スタートアップ企業が成長の局面を迎えるとき、避けて通れないのが資金調達である。そして、資金調達を成功させるカギとなるのが、エクイティストーリーだ。この記事では、エクイティストーリーとは何かがわかるよう、意味や事例、作り方などを解説する。
目次
エクイティストーリーとは
エクイティストーリーとは、エクイティ・ファイナンスの成功に向けた投資家に対する説明をさす。まずはエクイティ・ファイナンスの意味から確認していく。
エクイティ・ファイナンスの意味
エクイティ・ファイナンスとは、株式発行などにより、株主資本を増加させる方法で行われる資金調達をいう。
代表的なものに、第三者割当や公募増資、ライツ・オファリングがある。第三者割当とは、特定の第三者に株式や新株予約権を割り当てることをいう。
公募増資とは、不特定多数の投資者に対する募集をさす。一般的に、上場企業の資金調達方法として知られる。
ライツ・オファリングとは、株主に無償で新株予約権を割り当て、その権利行使によって資金を得る方法だ。ダイリューション(希薄化)が起きないといわれているが、最終的には株式数が増えるので注意したい。
エクイティ・ファイナンスに対し、融資のように負債を増加させる方法で行われる資金調達は、デッド・ファイナンスという。
エクイティストーリーの役割と目的
企業の価値や魅力を投資家に伝えて、株式を購入してもらうことが役割だ。
どのような企業であれ、伝えたいストーリーは少なからずあるだろう。たとえば、経営戦略や価値創造プロセスなどの名称で、ホームページに株主や顧客向けの図解を掲載している企業もある。
内容としては、エクイティストーリーに近いはずだ。しかし、エクイティストーリーの目的は、あくまでエクイティ・ファイナンスの成功である。そのため、投資家の目線に立って会社の説明を行わなければならない。
たとえば、国内事業のエクイティ・ファイナンスのために、海外投資家に対するエクイティストーリーを作るとしよう。日本市場の概況をはじめ、事業を日本で優位に展開できる理由を説明しなければならないだろう。
投資家は、投資のプロではあるが、その企業の情報を詳しく知っているわけではない。事業の内容や収益化の仕組み、強みなど、基本情報をわかりやすく知りたがっている。
企業価値を高めていく方針やライバルと差別化を図る方法などから、企業の成功可能性を見極めなければならない。
エクイティストーリーは、投資家と企業の間に横たわる情報のギャップを埋める。
エクイティストーリーの重要性、必要なタイミング、作成者
エクイティストーリーが魅力的であれば、投資家からの期待値が高まる。上場企業であれば資金調達、IPOであればその後の株価上昇につながりやすくなる。
上場前の企業でも、数億円・数十億円の資金調達に成功する事例もある。反対に、エクイティストーリーが充実していなければ、投資家に企業の魅力が伝わらず、思うようにはいかないだろう。
魅力的なエクイティストーリーの作成が、エクイティ・ファイナンスを成功させる鍵を握っている。したがって、エクイティストーリーが求められるタイミングは、エクイティ・ファイナンスの前だ。
具体的には、スタートアップ企業の各成長ステージや、IPOでは直前々期(n-2期)あたりで必要となる。
作成者に関しては特に制限がない。経験のある人材を獲得して社内で作成してもよいし、IPOコンサルタントサービスに支援を求めてもよい。
エクイティストーリーの事例から学ぶ注意点
エクイティストーリーの検討が不十分なまま資金調達を続けると、結果的に企業価値を損ねることになる。
これは、「エクイティ・ファイナンスのプリンシプル」で示されている考え方を筆者なりにまとめた結論である。
「エクイティ・ファイナンスのプリンシプル」の概要
「エクイティ・ファイナンスのプリンシプル」とは、平成26年に日本取引所自主規制法人から、エクイティ・ファイナンスの品質向上を目的に公表された原則だ。
日本取引所自主規制法人は、日本取引所グループの子会社であり、取引所市場における自主規制業務を専門に行う。
上場企業で株主や投資家の利益を損なうエクイティ・ファイナンスの事例が散見され、関係者で尊重すべきルールを確認する必要が生じたのである。
