20世紀最大の画家と言われ、生涯で1万3500点の油絵と素描、10万点の版画やエッチング(銅版画)、その他にも挿絵、彫刻、陶器と、その総数はおよそ約15万点にも及ぶと言われている巨匠・ピカソ。
圧倒的な数の作品を生み出した世界でも類を見ない偉大な作家として、ギネスブックにも認定されているほど。
そんなピカソの作風は今でも色褪せない魅力を放っており、時代を超えてもなお多くの人々に愛される普遍性も相まって、オークション市場でも絵画や版画作品を中心に安定した人気を獲得している。
しかし、画家としてのイメージが強いピカソが、生涯にわたっておよそ3,000点もの陶器を制作したという偉業は、実はあまり知られていないのではないか。
そこで今回は、第二次世界大戦以降、晩年にかけてピカソがとくに情熱を注いだ陶器制作にフォーカスし、画家・ピカソの姿とは別に立ち現れてくる、巨匠の新たな側面をご紹介たい。
《ゲルニカ》以降に起こった、芸術生活の変容
ピカソが南仏の小さな町、ヴァローリスに移り住み、陶芸家として活動を始めたのは1946年、ピカソ64歳の時だった。
ピカソは絵画を中心にそれまでにも多くの作品を生み出していたため、画家としてはすでに十分すぎるほどの名声を確立していた。とりわけピカソの代表作の一つとして知られ、1937年のパリ万国博覧会のために制作された巨大な壁画《ゲルニカ》は、同年バスク地方を襲ったナチスによる爆撃を伝えるとともに、多くの人々に平和へのメッセージを投げかけた作品。ピカソの評価を一段と押し上げたことでも知られている。この作品によりピカソは、キュビズムを生み出した偉大な画家としてのみならず「政治的な存在」として、自らの立場を明らかにしたのだ。
画像引用:https://artmuseum.jpn.org/
その宣言から程なくして、南仏のコート・ダジュールに導かれ、陶芸家として新たなスタートを切ったピカソ。作品は、その土地の風土を反映したものでもあるのだろう。陶器作品は総じて、明るく開放感に満ちたものが多い。ピカソがこれらの作品を作った背景にはおそらく、大戦という未曾有の悲劇を目の当たりにした経験も影響していると考えられる。それまでの絵画に特徴的な表現であった難解な表現からは一転、パッと見てわかる、親しみやすい作風となっている。
また、ピカソのヴァローリス期(1947年〜1953年)の活動のなかで制作された作品には、鳩が多く登場することも特徴である。ピカソにとって鳩は幼少期から慣れ親しんだモチーフであったが、とりわけ大戦後のセラミックや壁画、版画などには平和の象徴として「白い鳩」が多く登場する。なお、鳩はスペイン語で「パロマ」というが、フランソワーズ・ジローとの第二子には、おそらく平和への願いが込められていたのだろう。愛娘は、パロマと命名された。
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多くの芸術家を魅了する、コート・ダジュールの地に魅せられて
それ以前はパリを拠点に活動していたピカソが、大戦の終結を機に南仏、コート・ダジュールの地を目指したのは、ごく自然な流れだったのかもしれない。
コート・ダジュールといえば、ゴッホやゴーギャン、マティスやシャガールなど、19世紀以降とくに多くの偉大な芸術家たちを惹きつけてきた地である。そんな土地の魅力に、ピカソもきっと引き寄せられたのだろう。
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明るい太陽の光が燦々と降り注ぎ、年間を通して温暖な気候に恵まれたコート・ダジュールでの生活は、大戦中に負った心の傷を癒し、ピカソを新たな創作へと向かわせる時間となった。太陽、海、美しい街並みetc…。見渡す限りに広がる多彩な色に溢れた光景は、ピカソの心を躍らせ、創作意欲を掻き立てるものだったに違いない。
なおピカソはこの地で、1946年の夏にある運命的な出会いを果たしている。ピカソとジローがコート・ダジュールのリゾート地の浜辺で過ごしていた時、写真家のミシェル・シーマによって、ラミエ夫妻を紹介されたのだ。夫妻はヴァローリスという小さな町で、「マドゥラ工房」という工房を営んでいた。
この出会いによってピカソは、陶器の魅力に目覚め、1947年より制作に没頭していくことになる。
マドゥラ工房のあったヴァローリスとは、コート・ダジュールの中心地・カンヌから車でおよそ30分の場所にある。古くから陶器の産地と知られていたこの町では、古代ローマ人がスペインと北アフリカを含む地中海の地域へ、ガヘムと呼ばれる魚醤を輸出するために「アンフォラ」がつくられていたという。
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そんな歴史ある町で、陶器制作に熱中したピカソ。すでに画家としての地位と名声を得ていたが、片田舎のヴァローリスにおいては当初、ピカソを知る者は殆どいなかった。創作に集中するという意味では、そうした環境も功を奏したのかもしれない。1947~48年にかけては、たった2年間の間に数百点にも及ぶ陶器作品を制作した。一点一点の作品から伝わってくる明るくのびのびとした表現からは、ピカソの陶芸への愛がありありと伝わってくるようだ。
なお、ピカソゆかりの地・コート・ダジュールには、その名を冠した美術館が2つある。
ピカソ美術館(戦争と平和 国立ピカソ美術館)@ヴァローリス
ヴァローリスにあるピカソ美術館は、ピカソの代表作の一つである《戦争と平和》を収蔵することから、別名、「戦争と平和 国立ピカソ美術館」とも呼ばれている。なお《戦争と平和》は美術館内にある礼拝堂のアーチ状の壁面に配置されている。
画像引用:https://wabbey.net/
ピカソ美術館@アンティーブ
ピカソが実際に創作を行なっていたこともある城を1966年、世界初のピカソ美術館としてオープン。城内に構えたアトリエで制作された作品を中心に展示している。ヴァロリスで作られた陶器作品なども鑑賞することができる。
画像引用:https://tabizine.jp/
ピカソにとっての、永遠のミューズとは?
