上司のパワハラによる従業員の自殺は、社会問題として認識されるようになっても、後を絶たない状況が続いている。「社員は家族」と公言しているトヨタでも、パワハラ自殺は起きている。企業におけるパワハラ問題について考えてみよう。
日本におけるパワハラの現状
パワハラ自殺に関する公的な調査データは見当たらないが、パワハラの現状を示すデータはいくつかある。例えば、厚生労働省が公開している「都道府県労働局等への相談件数」では、パワハラを含む「いじめ・嫌がらせ」に関する件数の推移が紹介されている。
そのデータによれば、2019年度のいじめ・嫌がらせに関する相談件数は8万7,570件だった。この数字を10年前の2009年度の相談件数と比べてみよう。2009年度の相談件数は3万5,759件で、実に約2.4倍となっている。
<「いじめ・嫌がらせ」に関する都道府県労働局等への相談件数の推移>
相談件数が増えているからパワハラが増えている、と直接結びつけることはできない。パワハラに対する従業員の拒否反応が強くなったことで、「相談」という行動を起こす人が増えた可能性もあるからだ。しかし、今も多くの人がパワハラに悩んでいることは確かである。
ちなみに、厚生労働省が2016年に行った調査では、「過去3年間にパワハラを受けたことがある」と回答した人は、回答者全体の32.5%に上っている。つまり、3人に1人はパワハラを受けた経験があるわけだ。
32.5%の内訳は、「何度も繰り返し経験した」が7.8%、「時々経験した」が17.8%、「一度だけ経験した」が6.9%。これらの状況では残念ながら、今後もパワハラ自殺という悲劇は繰り返されるだろう。
トヨタ社員のパワハラ自殺の経緯と和解
そして冒頭触れた通り、トヨタでも2017年に男性社員がパワハラで自殺した。男性社員は2015年4月に入社し、その1年後に配属された部署で日常的に上司からパワハラを受けたとされている。その後、適応障害と診断されて休職し、自殺したのは休職から約1年3ヵ月後だった。
男性社員が自殺したあと、労働基準監督署が原因はパワハラにあるとし、労災認定した。その後、トヨタの豊田章男社長は男性社員の遺族と面会し、直接謝罪した。そして2021年4月、豊田社長は遺族に再び謝罪し、和解が成立した。報道によると、遺族に「二度とこうしたことを起こさせない」と伝えたという。
「社員は家族」という理念を浸透させる難しさ
トヨタではこれまで、「温情友愛」を掲げ事業に取り組んできた。この温情友愛とは、従業員を家族のように大切にするというトヨタの理念だ。これは、トヨタの創業者である豊田喜一郎氏が「社員は家族であり、会社の宝である」と語ったことに端を発する。
そんなトヨタであっても、従業員のパワハラ自殺は防げなかった。トヨタグループの従業員は35万人以上(連結子会社を含む)いるため理念の浸透は簡単ではないが、このような悲劇を防ぎたかったのは言うまでもないことだろう。
トヨタが再発防止に向けた5項目を発表
そしてトヨタは2021年6月7日、再びパワハラ自殺といった悲劇が起こらないよう、5項目の再発防止策を発表した。その5項目は以下の通りだ。
- 声を出しやすい職場づくりに向けた取り組み
- パワーハラスメントに対する厳格な姿勢を就業規則に反映
- 異動時における評価情報の引継ぎの強化
- マネジメントに対するパワーハラスメントの意識啓発
- 休務者の職場復職プロセスの見直し
例えば2では、パワハラの禁止とパワハラを行った場合の懲罰規定について、就業規則に明確に明記したという。5に関しては、休職者の状況の把握や復帰後の職場環境を含むケアについて、「産業医」「人事労務スタッフ」「職場」が緊密に連結する体制を構築したそうだ。
報道発表で添えられた以下の一文からは、トヨタの再発防止に向けた強い思いがくみ取れる。そのまま引用して紹介しよう。
「パワーハラスメントを断固として許さないという姿勢のもと、社員一人ひとりが周囲に関心を持ち、自分以外の誰かのために行動できる『YOUの視点』を持った人財づくりを進め、一人ひとりの社員が安心して働ける、風通しの良い職場風土を築くよう、努力を続けてまいります」
「対岸の火事」と思っていてはいけない
パワハラ自殺は、トヨタだけで起きているわけではない。どの企業も、パワハラ防止に向けた取り組みをいま以上に強化するべきだ。それほど、パワハラは日本社会に蔓延している。どの企業も「対岸の火事」と思っていてはいけない。
文・岡本一道(金融・経済ジャーナリスト)