
企業の人材教育は、ただ研修を行っただけでは効果が薄い。本当の意味で知識・スキルを定着させるにあたって、エビングハウスの忘却曲線を意識した計画を立てることも一つの方法だ。人材教育とどのように結びつくのか、本記事で概要やポイントをチェックしていこう。
目次
エビングハウスの忘却曲線とは? ビジネスとの関係性
エビングハウスの忘却曲線とは、人が忘却するメカニズムを端的に表したグラフのことだ。ドイツの心理学者である「ヘルマン・エビングハウス」が考案したものであり、現代では主に効果的な学習方法を見極めるために用いられている。
学習や勉強と聞くと、多くの方は学生時代をイメージするかもしれない。しかし、社会人になっても学習は必要であり、業界によっては専門的な知識・スキルを毎日吸収することが求められる。特にそのような業界では、学習する本人だけではなく教育担当者も頭を悩ませていることだろう。
ここで紹介するエビングハウスの忘却曲線は、経営者自身の学習はもちろん、人材教育の場にも活用できる。そのため、人材育成に悩んでいる経営者や人事・教育担当者などは、これを機に概要をしっかりと理解しよう。
意外と誤解されがち? エビングハウスの忘却曲線の意味
エビングハウスの忘却曲線は、縦軸に「節約率」を、横軸に「時間」をとったグラフになっている。グラフ全体を見ると分かりやすい反比例の形をしているため、忘れやすさを表したグラフと認識している方も多いだろう。
しかし、実はエビングハウスの忘却曲線が表しているものは、時間による記憶量の変化ではない。この点は誤解しやすいポイントなので、縦軸に使用されている節約率の意味を正しく理解しておくことが重要だ。

節約率とは? 具体例を用いて分かりやすく解説
節約率とは、忘れた知識を再び記憶しようとした場合に、当初と比べて「どれくらい時間を節約できているか?」を表す数値のことだ。この説明だけでは少し理解が難しいため、以下でエビングハウスの忘却曲線から読み取ったデータを活用しながら、分かりやすい例をひとつ紹介していく。
○エビングハウスの忘却曲線から読み取ったデータ

例えば、ある人物Aが文字の羅列を10分で記憶したとする。この文字の羅列が無意味なものと仮定すると、多くの人は60分も経てば内容を忘れてしまうだろう。
しかし、Aが60分後に同じ文字の羅列を記憶しようとすると、次は5分36秒(5.6分)で覚えられるようになった。このとき、初めて記憶したときと比べて節約できた時間は4分24秒(10分-5.6分)であり、これを割合に変換すると44%(4.4分÷10分×100)になる。
この数値こそが、エビングハウスの忘却曲線で使用される「節約率」だ。つまり、1回目の記憶にかかった時間に比べると、2回目の記憶時間は44%節約できたことになる。
エビングハウスの忘却曲線をビジネスに活用する3つの方法
では、エビングハウスの忘却曲線をビジネスに活かすには、具体的にどのような方法があるだろうか。ここからはテーマを人材教育に絞って、ビジネスへの活用方法を紹介していく。
1.活用する範囲(研修内容など)を慎重に見極める
エビングハウスは忘却曲線を作成するにあたって、「意味を持たない音節の記憶」に関する実験を行った。つまり、エビングハウスの忘却曲線は関心がない情報を記憶したときのグラフなので、教育を受ける人材が強く興味をもった分野であれば、節約率は全く違った数値になるだろう。
したがって、忘却曲線を人材教育に活用する場合は、「どの範囲に活用するか?」を慎重に見極めることが重要だ。例えば、以下のような知識を覚えるための研修であれば、実際の節約率はエビングハウスの忘却曲線に近づくと考えられる。
・文字の羅列に近い情報
・他分野との関連がない新しい知識
・大量の単語や専門用語
など
すべての人材教育にエビングハウスの忘却曲線をとり入れると、かえって学習効率が下がってしまう恐れもあるので注意したい。
2.記憶に定着しやすい学習環境を整える
エビングハウスの忘却曲線からは、主に以下の3つのポイントを読み取れる。