ピカソが陶芸に打ち込んだ時期、そこには一人の女性の姿があった。
新しく恋人となった若い画家、前述のフランソワーズ・ジローの存在である。
出会いは1943年、ナチス占領下のパリ。ピカソ61歳、ジロー21歳の時であったが、40歳という年齢差を超えて結婚。人生を分かち合い、1947年に息子のクロード、1949年に娘のパロマが生まれ、家族を持つことになる。それから1953年までの期間、公私ともにパートナーとして南仏で蜜月の日々を送った。
また、ピカソの陶器制作にもミューズとしてこの時期のピカソの創作に多大な影響を与えていたことは言うまでもない。この時期にピカソが制作した象徴的な作品の一つに、《女性頭部像の三脚花瓶》があるが、こちらは肘をついたジローをモデルにした花瓶をはじめ、版画作品などにも登場している。
画像引用:https://marisol.hpplus.jp/
ピカソにとって、女性はミューズ。創作への情熱を掻き立てる源であったことは、あまりにも有名な話だ。そしてそのことは、ピカソと女性の関係に焦点を当てた書籍『女性たちが変えたピカソ』の中のいくつかのエピソードからも見えてくる。(この書籍の表紙の写真は、ピカソの私生活を写し出した写真として有名な一枚。カバーモデルは、ジロー。なお、2019年に出版された「ピカソとの日々」/フランソワーズ・ジロー著 カバーにもこの写真が起用されている)
恋多き芸術家で知られるピカソにとって、とりわけジローは重要な存在だったのだろう。苦難も多かったピカソの人生とって「最も幸せだった時代」と言われている、ヴァローリス期に陶芸制作に没頭し、明るい色彩に彩られたユーモラスな作品を数多く残したのだから。
なお、ジローは現在も在命で、まもなく齢100歳を迎える。画家としても大成し、2010年には、銀座のシャネル・ネクサスホールにて、「ア・ライフ・イン・アート フランソワーズ ジロー回顧展」が行われた。
オリジナルを元に、量産が可能な「エディション」の発明
陶芸家としてのピカソの活動の中で、一つ大きな特徴として挙げられること。それは、オリジナル作品に対して、他の作家も複製・量産ができる「エディション」の制作を始めたことだった。もちろん、エディションには原則としてナンバーが振られ、生産数もきちんと管理されていた上での話である。また制作に関しては、ピカソが制作したものに忠実な表現になるよう、陶工が手作業で複製を作るという手法が採用されていた。
ピカソのデザインからエディションを制作するという考えは、マドゥラ工房の主であるスザンヌ・ラミエ氏の提案からスタートしたものだという。とはいえ、ピカソ自身もインタビューの中で、「自分の作品が市場で売られたり、女の人が水を汲むために使ったりしているところを見てみたい」と答えているように、アーティスト本人も実は、立体的な作品がどのように複数に変換されるのか、興味を抱いていたのだ。
いずれにせよ、オリジナル作品として作品を自分のものとするだけでなく、エディションという手法を採用することによって職人たちの門戸を広げ、セラミックを一般の人々が楽しむ機会を積極的に作ろうとしたピカソ。この英断は、ピカソがすでに大成した画家であったからこそ、成し得たことなのかもしれない。しかしながら、多くの陶工たちにこれまでにない制作の機会を与え、一時は衰退の危機にあったヴァローリスの陶芸に新たな命を吹き込み、一般の人々にとっても手に取りやすい価格で陶器を提供する機会を作ったことは、ピカソの人生の中でも絵画制作に匹敵するほどの功績であったといっても過言ではないのではないか。
ピカソの陶器の作風について
ピカソの制作した陶器作品は、それまで比較的難解とされてきた作品が多かった絵画と比べて、わかりやすい作品が多いのが特徴である。
また、テーマも明るく親しみやすいものが多く、南仏の地にまつわる神話的モチーフを想起させるようなものから、食べ物や動物まで、日常生活に密着したモチーフが数多く登場する。
そして、それらの作品からは、芸術家としてのピカソとはまた別の側面――いち生活者として、一人の人間としてのピカソの姿が浮かび上がってくるようだ。
事実、ピカソの陶器作品を見ていると、人物(あるいは動物)をモチーフにしたものは明るい笑みを湛えているのが特徴で、色彩も鮮やかなものが多い。