金融商品取引所規則などのルールとは異なり、拘束力はない。しかし、エクイティ・ファイナンスの本来あるべきルールとして知っておくべきだろう。
エクイティストーリーの事例
エクイティストーリーに関して、日本取引所自主規制法人の考えが示された上場企業の事例があるので要約してみたい。
“主要事業の衰退にともない、新たな事業の柱を立てるべく、さまざまな新規事業に進出しては撤退を繰り返した。その間、複数回のエクイティ・ファイナンスにより、合計数百億円を超える資金を調達。ついには債務超過に陥り、上場廃止基準の猶予期間(1年間)に入ったため、猶予期間が満了する翌年度期末の直前に、第三者割当による資金調達を実施して債務超過を回避した。“
エクイティストーリーの注意点
事例に対してプリンシプルで示された考えは、要点をまとめると以下の通りだ。
“エクイティ・ファイナンスのプリンシプルの一つは、「企業価値の向上に資する」ことである。「企業価値の向上に資する」とは、上場会社の収益力向上が、資金調達目的や業績見通しなどにもとづいて、合理的に見込まれることを示す“
“具体的なエクイティストーリーが存在しなければ、株主・投資家から調達した資金が効率的に活用されず、企業価値が毀損される”
“状況からすると、「企業価値の向上に資する」の観点からエクイティストーリーが十分検討されていたのか、疑念が生じる”
“十分な検討を経て合理的に行われたエクイティ・ファイナンスであれば、上場廃止の回避や、中・長期的な企業価値の向上につながることもある”
“その場合、実現可能性の高いエクイティストーリーと投資家への説得力ある説明が不可欠である”
エクイティストーリーの検討が不十分なエクイティ・ファイナンスは、結果的に企業価値の低下につながるという考え方が示されている。
しかし、エクイティ・ファイナンスによって、上場廃止を回避する行為を否定しているわけではない。
実現可能性の高いエクイティストーリーを作成し、投資家に説得力のある説明ができれば、会社の窮地を救える可能性があることにも触れている。
参考:エクイティ・ファイナンスのプリンシプル-事例と解説-(日本取引所自主規制法人)
成功するエクイティストーリーの作り方
エクイティストーリーには、実現可能で根拠のある内容が求められる。エクイティストーリーの作り方について、伝えるべきポイントを中心に確認していこう。
エクイティストーリーに決まった形式はない
エクイティストーリーに決まった形式はないので、会社のオリジナルを作成してもよい。しかし、内容を慎重に精査しないと、実現できない夢物語を作ってしまいがちだ。
仮に資金を得られたとしても、そのストーリーを実現するために尽力しなければならないし、かえって企業価値を損ねることもある。
エクイティ・ファイナンスやIPOの成功に意識が集中しているときは注意しなければならない。
エクイティストーリーで伝えるべきポイント
【事業内容】
製品・サービスの内容や特徴、独自性を伝える。投資家から事業の内容をすぐ理解してもらえる説明にする。
【収益構造】
事業内容を受けて収益化の仕組みを説明し、キャッシュフローの獲得方法などを示す。複数の関係者が出てくる場合、必要に応じて図を使ってわかりやすくする。
【市場】
市場規模や内容、シェア、競合などを具体的に伝える。シェアは「◯◯部門」などのように、狭い範囲でよいので1位になった実績を積極的に紹介する。
【自社の強み】
独自技術や開発体制、知的財産、ビジネスモデル、ブランドなど、自社の強みを説明する。
【グロース戦略】
KPIや成長戦略などを具体的に説明する。他社の「成長可能性に関する資料」も参考にするとよい。「成長可能性に関する資料」とは、マザーズに上場する会社が作成する書類で、さまざまなパターンがインターネット上で公開されている。
エクイティストーリーは投資家の目線で作成!
以上、エクイティストーリーの重要性や事例、作成ポイントなどを解説した。
エクイティストーリーは、投資家の目線で作成する必要がある。よって、投資家をよく知る専門家に作成支援を依頼するのも一つの手だ。
また、エクイティストーリーの内容は必要な場面に応じて変化させて構わない。会社が置かれている現状や課題に向き合った内容に調整するとよいだろう。
文・中村太郎(税理士・税理士事務所所長)