アートと音楽が交わり、重なりあうところに、何が生まれるのか。現代アートと音楽の関係性を読み解く連載。第2回は、即興音楽とアートのフェスティバル「JAZZ ART せんがわ」のレポートをお届けする。

知られざるアートのまち、せんがわ
東京都調布市仙川。新宿から電車で20分程の距離にある街だ。東京都民でも訪れたことのない人は多いだろうが、実は知られざるアートのまちである。駅の東側には「安藤忠雄ストリート」と呼ばれる通りがあり、日本を代表する建築家・安藤忠雄が設計した建築が並ぶ。

美術館「東京アートミュージアム」、分譲マンション「シティハウス仙川」など、コンクリートを活かした特徴的な建造物群。このエリアは正式には「仙川ACT+(アクト・プラス)地区」といい、「音楽と芝居小屋のあるまちづくり」を目指す大規模なプロジェクトの結果として生まれた。その一環として「舞台芸術を楽しむ市民」をコンセプトにつくられたのが「調布市せんがわ劇場」である。


東京アートミュージアム
(画像=東京アートミュージアム)

シティハウス仙川
(画像=シティハウス仙川)

仙川デルタスタジオ
(画像=仙川デルタスタジオ)

せんがわ劇場を含む複合施設
(画像=せんがわ劇場を含む複合施設)

「JAZZ ART せんがわ」とは?
この街で2008年から年に一度、数日間にわたって開催されているのが、即興音楽とアートのフェスティバル「JAZZ ART せんがわ」

せんがわ劇場がオープンした2008年、芸術監督に抜擢されたのが、ドイツ生まれの演出家ペーター・ゲスナー氏。日本のジャズに思い入れのあったゲスナー氏は、ジャズフェスを構想し、ノンジャンルの音楽ユニット「ヒカシュー」のリーダー巻上公一さんをプロデューサーに迎える。

巻上さんは、特徴的な劇場自体の魅力を発信できるフェスにしたいと考え、小さな会場ならではのマニアックなイベントを企画。「ジャズ」をもっと広いイメージでとらえるために、タイトルに「アート」という言葉を取り入れ、「JAZZ ART せんがわ」とした。

左から藤原清登さん(プロデューサー)、巻上公一さん(総合プロデューサー)、坂本弘道さん(プロデューサー)。背景は今回のライブペインティング作品 photo by 池田まさあき
(画像=左から藤原清登さん(プロデューサー)、巻上公一さん(総合プロデューサー)、坂本弘道さん(プロデューサー)。背景は今回のライブペインティング作品 photo by 池田まさあき)

多彩なパフォーマーを招き、ステージでの即興演奏だけでなく、映画や短歌などさまざまなジャンルを融合したコンテンツを盛り込み、時には劇場から飛び出してユニークな芸術世界を展開。2019年からは実行委員会(代表:巻上さん)が調布市から運営を引き継ぎ、2021年9月16日(木)〜19日(日)に14回目の開催が実現した。コンセプトは「feral(野生に還る音)、intimate(親密な関係)、alive(生きる芸術)」

アートと音楽が交わる現場を目撃するため、ライブペインティング企画を鑑賞しに向かった。

「ライブペインティングの日」その1:至高の弦楽トリオとアーティストの共演!
フェス2日目の9月17日(金)、「ライブペインティングの日」として、即興演奏と即興ペインティングのコラボレーション企画が2部制で行われた。ライブペインティング企画は、2013年以来8年ぶりで、フェス史上2度目となる。

第1部には、アーティストの中山晃子さんが参加。「Alive Painting」は、液体から固体までさまざまな材料を相互に反応させて絵を描くパフォーマンスで、東京オリンピック2020の閉会式での実演が話題になった。

ステージ全体が白く覆われ、真っ白なパネルが3枚立っているシンプルなステージ。客席後部に設けた移動式のアトリエで中山さんがペインティングを行うと、流動する絵画がステージ全体に映し出される仕組みになっている。

photo by 池田まさあき
(画像=photo by 池田まさあき)

カンヴァスのようなステージには、3名の弦楽器奏者が登場。向かって左から、ベーシストとして国内外のフェスに出演し、日本を代表するビッグバンド「渋さ知らズ」を率いる不破大輔さん。映画「るろうに剣心」などで個性的なヴァイオリンや日本人離れした声を披露するほか、ドラマや舞台の作編曲・音楽監督も務める太田惠資さん。JAZZ ART せんがわのプロデューサーでもあり、チェロからノコギリまで幅広いものを用いて変幻自在な音をつくり出す坂本弘道さん。

