矢野経済研究所
(画像=metamorworks/stock.adobe.com)

2021年9月
主席研究員 池山智也

宣伝しない有名な自動車メーカー

「またひとつ、世界を新しく。」「やっちゃえNISSAN」「世界に、あたらしい気分を。」「すべての移動を感動に変えるクルマ」「Be a Driver」、クルマの宣伝に使われているキャッチコピーである。地上波では新型モデルのCMがプライムタイムで流れており、自動車メーカー1社の広告宣伝費は国内だけで数千億円規模である。

しかし、広告宣伝費ゼロで有名な自動車メーカーがある。それは「テスラ」である。CEOの言動は常に世間の注目を集め、そのつぶやきで仮想通貨は乱高下する。会社の株価はトヨタ、VWを大きく上回り時価総額は7,000億ドル(77兆円)を超える。2020年に販売したEVは過去最高の49.9万台、コロナ禍にもかかわらず創業以来初の黒字を達成している。その事業領域はEVにとどまらず、太陽光発電を軸とした蓄電ビジネスを推進し、直近では人型ロボットのプロトタイプを2022年に公開すると発表した。

では、レガシーメーカーがひしめき合う自動車業界においてテスラが躍進した原動力は何か?それは他社に先駆けて新技術を採用し、先進的な機能を搭載することである。具体的には、大画面ディスプレイに集約したインテリア、ナビゲーション連動レベル2運転支援機能、Si(シリコン)ではなくSiC(炭化ケイ素)パワー半導体を実装したインバータ、通信でソフトウエアをアップデートするOTA(Over The Air)、ドメインコントローラーによる中央統合制御などである。モデル3の分解レポートが発表されており、その中身に衝撃を受けたエンジニアも多い。また、テスラのブランドイメージがプレミアムEVメーカーで定着したことも販売台数拡大に影響しており、iPhoneで携帯電話業界をスマートフォンに導いたApple(りんご)に通じるものがある。そして、2社に共通するもう1つの共通点が極秘主義である。

りんごのMaaS

2018年12月に掲載したアナリストeyes「りんごのクルマ」において、令和元年生まれの成人式は「りんごのクルマ」が自動運転で送迎するかもしれないと予想したが、その時期は意外と早く来るかもしれない。Appleの自動運転への取り組みは極秘であり、様々な自動車メーカー、大手自動車部品メーカーとの交渉、スタートアップ企業の買収が噂されては消えていった。2020~2021年にかけてEVの委託製造の話し合いは進んでおり、2025年以降の実用化に向けて候補先は数社に絞られている。ビジネスの詳細は不明であるが、Appleがスマートフォンで築き上げたサプライチェーンを導入することでEVの製造コストを抑え、モビリティ(移動)を軸とした新事業の立ち上げを検討していると予想される。主なモビリティサービスは下記の3つが想定される。

 1.iPhoneユーザー限定のロボタクシーサービス
 2.ロボタクシーの車室内における広告収入
 3.ロボタクシーのデータ提供/営業権利/車両販売
 ※ロボタクシー:5Gコネクテッドおよびレベル4の自動運転機能を搭載するEV

1は既存および新規iPhoneユーザーの囲い込みが目的であり利用料金は発生しない。ユーザーは配車アプリでロボタクシーを呼び出し、iPhoneとロボタクシーがつながることで利便性を高める。目的地までの移動時間に様々な情報がユーザーに配信されるが、この情報配信は2の広告収入となる。飲食店や百貨店、宿泊施設、観光スポットの紹介、iPhoneのデータによる個人の嗜好に合わせた情報が配信される。3は「ロボタクシーの外界センサによる走行データの提供」「ロボタクシーサービスを展開したい企業への営業権利と車両販売」であり、自動運転EVのプラットフォームビジネスも包括する。
以上は私の予想であるが、同様のMaaS(モビリティサービス)をテスラなどの新興EVメーカー、GAFAMなどのIT企業、主要自動車メーカーも検討している。

コロナ禍が続く中で2025年以降を見据えた車両開発、モビリティサービスを軸とした提携・買収は粛々と進んでおり、令和12年(2030年)には様々な業態を巻き込んで「りんごのクルマ」がサービスを展開していると予想される。