活動を通じて、これら日常の中にあるものを消費社会の産物ーー単なる便利なモノやコトという概念の中に閉じ込めてしまうのではなく、「未来の遺物」と再定義することで、普遍的なモノとしての価値の領域まで高めているのだ。
NFTトレンドの中で、「フィクションとしての考古学」はどこに向かうのか?
アーシャムの時間飛行は、古代の過去から今という時間、さらに未来に向かって自在に移動を繰り返しているが、目下、焦点を当てるべきは「未来」かも知れない。というのも、アーシャムがこれまで作品を通じて探求を続けてきた、変革と衰退というテーマの研究が今、非物理の世界においても進行しているからだ。
昨今のNFTトレンドにおいて、ダニエル・アーシャムの描く世界観もまた、アニメーションによるデジタル彫刻というかたちで日々進化を遂げており、最新のNFTは2094年頃にもピークを迎える予定だという。
古代ギリシア・ローマ時代から続いてきた「彫刻」という表現が、NFTを通じてデジタルの未来に移行された時、そこにはいったいどんな景色が広がっているだろうか。
ダニエル・アーシャムが掲げる「考古学としてのフィクション」は、最新のシステムを通じて、古代から今に流れる時間だけでなく、これから向かう先ーー「未来の時間」をも掘り起こしていくことになりそうだ。
参考:
Welcome to the Snark: the subversive world of Daniel Arsham(Financial Times)
Daniel Arsham – Art from the 31st Century | The Hour Glass(YouTube)
VIEW OF THE EXHIBITION “UNEARTHED BRONZE ERODED MELPOMENE, 2021″(PERROTIN)
daniel arsham x pharrell: casio MT-500 made from volcanic ash(designboom)
ANDARTに会員登録すると、ANDART編集部の厳選した国内外のアート情報を定期的にお届け。Facebook, Twitter, LINEなどのSNSでも簡単に登録できます。
文:ANDART編集部