菅首相「ワクチン接種を進めているから大丈夫」が第5波を引き起こす可能性
(画像=taka/stock.adobe.com)

新型コロナワクチン導入では、他の先進国に大きく遅れをとり、非難の矢面に立たされた菅義偉首相だが、東京オリンピック・パラリンピック開催を目前に控え、世界の中でも驚異的なスピードでワクチン接種を進めている。

しかし、早くも第5波が懸念されるなど、まだまだ油断できない日々が続きそうだ。感染拡大を封じ込められない菅政権のコロナ対策に、国民はしびれを切らしている。5月下旬に日本経済新聞社とテレビ東京が実施した世論調査では、内閣支持率は発足以来最低水準の40%まで落ち込み、コロナ対策は64%が評価しないと回答した。

日本のワクチン接種、異例のスピードアップ

菅政権の支持率やコロナ対策はさておき、ワクチン接種の迅速な対応には、海外からも賞賛の声が上がっている。日本は第一波の感染拡大封じ込めに成功したものの、第二波以降は感染者が増加に転じ、2021年4月には3回目の緊急事態宣言に踏み切るなど苦戦を強いられている。「オリンピックを目前に、日本はどうするつもりだ」と世界中が心配する中、ワクチン接種に希望を託し、土壇場で巻き返しを狙う。

世界の科学的統計サイト「アワ・ワールド・イン・データ(Our World in Data)」の2021年7月9日のデータによると、日本のワクチン接種率(少なくとも1回接種済みの国民が総人口を占める割合)は26.49%である。ワクチン先進国であるカナダやチリ、英国はいずれも60%を超えているが、これらの国が日本より数ヵ月早くワクチンを導入していた事実を考慮すると、驚異的な速度だ。また、接種回数は5,264万回と、カナダ(4,069万回)や韓国(1,989万回)を上回り、世界10位である。

国内での自信も高まり、政府が6月中旬に実施した調査では、全自治体が「7月末までに高齢者接種完了できる」と回答した。さらなるスピードアップを目指し、職場でのワクチン接種開始や大規模接種会場設置の増設など、意欲的に取り組んでいる。

しかし、「予約が消失する」「正しい情報を入力しても予約ができない」といった予約トラブルや、「空注射」「注射器の再利用」「接種間隔の誤り」など、深刻な健康被害につながりかねないミスも多発している。「東京オリンピック開催までに、一人でも多く接種者を増やしたい」という熱意は伝わって来るが、数字にこだわり過ぎと予期せぬリスクに転じる可能性も懸念される。

感染者・重症者再増加の可能性に警鐘

一方では、「東京五輪の開催が感染増加のリスクになりかねない」と指摘する声も多い。神奈川県医療危機対策統括官を務める阿南英明氏などの専門家は、「ワクチン接種が順調に進んだ場合も、7~8月にわたり感染者や重症者が再増加する可能性」や、変異株の影響に警鐘を鳴らしている。(東京都では7月12日から8月22日まで緊急事態宣言を再度発令)

英国の感染再拡大を見れば、「ワクチン接種が加速しているから」と安心するには時期尚早であることが分かる。英国では、アルファ型より感染力が6割強いとされるインド変異株が猛威を振るっており、23日の感染者数は2月初旬以来最大の1万6,000人を突破した。

第一波・二波と比べると、重傷者や死亡者数ははるかに少ないが、感染拡大は抑制できていない。集団免疫が形成されていないことが理由として挙げられているが、同国では成人の82%が少なくとも1回ワクチンを受けており、60%が2回接種済みだ。若い層の接種も進んでおり、25~29歳のほぼ半分、18~24歳の3分の1が1回ワクチンを受けている。

しかし、ワクチン接種に専念する一方で、水際対策はダダ漏れ状態だった。国内でインド変異株が最初に特定された4月、英国とインド間を4万2,400人以上が行き来していた。

ハーバード大学公衆衛生学部のエリック・ファイグルーディン教授いわく、どのワクチンも1回の接種だけではインド変異株への有効性は33%にとどまる。2回の接種で、アストラゼネカは60%、ファイザーは88%だという。

数々の判断ミスを犯した菅政権のコロナ対策

コロナの世界的な感染拡大以来、菅政権は数々の判断ミスを犯して来た。人の移動が感染拡大の主要因である事実を認識していたにも関わらず、「Go Toトラベル」や「Go Toイート」など、人の移動を促進するキャンペーンを実施した。飲食店の時短営業や酒類提供自粛を要請した結果、営業時間内に客が集中し、逆に密度が高まるという状況が大都市圏で見られたという。

感染拡大防止が期待できるどころか、感染拡大を後押しした結果となったのだ。実際、3月の1都3県で緊急事態宣言が延長された際、延長期間2週間の東京の感染者数は横ばい、あるいは増加傾向にあった。

一方、「水際対策を怠ったために変異株が国内に侵入した」との批判もあるようだが、これに関しては意見が分かれるところだ。徹底した水際対策を実施していたはずのニュージーランドですら、英国変異株の侵入を見逃した。

人の移動を完全に遮断しない限り、ウイルスの侵入を未然に防止するのは難しいのではないか。そして万が一、侵入してしまったのであれば、水際対策のみを強化するのではなく、国内に入り込んだウイルスの拡散を徹底的に抑制する措置を講じるべきだろう。ニュージーランドは3日間の都市封鎖を行うと同時に、市民にPCR検査を受けるよう促すことで、早期に封じ込めることに成功した。

「~だから大丈夫」という過信が感染者を増加させる?

菅政権のコロナ対策には、「徹底」という文字が欠けている気がしてならない。これが経済活動と感染防止の両立の難しさに起因することは間違いないが、感染経路をしっかりと封じ込めるためには、迅速かつ強力な対策が必須である。

そして、これは他国にも該当することだが、長引くパンデミックに「緊急事態宣言慣れ」した人々が増え、緊張感が緩んだことも、感染増加の一因だ。「日本には手洗いやマスク着用、土足厳禁など、感染拡大予防に効果的な習慣があるから大丈夫」「死亡者数は欧米やインド、ブラジルよりはるかに少ないから大丈夫」という声を耳にする。

ワクチン接種や五輪の感染拡大予防対策を含め、菅政権のコロナ対策にも「~だから大丈夫」という過信があるのではないだろうか。「ワクチン接種を進めているから大丈夫」という考え方では、第5波の回避は難しいかもしれない。

文・アレン琴子(オランダ在住のフリーライター)

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