アートの楽しみ方とは、美術館に足を運んだり、家に絵を飾ってみたりするだけにとどまらない。かねてよりアートとファッションは近しい関係にあり、アーティストやデザイナーとの間で多種多様なクリエイティブな取り組みが生まれてきた。その中から今、注目したい取り組みの一つをピックアップしてご紹介する。
宮島達男の「デジタル数字」との、一期一会の出会いを楽しめる展示空間
今回訪れたのは、ISSEY MIYAKE KYOTOで開催中のKURA展「TATSUO MIYAJIMA」。
本展は、その日最初に訪れた来場者が中央に設置された10面体サイコロを3回振り、出た目の数字を壁に掛けていくというユニークなコンセプトによって構成されている。
サイコロの目と数字の組み合わせは日ごとに異なるため、展示風景は毎日微妙に変化していく。そんな「一期一会」の出会いを楽しめるのも、本展ならではの魅力だ。
数字を構成するパーツには、今春デビューしたブランド「A-POC ABLE ISSEY MIYAKE」と現代アーティスト・宮島達男との新プロジェクトにて使用されている黒い布が纏われている。
今回のプロジェクトで発表されたのは、各々に異なる素材の風合いが楽しめる、2種類のブルゾンである。一つは伸縮性に富んだ「Steam Stretch」の技術が生かされた素材に宮島氏のデジタル数字が表現されたもの。もう一方は注目の新素材、「トリポーラス™」が糸に織り込まれた生地から作られたタイプの、2種類が登場した。
注目の新素材を生かすことで、衣服はアップサイクルによって蘇る
トリポーラスとは、世界中で年間約一億トン廃棄されている米の籾殻を原料とする、ソニーグループが開発した新素材。元々はリチウム電池の電極のために余剰バイオマスの活用を検討していたそうだが、籾殻の独特の微細構造に着目し、新たな用途の可能性を探るべく研究を重ねた末にトリポーラスが誕生したのだという。
そして、A-POC ABLE ISSEY MIYAKEがこの新素材を使って「この黒で衣服を表現できないだろうか?」という発想にたどり着き、製品化へとつながったという。
地球環境にも配慮した上に消臭効果も期待できる新素材トリポーラスは現在、今回の事例以外にも、全く新しいクリエイティブな発想のもとに活用されつつある。これは環境問題への課題を抱えるアパレル業界においても、大きな躍進だと言えるだろう。
「黒」の特性を生かし、シンプルでミニマムな表現へと昇華
ただ、トリーポラスは炭素材料であるため、色としては「黒」しか表現することができない。しかし今回の「A-POC ABLE ISSEY MIYAKE」の宮島達男とのプロジェクトでは、そうした色の制約を乗り越えてむしろ”特性”として生かし、シンプルでミニマルな表現へ、さらには普遍性のあるものづくりへと昇華させるーーそんな両者の思いは縦糸と横糸が交差するように見事に重なり合い、美しいクリエーションに昇華しているように見える。
会場では貴重なインタビュー映像の紹介にも注目したい。その中の1シーンからも宮島氏が「数」に込めた思い、そしてこのプロジェクトに込めた思いや着想に至るまでの背景を伺い知ることができる。
宮島達男といえば、代表的作品として1980年代半ばからLEDを用いて1から9までの数字が変化する、デジタルカウンターを使ったインスタレーションを多く手がけてきたことで知られるアーティスト。それらの作品は「それは変化し続ける」「それはあらゆるものと関係を結ぶ」「それは永遠に続く」というコンセプトをもとに、世に送り出されてきた。
宮島氏によれば、ゼロは死を意味するものーーそれは闇を象徴する「黒」という色によって表されるという。しかしまた同時に、ゼロという数字は「はじまり」を表すものでもあるだろう。ゼロを起点に1、2、3…と数字が続いていくことで、新たな「時」が刻一刻と生まれていく。そうした時の営みは、始まりも終わりもない「円」を想起させるとともに、永遠に終わることのない循環(サイクル)、生命の営みを表すようでもある。
宮島氏がこれまで一貫して表現し続けてきた、デジタルの「数」。このテーマはトリポーラスという新素材を用いることによってアップサイクルさせるというストーリーに響きわたっているばかりでなく、今回のシリーズの目玉「ブルゾン」を彩るアイコニックな目印となって、次世代の素材の上で踊っているかのようだ。
画像引用:https://www.pen-online.jp/
なお、「A-POC ABLE ISSEY MIYAKE」は、過去に現代美術家・横尾忠則氏と行ったプロジェクトも話題となった。今後のアーティストとのクリエイティブな取り組みにも目が離せない。
ファッションは、いつの時代もその時代の様相や流行を表すというという記号的な意味を担ってきた。しかし一方では流行り廃りや消費サイクルが早く、流行が過ぎればあっという間に忘れ去られてしまうーー長らく業界はそんな課題も抱えてきた。
しかし今回の魅力的なプロジェクトのように、ファッションにアートの息吹が吹き込まれることによって、そこには唯一無二のストーリーが生まれ、服やモノが、「自分にとってのたった一つの大切な宝物」に生まれ変わる。そして、それはやがて服を身に纏う人にとっての愛着となり、「ずっと長く、大切に付き合っていきたい」という思いへと繋がってゆくのだろう。
近年、勢いを増しつつある、ファッションとアートとのあいだに生まれるクリエイティブなプロジェクトは、そんな新たな価値観に気づかせるきっかけを与えてくれるかもしれない。
創業以来、イッセイ ミヤケがブランドに込めた思いに、コンセプチュアルな宮島達男のアート表現が組み合わさってできた、本コレクション。その思いは、「時を纏う」というメッセージの中にもしっかりと響いている。
開催場所
KURA 展「TATSUO MIYAJIMA」
会場:ISSEY MIYAKE KYOTO
〒604-8112 京都府京都市中京区柳馬場通三条下ル槌屋町 89
会期:2021 年 9月 23 日(木)~ 2021 年 12月 26日(日)
時間:12:00 ~ 19:00
休廊日:火曜臨時休業
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取材・文/ 小池タカエ