絵具の染みが静かに広がっていくところから始まり、およそ40分にわたって即興の三重奏が展開された。パネルの前で演奏する3人の姿の上にも映像が流れ、まるで絵画作品のようにも見える

photo by 池田まさあき
(画像=photo by 池田まさあき)

時折印象的なメロディが流れたり、激しい色彩とともに盛り上がりを見せたり、即興とは思えない息のあった演奏だ。しかも、響きあうのは3つの弦楽器の旋律だけではない。弓をヒュッと振る音、カポタストをキュインと移動させる音。さらに坂本さんは、おもむろに布袋から何本もの鉛筆を取り出して床に放り投げたり、チェロを床に突き刺したりと、予想外のパフォーマンスを見せてくれた。

photo by 池田まさあき
(画像=photo by 池田まさあき)

中山さんは実験のように異なる材料を調合し、生命体のようなアートを生み出す。アートに包まれた空間での弦楽ライブは、何が起こるか分からない神秘的な宇宙で繰り広げられているかのようだ。まさに「ジャズ」という言葉ではカバーしきれない「JAZZ ART」である

「ライブペインティングの日」その2:漫画家率いるチームが描く大画面絵画
第2部はステージ上でライブペインティングが行われた。第1部で設置されていた3枚の白いパネルが並べられ、ギターの演奏に合わせて3人のペインターが絵を描いていくという、約80分間の公演だ。

ギターを奏でる大友良英さんは、ノイズや即興演奏の他、震災後に故郷・福島の音楽プロジェクトを立ち上げるなど、幅広い活動を行う音楽家。映画やテレビの音楽も山のように手がけており、2013年には、NHK連続テレビ小説「あまちゃん」の音楽でレコード大賞作曲賞を受賞した。

photo by 池田まさあき
(画像=photo by 池田まさあき)

大友さんがギター1本で多彩な音色を生み出す横で、「仙川ペインティングチーム」が白いパネルに色をのせていく。このチーム自体が、この日のために即興で結成された。チームを率いるのは、漫画家の山本直樹さん。2010年『レッド』で文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞に輝いた。

山本さんにとって、これが人生初のライブペインティング。画家ではないため不安はあったものの、もともと観客としてJAZZ ART せんがわのファンだったため、今回のオファーを快諾したという。公演後、「悪夢を何日かおきに見ましたが、始まったらなんとかなりました。楽しかったです」と語ってくれた。アートは時として、観る者にも創る者にも、新しい世界を見せてくれる

photo by 池田まさあき
(画像=photo by 池田まさあき)

山本さんが声をかけたのが、仙川のアートカフェ「TINY CAFE」のオーナー池田敏彦さんと、常連客の美大生・鄒娜(NANA)さん。中国出身の鄒娜さんは、「時間が足りなかった!もっとやりたかった!」というくらい、楽しみながら生き生きと動いていた。

3人は最初スペースを分けて描き始めたが、だんだん互いの領域に侵入してクロスしていく。床にもペンキを塗りたくり、手で服に色をつけあう。さらに、ダンスのように足で描いたり、パネルに背中をこすりつけたりと、ステージ全体と全身を使ってパフォーマンスが拡大していった。流れをつくるギターのメロディに、足音でアクセントをつける場面もあった。

左から山本直樹さん、鄒娜さん、池田敏彦さん、大友良英さん photo by 池田まさあき
(画像=左から山本直樹さん、鄒娜さん、池田敏彦さん、大友良英さん photo by 池田まさあき)

始まる前は、山本さんがまず女性の裸体を描くとだけ決めていたとのこと。実際に黒い線で大きく描かれていたが、最終的には重ねたペンキに埋もれて跡形もなく消え去った。観客は絵ができあがるまでのプロセスを見ているので、完成した抽象画の下に隠されているものを知っている。ライブペインティングならではの不思議な感覚だ。

初めと終わりの写真を比べてみると、ペインティングの激しさが伝わってくるのではないだろうか。約80分間の公演を終え、絵具まみれのステージで笑顔を見せる出演者たちは、フェスのコンセプト「feral(野生に還る音)、intimate(親密な関係)、alive(生きる芸術)」を体現していた。