上記のポイントをひとつずつ意識すると、人材教育に最適な環境を整えやすくなるはずだ。例えば、人は一度に多くの知識を学ぶよりも、複数回に分けて学んだほうが記憶に定着しやすくなる。したがって、教育担当者は長時間の研修ではなく、短い時間の研修を毎週実施するような方法を考えたい。
また、同じ範囲を復習する機会を与えることも、人材教育の効率を高める重要なコツになる。ただし、節約率は時間が経過するほど下がっていくので、できれば短いスパンで同じ範囲を復習させるように意識しよう。
3.学習内容をアウトプットできる機会を設ける
研修内容などの復習は、単にノートやメモを見直すだけでも一定の学習効果を期待できる。しかし、見直しは単純作業になりやすいため、なかには途中でモチベーションを失ってしまう人材もいるだろう。
そこで意識しておきたいポイントが、学習内容を「アウトプット」させること。知識として身につけさせるだけではなく、実務を通して復習できる環境を整えれば、知識・スキルはさらに定着しやすくなる。
前述の節約率のデータを見ると分かるように、復習のタイミングは早ければ早いほど効果的だ。そのため、座学の後に小休憩を挟み、すぐに復習として現場に立たせるなど、知識・スキルをアウトプットできる機会は早めに設けておきたい。
復習の最適なタイミングはいつ?
復習の最適なタイミングについては、カナダのウォータールー大学の研究結果が参考になる。
ウォータールー大学は実験として1時間の講義を行い、被験者の記憶量と復習による効果をグラフ化した。その実験によると、人の脳には以下のような特徴があるとされている。
・講義内容を復習しない場合、30日後にはほとんどの知識を忘れる
・講義から24時間以内に10分の復習をすると、記憶が100%(講義直後の状態)に戻る
・講義から1週間後に2回目の復習をすると、5分で記憶を取り戻せる
・講義から1ヶ月後に3回目の復習をすると、2~4分で記憶を取り戻せる
つまり、この実験を参考にすると、復習のタイミングは「24時間以内」「1週間後」「1ヶ月後」が望ましい。それでも完全に覚えきれるわけではないが、このように3回に分けて復習の機会を設ければ、難しい学習内容でも長期的な記憶に結びつけられる。
人材教育をする経営者や担当者は、この点も踏まえて従業員の教育環境を整えていこう。
研修やセミナーはフォローが重要に! 効率的に復習できる環境の整え方
復習できる機会を設ければ、すべての人材が効率的に学習できるわけではない。教育環境の整え方によっては、モチベーションの維持が難しくなることもあるので、研修・セミナーを実施する際には「フォロー」にも力を入れておきたい。
そこで次からは、経営者・教育担当者がぜひ用意したいフォローや、より効率的な学習環境の整え方を紹介していく。
1.ヒアリングなどの事前調査を実施する

研修・セミナーの実施前には、現段階で従業員が抱えている悩みや不安を明確にしておきたい。上層部が一方的に学習内容を決めるよりも、事前にヒアリングなどをしてから内容を調整したほうが、さらに高い学習効果を期待できるためだ。
また、2回目以降の研修・セミナーでは、前回分の理解度や満足度をチェックすることも重要になる。研修・セミナーを受講するのはあくまで従業員なので、教育を受ける側の立場になって全体の計画を立てていこう。
2.事前に課題・目標を共有しておく

教育を受ける従業員のモチベーションを維持するには、分かりやすいゴールが必要になる。そのため、研修やセミナーの最終的な課題・目標は、事前にしっかりと共有しておきたい。
また、課題・目標を設定する際には、できるだけ具体的なゴールを示すことが重要だ。例えば、「○○ができるようになるまで学習する」といった具体的なゴールがあると、従業員自身もゴールに向けた計画を立てるようになるため、より効率的な学習環境を整えられるだろう。
特に長期間の復習が必要になる研修は、教育を受ける側のモチベーションが失われやすいので、達成感を味わえるようなゴールを設定しておきたい。
3.可能な限りフィードバックをする

教育を受ける側の人材に対して、単に「復習をしてほしい」と伝えるだけでは復習する習慣は身につかない。基本的に復習は労力がかかるものなので、課題として与えるのではなく自然な流れで取り組ませることが望ましい。
そこで強く意識しておきたいポイントが、可能な限りフィードバックをすることだ。教育担当者が丁寧にフィードバックをすれば、指摘された点を深く考えることにつながるので、従業員は自然に復習をするようになる。
また、研修に対する不満や疑問なども拾いやすくなるため、フィードバックは積極的に行っていこう。
エビングハウスの忘却曲線だけでは、理想的な教育環境は実現しない
エビングハウスの忘却曲線は、人材教育のさまざまな場面に活用できる。ただし、理想的な教育環境を整えるには、ウォータールー大学の研究との併用や従業員へのフォローも必要になる。
より効率的な環境を整えたい企業は、本記事の内容を参考にしながら自社の教育環境を見直してみよう。
文・片山雄平(フリーライター・株式会社YOSCA編集者)