イギリスの匿名ストリートアーティスト、バンクシー。神出鬼没のバンクシーは、これまでに世界各地で数々の作品を発表し、その都度注目を浴びている。バンクシーの特徴は、正体不明のアイデンティティーはもちろん、社会を風刺するメッセージ性を含んだ作品を多く制作していることも特筆したい点だ。本記事はその中のひとつ、《Very Little Helps》という作品を解説する。

《Very Little Helps》(2008年)
(画像=《Very Little Helps》(2008年))

画像引用:http://www.noiseking.com/

これぞ、ザ・バンクシーな皮肉めいたメッセージ
2008年、北ロンドンのエセックス・ロード沿いにある薬局の建物に《Very Little Helps》は登場した。電線のカバー器具をフラッグポールに見立てて、1人の子どもがポールを支え、もう2人の子どもが忠誠の誓いを立てるポーズをとっている。

《Very Little Helps》
(画像=《Very Little Helps》)

画像引用:https://banksyexplained.com/

ここで着目したいのが、風になびいて揺れているのは“旗”ではなく、“ビニール袋”であること。これはイギリスに本拠地を置き、スーパーマーケットなどを展開する5大流通大手の企業「TESCO(テスコ)」のビニール袋だ。(このため《Very Little Helps》は、「Tesco Flag」または「Tesco Kids」と呼ばれることもある)

TESCOの企業スローガンは、“Every Little Helps”。これは日本語で「どんな小さなことでも役に立つ」という意味で、ことわざの「塵も積もれば山になる」にあたる。それに対して、このスローガンをもじった“Very Little Helps”は「ほとんど何の役にも立たない」という意味。

TESCO
(画像=TESCO)

画像引用:https://www.tnsfc.co.uk/

資本主義下では、TESCOのような大手企業の拡大が進むと市場を独占し、中小企業は縮小する。そして消費者の選択肢は奪われ、肥大化した企業はまるで「国家」のように強力な存在となる。「国家の旗」として見立てたTESCOのビニール袋に、子どもたちが忠誠を誓う姿を描くことで、巨大企業が人々を盲目的にしてしまう危惧を表現している。

この資本主義と消費主義への批判は、バンクシーの制作活動において一貫して発信されるメッセージであり、作品を構成する重要な要素。《Very Little Helps》は、政治的なメッセージをアートへと昇格させた、バンクシーらしい皮肉たっぷりで風刺的な作品なのだ。

オリジナル壁画の現在は?
2008年の登場当時、TESCOの部分を塗りつぶした人物がいた。それはバンクシーのライバルとも言われていたイギリスのストリートアーティスト、King Robbo(キング・ロボ/1969〜2014)である。

バンクシーとKing Robboの間には確執があり、過去には同じ作品を上書きし合って、新旧ストリートアーティスト対決を見せたことも。《Very Little Helps》の壁画は、この2人をテーマにした「Robbo vs Banksy – Graffiti Wars」というドキュメンタリーに登場していることでも知られている。

画像引用:https://www.japanjournals.com/

その後も他のアーティスト達から何度も上書きを繰り返され、現在は残念ながら、オリジナルの原型を留めていない。バンクシーの作品は登場する度に、保護するのか撤去するのかが議論になってきたが、バンクシーの知名度と人気が爆発的に上がるにつれて、保護する傾向が強くなっている。8月に登場した新作9点もアクリル板が設置されるなど、保護派が多数で動いているようだ。

2021年未明時点の壁画
(画像=2021年未明時点の壁画)

画像引用:https://ameblo.jp/

誰かの役に立てる「Very Little Helps」
2008年12月6日と7日、《Very Little Helps》は、バンクシーのプリント作品を扱っていたサイト、Pictures on Walls(POW)にて、サイン入り299部限定の「宝くじ」としてリリース。

1枚1ポンドのチケット(1人最大20枚まで)で、作品を購入できるチャンスが与えられた。このチケットは購入できる“チャンス”なので、1ポンドや20ポンドで《Very Little Helps》を手に入れることができる訳ではない。つまり、作品のオークションに参加する権利を得るチケットである。ファン達はこのチケットを購入するのに、オンライン上で3時間もの列を作ったとか。

そして、このオークションの目的は「ほとんど何の役にも立たない」を「誰かの役に立てること」。バンクシーはこのオークションで上げた、13万ポンド以上(当時約1,770万円以上)の収益を視覚障害者のための病院や難民申請者を保護する施設などに寄付したのだ。

画像引用:http://www.cbc-net.com/

無断で公共物にペイントするストリートアートは、万人受けするものではないことは確か。何かと物議を醸すことが多いバンクシーではあるが、チャリティーとして収益や作品を寄付するなど、積極的に社会に貢献する一面があることを覚えておきたい。もしかしたら、バンクシーは最初から寄付するつもりで制作し、「Very Little Helps(ほとんど何の役にも立たない)」という名前をつけたのかも?行動と作品が相反している皮肉なところまでもが、バンクシーらしい。

ANDARTで《Very Little Helps》の取扱いが決定!

ANDARTでは今回ご紹介したバンクシーの《Very Little Helps》を取扱いすることが決定いたしました。バンクシーの作品はANDARTでも毎度、大変好評を頂いております。今回、《Very Little Helps》のオーナー権は、9月20日(月)12:00PMに発売開始いたします。順次、今後の詳細についてお知らせいたしますので、是非会員登録をしてお待ちくださいませ。

ANDARTでは、オークション速報やアートニュースをメルマガでも配信中。無料で最新のアートニュースをキャッチアップできます。この機会にどうぞご登録下さい。

出典:『Banksy: The Man Behind the Wall』(著:Will Ellsworth-Jones/2013年出版)

文:千葉ナツミ