極小ライブ空間「CLUB JAZZ 屏風」から広がる音楽
公演ごとに多彩な表情を見せるJAZZ ART せんがわだが、風物詩となっているのが「CLUB JAZZ 屏風」である。これは、衝立で仕切られた極小ライブ空間。舞台美術家・長峰麻貴さんの考案で始まったこの企画は、もともとは公園や駅前などに神出鬼没にライブ空間が出現し、2-3人のみが中に入って間近でライブを体験できるというものだった。

過去の『CLUB JAZZ 屏風』の模型(左:「キューブリック」、右:「チェブラーシカ」)
(画像=過去の『CLUB JAZZ 屏風』の模型(左:「キューブリック」、右:「チェブラーシカ」))

今回はコロナ禍のため従来のスタイルではなく、ミュージシャンが締め切った空間で演奏をし、外にいる観客が聞こえてくる音やシルエットを楽しむという形で実施。音楽はもちろん、演奏するという行為そのものがアートになっている。

最終的には屏風内だけでなく、せんがわ劇場のロビーや入口付近まで、複数のミュージシャンと鑑賞者を巻き込んで演奏が繰り広げられた。

photo by 池田まさあき
(画像=photo by 池田まさあき)
photo by 池田まさあき
(画像=photo by 池田まさあき)

千利休の茶室をイメージしてつくられたセットだったが、しだいに破れた障子は取り払われ、外とつながる開放的な空間に変身した。劇場という枠にはまらずに、音楽が街全体へと広がっていく。

ここで紹介した以外にも、ゲームの理論を応用した即興演奏システム『John Zorn’s Cobra』の実演、先鋭的な音楽シーンを牽引してきた灰野敬二さんと雅楽奏者たちの共演など、ジャンルを超越した実験的なコンテンツが満載。通常ではあり得ないコラボレーションが行われるのが、JAZZ ART せんがわの魅力であり、現代アートの進化に不可欠なことである。

パンデミックが深刻化してからというもの、音楽フェスやライブの実施は難しくなり、美術館・博物館も休館や展覧会延期を余儀なくされるなど、“文化は不要不急のものなのか?”という議論が巻き起こった。また、オンラインビューイングが普及するなど、急速な変化が訪れている。どのような方法であれ、「CLUB JAZZ 屏風」で隔離された空間がしだいに開放されていったように、文化芸術が再び境界を超えて自由に広がっていくことを願わずにはいられない。

2021年のプログラムは終了したが、10月9日(土)〜12日(火)には各公演の動画配信が予定されているので、興味のある方はチェックしてみてほしい。

イベント情報

JAZZ-ARTせんがわ
(画像=JAZZ-ARTせんがわ)
JAZZ ART せんがわ 公式サイト
https://www.jazzartsengawa.net/

動画配信『JAZZ ART せんがわ 2021』
配信期間:2021年10月9日(土)〜12日(火)
料金:各日収録分2,500円
チケット購入ページ

【9月16日収録】
・巻上公一(tp, voice)× 高岡大祐(tuba)「激流ではなく、さざ波のありようで」
・灰野敬二×雅楽Section 石川高(笙)、中村かほる(楽琵琶)、中村仁美(篳篥)、中村香奈子(龍笛)「灰野敬二の世界」

【9月17日収録】「ライブペインティングの日」
・中山晃子(Alive Painting)× 太田惠資(vn)× 不破大輔(b)× 坂本弘道(vc)
・仙川ペインティングチーム:山本直樹・池田敏彦・鄒娜×大友良英(g)

【9月18日収録】
・「John Zorn’s Cobra 東京作戦 坂口光央部隊」
 坪口昌恭(p)、山本達久(dr)、かわいしのぶ(b)、飛田雅弘(g)、野本直輝(syn)、秋元修(dr)、松丸契(sax)、okachiho(computer)、松村拓海(fl)、田上碧(vo)、坂口光央(syn, オーガナイザー)
 巻上公一(プロンプター)

【9月19日収録】
・「ジャズピアニスト 渋谷毅が語り、弾く」 渋谷毅(p, お話)、池上比沙之(聞き手)
・「四重奏団特別演奏会」坂田明(sax)× 坪口昌恭(p, synth)× 坂田学(dr)× 藤原清登(b)

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文:稲葉詩音