お椀、水差し、食器、大皿と、生活に根ざした日常の器を次々と生み出し、生涯にわたっておよそ3,000点にも及ぶ陶器を制作したピカソ。陶芸という手法にたどり着いたのは運命の導きもあったかもしれない。ただ、制作に没頭する中で、日々の生活を豊かに彩るものとして、晩年はさらに円熟味を増し、ますます器の魅力の虜になっていた可能性もある。
そんなピカソの思いは、温かみのある作風とユーモラスな遊び心に溢れた作品として、豊かな表現に結実している。
それではここで、国内でピカソの貴重な陶器作品を鑑賞することのできる、おすすめの美術館を紹介したい。
【ヨックモックミュージアム】
ピカソの陶器(セラミック)作品のエディションを多く収蔵する、世界でも有数のコレクションを誇る美術館。2020年開館。ピカソは生涯にわたって、およそ3,000点の陶器作品を制作したが、その内500点以上に及ぶ作品が本ミュージアムに収蔵されている。
建物は、ピカソの工房のあった南仏の伝統的な瓦屋根のデザインをオマージュしたもの。なお、屋根の色は、ヨックモックを象徴するカラーである、美しいブルーで彩られている。
閑静な青山の住宅街にありながら、まるで家のようなアットホームな雰囲気がある美術館は、ピカソの貴重な陶器作品を一点一点、じっくり鑑賞するのにおすすめ。また併設のカフェでは、ヨックモックグループのブランド「アン グラン」のスイーツを楽しむことができる。
なおミュージアムのコレクションについて、コレクターであり当館館長の藤縄利康氏が語っているこちらの動画にて、ぜひご覧いただきたい。
現在、企画展「ピカソ コート・ダジュールの生活〜ピカソが世界にまいた魔法」が開催されている(会期 〜2021年9月26日まで)。また次回展示として、10月26日より「地中海人ピカソー神話的世界に遊ぶ」展も始まるので、ぜひ合わせてチェックしていただきたい。
【ヨックモックミュージアム】https://yokumokumuseum.com
【箱根 彫刻の森美術館 ピカソ館】
箱根にある彫刻の森美術館は、広大な緑の敷地内にある野外彫刻に加えて、「ピカソ館」が併設されている。こちらではピカソの陶芸作品188点を中心に、絵画や彫刻など、約300点ものピカソの作品を一度に鑑賞することができる。
画像引用:https://www.hakone-oam.or.jp/
【箱根 彫刻の森美術館】 https://www.hakone-oam.or.jp/
まとめ
ピカソは1946年にヴァローリスに居を構えて以来、1973年で91歳の生涯の幕を閉じるまで南仏の地で過ごし、陶器をはじめ絵画、版画と、晩年にしてなお旺盛に活動に励み、文字通り、生涯現役を貫いた。
とりわけ陶器制作においては、一人アトリエにこもって難しい絵を描く芸術家というイメージを鮮やに塗り替えるかのように、多くの陶工たちと積極的に協業し、従来は実用的に特化した制作が行われていた伝統的なヴァローリスの陶器に、芸術性という新たな息吹を吹き込んだのだ。
画像引用:https://4travel.jp/
なお、ピカソと交流のあった作家であり、自らも陶芸制作に情熱を注いだことでも知られる岡本太郎の書籍「青春ピカソ」の中の一節によれば、「ここにはマチス、シャガール、ミロなど、ブラックを除けてはたいていの有名な芸術家が試みに来たけれど、ピカソくらい仕事の好きな人は見たことがない」と、マドゥラ工房の主人・ラミエ氏の回想の記述が見られる。
ピカソにとって土、水、火という素朴な自然の素材が織りなす立体の妙は、まるで魔法のようで、さぞかし新鮮だったに違いない。
そんな偉大な芸術家のほとばしる情熱がかたちとなった陶器の作品群からは、画家・ピカソのイメージとは別に、人間味溢れる芸術家としての人生が豊かに立ち上ってくるようだ。
ピカソの作品のオーナーになる
ANDARTではピカソ自身が開拓した版画の新技法を駆使し最期の妻・ジャクリーヌを描いた一作《Portrait de Jacqueline de Face Etat Ⅲ 21-21-1961(Bloch 1064) 》のオーナー権を販売している。オーナー権は1万円から購入できるので、ぜひチェックしてみてほしい。
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参考文献:ヨックモックミュージアム刊「ピカソ コート・ダジュールの生活」
文/ 小池タカエ