2021年10月1日(金)から10日(日)にかけて、東京都・恵比寿で体験型展示「かけひきのないオークション」が開催された。「お金ではなく感情でアートを落札できるオークション」とは、一体どんなものなのだろうか?

かけひきのないオークション
(画像=かけひきのないオークション)

通常のオークションでは、最も高い価格をつけた入札者が作品を落札することができる。しかし、アートの資産性のみに注目して投資目的で購入される場合も多く、落札者が“作品そのもの”を本当に気に入っているかどうかは分からない。アーティストの立場で考えてみると、オークションでの価格高騰はステータスになる一方で、作品を大切に想ってくれる人に所有してもらいたいという気持ちもあるだろう。

こうしたアートの購入・所有のあり方に疑問を投げかけたのが、クリエーター・ユニット「museumβ」。「新しいアートとの関わり方」を問うために2021年に発足したプロジェクトの第1弾が、お金ではなく作品に対する想いで作品を落札できる「かけひきのないオークション」だ。

作品タイトルもアーティスト名も不明!
会場は、デザイン会社コンセントが運営するコミュニケーションスペース「amu」。コミュニケーションを通して自分と未来を「編む」場としてデザインされており、天井が高く、ベンチを置いた庭もあって開放感がある。床に近いところから手が届かないところまで、存分に壁を使って作品が展示されていた。

コミュニケーションスペース「amu」
(画像=コミュニケーションスペース「amu」)

本展の特徴のひとつは、作品に関する一切の情報が伏せられていること。 作品の背景を説明するキャプションもなければ、作品タイトルもアーティスト名も書かれていない。作品をとりまく情報を排除することによって、純粋に作品だけを見つめてほしいという意図があるという。作品には、入札のために必要な番号だけが添えられていた。

コミュニケーションスペース「amu」
(画像=コミュニケーションスペース「amu」)

実は1点だけ、作品にアーティストのフルネームが記してあるのを見つけてしまい、「見なかったことにしよう!」と思ったのだが、よくよく考えるとアート作品にサインがあるのは普通のこと。

現代アートの創始者といわれるマルセル・デュシャンが、何の変哲もない男性用小便器にサインをして展示しようとしたのは有名な話だ。しかも、この時のデュシャンの署名は「R.MUTT」という偽名だったのだから、本名が書かれているとは限らないのである。そういった普段は見過ごしている点にも気付かされた。

コミュニケーションスペース「amu」
(画像=コミュニケーションスペース「amu」)

美術館に行くと、キャプションを読んだり音声ガイドを聞いたりして、じっくり作品を観察することなく、作品のことを理解した気分になってしまうこともある。特に教科書に載るような有名なアーティストだと、ただ「すごい」「いい作品なんだろうな」と思い、それ以上考えるのをやめてしまうことも。

作品だけを前にすると、自分が本当に好きなのはどういうアートなのか、何に惹かれるのか、改めて見直すことができる。

「鑑賞カード」の質問に答え、自分の気持ちと向き合う

「鑑賞カード」
(画像=「鑑賞カード」)

会場には、2種類の「鑑賞カード」が用意されていた。作品鑑賞のヒントとなる「BASIC」と、鑑賞を通して自分自身とも向き合う「REFLECTION」があり、1作品に1枚のカードを使うのが基本。気になる作品を決めたら、8つの質問に対する答えを記入していく。

・その作品について、気が付くことを全て書き出してみましょう。(色や形、素材など些細なことでも全て書き出してみてくださいね。)

・その作品を見ていると、どのような気持ちになりますか?

・あなたが選んだ作品から感じたことを「作品タイトル」として表現してください。

などなど、いざ考えてみるとなかなか難しい問いかけが並ぶ。来場者の皆さんは、鑑賞カードを手に真剣に考え込んでいた。

「鑑賞カード」
(画像=「鑑賞カード」)

「アート作品としっかり向き合ってみる」という目的で訪れる人も多いようだ。細かいところまで目を凝らしてみると新しい発見があるし、漠然としていた思考を言語化によって整理することもできる。この鑑賞カードは小中学校の美術教育でもぜひ使ってほしい。

「鑑賞カード」
(画像=「鑑賞カード」)

記入した鑑賞カードは、折りたたんで入札ボックスへ。後日、各アーティストがカードを読み、落札者を決める。

決め方にも基準やルールはなく、「この作品が好き!!!」という気持ちが強く感じられる人を選んでもいいし、気になるエピソードを書いてくれた人を選んでもいい。「この作品を迎え入れるとしたら、いくら支払いたいですか?」という質問もあるので、最も高い金額を書いた人が選ばれる可能性だってある。どういった視点で選定するのか気になるところだ。

アートの価値って? 素朴な疑問が出発点
このプロジェクトの出発点は、2020年に出版され、ビジネスパーソンの間でも話題となったベストセラー『13歳からのアート思考』(末永幸歩:著)。この本を読んだ企画者が、「美術館って何をするところなんだろう」「どうして『上手い』とはいえないような抽象画が高額取引されるんだろう」と考えた始めたのがきっかけだという。

たしかに、「子どもでも描けそうな絵がなぜ◯億円…?!」と不思議に思ったことがある人はたくさんいるだろう。美術史の文脈などを知れば、たしかに価値があると納得できることもあるものの、アート作品の価値と価格については、複雑な事情が絡み合っていて一筋縄では読み解けない。マーケットでの高騰などは誰にも予想できない部分もある。

重要なのは、「なぜ?」という疑問を見つけ、それに向き合ってみることだ。museumβは1冊の本から出発して、賛同者たちがいろいろと意見を出し合いながら、前例のないオークションを実現させた。「かけひきのないオークション」はプロジェクト第1弾ということもあり、規模は大きくなかったが、非常に可能性のある企画だと感じた。

ANDARTでは、日本人が「アートを見るけど買わない」という鑑賞と購入の隔たりに注目し、日本初・アートの共同保有プラットフォーム「ANDART」で新しいアートの持ち方を提案している。「アートはお金持ちのもの」というような先入観を含め、当たり前だと思っていることを改めて見つめ直すことが、イノベーションのきっかけになる。

NFTも盛り上がりを見せている今日、アートに関する新しい試みに引き続き注目していきたい。

museumβ
(画像=museumβ)
museumβ
ルールや慣習がたくさん存在するアートの世界において、固定観念を打ち壊す様々な実験的取り組みを行う活動です。
公式サイト:https://museumbeta.art/

ANDARTではオークション速報やアートニュースをメルマガでも配信中。無料で最新のアートニュースをキャッチアップできるのでぜひ登録を検討いただきたい。

文:稲葉 詩音