連邦貿易委員会(FTC)および46州の規制当局が、Facebookを反トラスト法(独占禁止法)違反の疑いで提訴した裁判は、Facebookの勝訴で幕を閉じた。この判決を受け、同社の時価総額が初めて110兆 円を超えるなど、GAFA(Google・Amazon・Facebook・Apple)の支配力を改めて世界に知らしめる結果となった。
しかし、水面下では独占禁止法改革に向けた動きが高まっており、今後の行方が注視される。
反トラスト法とは?
反トラスト法(Antitrust Law)は、米国で1890年以降に制定された、独占禁止法や公正取引維持法の総称である。いずれの法律も、大企業の市場独占活動を法的に取り締まることが目的だ。
厳密には、カルテル(市場を独占することで、利益の増進を狙う独占形態)などによる取引制限や独占行為を禁じるシャーマン法(1890年)、価格差別や抱き合わせ取引等を禁じ、企業合併を制限するクレートン法(1914年)、通商に影響を及ぼす欺瞞的行為や慣行を禁ずる連邦取引委員会法(1914年)の3つで構成されている。
反トラスト法違反を巡り、米司法省と激戦を繰り広げたIT企業は、Facebookが初めてではない。1998年にMicrosoft、2020年にGoogleが市場で優位に立つために自社のブラウザーや検索エンジンを利用した「市場の独占者」として、シャーマン法が適用された。Microsoftは敗訴を経て和解、Googleは勝訴した。
「過剰な買収」で起訴されたFacebook
Facebookにもシャーマン法が適用されたが、起訴の論点は異なる。Facebookを時価総額1兆ドル(約110兆5,615億円)、ユーザー数290億人を誇る世界最大のSNS企業に成長させた原動力は、精力的なM&A(合併・買収)戦略である。
同社が2004年の設立から2021年2月までに買収・合併した企業は、ソーシャルプラットフォームから顔認識技術まで広範囲にわたり、その数は70社を超える。2012年に10億ドル(約1,105億 6,835万円)で買収した写真・動画共有SNSのInstagramや、2014年に190億ドル(約2兆1,009億円)で買収したメッセンジャーアプリWhatsApp、20億ドル(約2,211億5,378万円)で買収したVR(バーチャルリアリティー)企業Oculus VRなどが含まれる。
M&Aは事業拡大や多角化、競争力強化、技術力の向上など、ビジネスを成長させる手段として世界中に浸透している経営戦略だ。しかし、過剰な買収は時として、市場独占行為と見なされる。
2020年12月、FTCと各州の規制当局は、Facebook の買収戦略を「SNS業界における公平かつ自由な競争力を排除する行為」として、同社を反トラスト法違反で提起した。特に、競合だったInstagramとWhatsAppの買収を違法行為とし、買収の解消を要求するとともに、今後は同社に企業価値1,000万ドル(約1億584万円)以上の企業の買収を禁じることも求めた。
「法定的な証拠不十分」で却下
一方、Facebookは「独占禁止法の懸念とはまったく関係のない問題」を巡り、自社に向けられている執拗な批判の一つ」として、訴訟の却下を要求した。世界中が裁判の行方を見守る中、2021年6月28日、連邦地裁は「FTC側の主張を裏付ける十分な法定的証拠がない」との理由でFacebookの主張を受け入れた。
また、InstagramとWhatsAppの買収解消については、「(買収完了から)月日が経過し過ぎている」と結論付けた。FTC側は判決から30日以内であれば、より強力な証拠を提出するなどして再戦を挑むことが可能だ。
FTCにとっては皮肉なことに、裁判結果が報じられるやいなや、Facebookの株価は時間外取引で4.1%上昇し、時価総額は過去最高の1兆ドル(約110兆5,777億円)を突破した。マーク・ザッカーバーグCEOの保有資産は51億ドル(約5,639億4,653万円)増加したという。
独占禁止法改革に向けた動き
主要国が、GAFAを筆頭とする巨大IT企業の包囲網を強化する中、今回の判決は痛恨の一撃である「一部の企業による市場競争力の集中化が、連邦法により認められた」といっても過言ではない。
なぜ、このようなことが起きているのか。原因として、現行の独占禁止法がインターネットもSNSも存在しなかった、100年以上前に制定されたものであることが挙げられる。コネチカット州の民主党員兼司法委員会のメンバー、リチャード・ブルーメンソール上院議員いわく、IT企業は現行の独占禁止法が定義する「市場」に該当せず、「Facebookがオンラインネットワーキングを独占していることが(法的に)明確ではない」。
打開策として、現代のビジネス環境に対応可能な独占禁止法への改正が進められており、判決の数日前には米下院司法委員会が6つの改正案を発表した。「大企業が経済の広い範囲に与える影響を緩和すること」が、法案の目的だ。
可決された場合、企業は将来有望な競合企業に先手を打って買収したり、自社製品・サービスの販売や宣伝により、競合相手を不利な立場に追い込んだりすることが困難になる。この法案の作成者の一人であるコロラド州の共和党員ケン・バック議員は、「Facebookの勝訴は、独占禁止法の改革が緊急に必要であることを示している」と述べた。
IT業界「改正案は米国の経済的リーダーシップを弱体化させる」
一部のIT業界の関係者は、「世界における米国の経済的リーダーシップを弱体化させ、消費者のデジタルサービスへの自由なアクセスの妨げになる」と改正案に反対しているが、Appleの独占力に抑制されて来た音楽ストリーミングサービスSpotifyなどのように、今回の動きを歓迎する企業も少なくない。
勝敗の行方はどうあれ、改革を機に、長年にわたる米司法省と巨大IT企業の紛争がさらに激化するものと予測される。
文・アレン琴子(オランダ在住のフリーライター)