炎上したバッハ会長の人物像 名門大学卒の元金メダル選手の評判
(画像=makedonski2015/stock.adobe.com)

コロナ禍の中、東京五輪は無事に開幕式を終えた。各国の選手の活躍ぶりと共に注目を集めたのが、国際オリンピック委員会(IOC)バッハ会長である。「スピーチが長すぎる」「空気を読めていない」「VIPの待遇」「銀ブラ」など、滞在中は賞賛より批判が目立ち、その思想や言動が火種となってたびたびSNSを炎上させた。

そんなバッハ会長の人物像に関してはあまり多くが語られることがないが、果たしてどのような人物なのか。

世界をうんざりさせた長演説 繰り返す「バッハ炎上」

開会式での13分に及ぶ長演説に、意識が数回遠のいたのは私だけではなかったようだ。耐えきれずフィールドにゴロ寝して演説を聞く選手の姿が目撃され、ロイター紙は「バッハ会長のロングスピーチ、 日本人の怒りを買う」という見出しで長広舌を皮肉たっぷりに批評した。後に「校長先生」という絶妙なニックネームが付けられたというのも納得の、見事な喋り倒しぶりだった。

スピーチの内容は概ね、パンデミックを乗り越え開催に漕ぎつけた「連帯感」をたたえ、選手や関係者、開催国の日本に「感謝」を述べ、「希望」の光を世界に届けるというものだった。

しかし、スピーチ全体のまとまりの良さや体裁の良さを重視するあまり、「ウイルス感染拡大のリスクを冒してまで決行した意義や具体的なビジョンが伝わらない」「共感性に欠ける」など、内容の薄っぺらさが不評を買った。

また、東京都に緊急事態宣言が発令された2日後に、菅総理との会談で有観客を要望したという。翌日の小池知事との会談では「日本人のリスクはゼロ」と発言するなど、「オリンピック開催を最優先し、感染拡大リスクにさらされた日本の国民の安全に対する配慮に欠ける」との批判が相次いだ。

他にも、40人以上が参加した東京の迎賓館での歓迎会、銀ブラ、1泊250万円のインペリアルスイートルーム滞在、「チャイニーズピープル」発言など、ネット上で次々と「バッハ炎上」が起こった。

名門大学卒の元金メダル選手 エリートを地で行くIOC会長

短期間で繰り返しネットを炎上させたバッハ会長の人柄や私生活や生い立ちの大部分は、ベールに包まれている。

公式なプロフィールによると、1953年に「ロマンティック街道」の起点として有名なドイツのヴュルツブルクで生まれ、名門ヴュルツブルク大学法学部へ進学した。卒業後はドイツ自由民主党の経済顧問としてのキャリアを積んだ後、1976年モントリオール五輪に西独代表として参加し、フェンシング男子フレール団体で金メダルを獲得した。

IOCアスリート代表(1981~88年)、西ドイツNOCの個人メンバー(1982~91年)などスポーツ界でのキャリアを築き、アディダスの国際関係部長に就任したのは1985年だった。1996年以降はIOC理事会と副会長、独オリンピックスポーツ連盟(DOSB)の創設会長などを務め、2013年にIOC第9代会長に選出された。

2021年3月には再任を果たし、まさにサクセスストーリーを絵に描いたような人生を歩んでいるように見えるが、実は子ども時代は経済的に恵まれない家庭で苦労したとの説もある。母国では「上昇志向の強い成り上がり系の成功例」などと非難されているというから、裕福な家庭で何不自由なく育ったわけではないことは確かだ。

真相はどうあれ、フォーブス誌など複数の情報源から推測すると、現在の純資産額は100~500万ドル(約1億 969万~5億4,848万円)という。フランス語、英語、スペイン語、ドイツ語を流暢に操るエリートマルチリンガルでもある。

母国でも吹き荒れるバッシングの嵐 生身のバッハ会長は好感度良し?

しかし、パンデミックの最中にオリンピックを強行開催したことにより、バッハ会長が築き上げた世界的評価は地に落ちた。「オリンピックがスポーツの聖典からIOCのビジネスショーへと主旨替えした」との批判が強まっている近年、メディアは露骨にICOとそのトップへの攻撃を開始した。

ワシントンポスト紙はバッハ会長を「ぼったくり男爵(Von Ripper-off)」と呼び、「パンデミックの最中に日本国民の72%が15,000人の外国人選手や役員を歓迎することに対して消極的あるいは不本意に感じているにも関わらず、IOCが大会の継続を主張する意義は何なのか」と批判した。

母国ドイツも例外ではない。独Sueddeutsche Zeitung紙は「五輪を安全に開催できる」というICOの主張について、「トランプ氏の言葉と同じくらい信頼できる」などと遠回しに批判し、バッハ会長を「過去にフェンシングの試合でしたように、常に先を予想し(相手を)刺す人形遣い」と形容した。

他のメディアでも「パンデミックという不安定な危機的状況の中で、バッハ会長が極めて柔軟性に欠ける役人兼マネージャーである事実が露わになった。バッハ会長にとっては選手や観客の幸福と悲惨さより、金銭的影響への懸念の方が深刻なのだ(Berliner Zeitung紙)」「バッハ会長は¨嫌われ者のICO会長リスト¨に仲間入りした(Foreign Policy紙)」など酷評が目立つ。「国民の間でもお世辞にも好かれているとは言えない」という証言もある。

そのような批判があるにもかかわらず、バッハ会長と交流したことのある人々からは、「仲間に優しい真面目な仕事人間」「選手の視点に立って物事を見ることができるトップ」など、その人間性を好評価する声も聞こえる。「スポーツを利用して利益創出に走る偽善者」というイメージとは裏腹に、人との交流に積極的で「東京五輪のことが心配で夜も眠れなかった」こぼすなど、人間的な面を感じさせるエピソードも多数ある。

野望はノーベル平和賞?

人物像はどうあれ、ガバナンスを含むIOCの内部構造改革を実施し、ジェンダー平等や多様性を前面に打ち出すことで公平なスポーツ環境作りを促すなど、IOCの基盤強化に貢献した功績は高く評価されている。ノーベル平和賞授与の野望も指摘されているが、目下の最優先事項は「人命よりオリンピック開催と利益を優先した会長」の汚名返上に全力を尽くすことだろう。

文・アレン琴子(英国在住のフリーライター)

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