「ソシオメトリー」をご存知だろうか。元々、小学校など教育の現場で用いられてきた心理的手法だが、企業の集団の人間関係を把握することにも活用できる。この記事は、ソシオメトリーの概要と方法、注意点について解説する。
目次
ソシオメトリーとは何か
そもそも、ソシオメトリーとは何だろうか。最初にその内容と誕生の経緯を見ていこう。
ソシオメトリーは人間関係の測定方法
ソシオメトリーとは、集団構造や人間関係を測定する方法を言う。ラテン語に由来しており、sociusは「仲間」、metrumは「測定」を意味する。精神分析家のヤコブ・モレノによって提唱された。なお、彼は分析心理学の創始者として知られるカール・グスタフ・ユングの弟子として知られている。
人は一人では生きられない。一人で衣食住を満たすことはできても、自分の存在を確認したり、集団の中で居場所を見出したりすることはできない。精神的には他者との関わりを必要とするのだ。その関わり合いが集団を作り、生活を成り立たせている。
しかし、集団生活は常に平穏無事に営まれるわけではない。付き合っていく中で相性、つまり「合う人・合わない人」が出てくる。さらに、集団が大きくなれば、関わりが薄い、あるいはまったく関わらない人も出てくる。
そこでモレノは、集団における個人同士の関係を個々人の感情から成り立つものと定義した。集団はこれらの感情が複雑に絡まりあい、広がりながら、集団内の関係を作り上げている。そして、この感情の絡まりを解きほぐし、集団の関係を理解しやすくするための方法が「ソシオメトリー」なのである。
ソシオメトリーを主に使うのは教育現場
ソシオメトリーが重視されるのは、教育現場だ。小学校や中学校の学級内での人間関係を把握する際に、重要な役割を果たす。特に活用されるのは、「いじめ」があるか否かを調べるときだ。
「みんな仲良く」とは言うものの、実際にその通りにすることは難しい。人の好き嫌いは非常に感覚的なものであり、意識的にコントロールできない。
さらに、礼儀をわきまえ、どうにか人と付き合っていける大人と違い、子供は感情をそのまま行動や言動、態度で表現する。その結果、学級内でいじめが発生するのだ。
しかし、担任の前では、なかなか明らかにされない。担任にいじめの事実を伝えることは、自分が学級内での居場所を失うことを意味するからだ。ゆえに、いじめは外側から発見しにくい。
そこでソシオメトリーを活用する。「誰にどういう感情を抱いているか」を明らかにする問いを学級内の生徒全員に投げかけ、そこで得た答えをもとに人間関係を表と図で表していく。それにより、「誰からも嫌われている子がいじめられているかもしれない」という仮説を立てることができるのである。
また、クラス内で対立が見られるケースでも、このソシオメトリーを使えば、誰と誰がグループを形成していて、それぞれがどのような関係にあるかを把握することができる。さらに、ソシオメトリーで人気のある子を知ることもできる。この人気のある子をキーパーソンにすれば、学校の行事でクラスの連携を図りやすくなる。
ソシオメトリーの特徴
ソシオメトリーには、次のような特徴がある。
個人から生じる感情を3つに分類
先ほど、集団内の人間関係は個人の感情によって成り立つと伝えた。ソシオメトリーではこの感情を次の3つに分ける。
- 選択(親和・牽引)
- 排斥(反感・反発)
- 無関心
選択は、「〇〇するならこの人がいい!」という感情だ。親しみの他、憧れや尊敬が基因となることがある。
排斥は「〇〇するならこの人は避けたい、イヤだ」という感情だ。嫌悪だけでなく、憎悪などもきっかけになる。
無関心は選択と排斥いずれにも当てはまらないケースだ。そもそも何ら関わりを持たない、関わりがあっても感情が湧かない、関心がないといったことが背景にあると見られる。
集団の構成要員の感情から人間関係を視覚化
集団内の人間関係は、外部からだと分かりにくい。内部にいて、何らかの関わりや出来事、感情があってはじめて把握ができる。ただ、それでも人間関係がどうなっているかを適切に把握できるとは言えない。個人には「好き」「嫌い」という感情があるため、集団内の人間関係を主観的に見てしまい、客観的にとらえることはできないからだ。
そこで、集団構成員にアンケートを取って、人間関係を可視化する。
ソシオメトリーの測定方法
ソシオメトリーは、次の5つの方法で個人の心理的な広がりや状態を測定する。これで、人間関係や手段構造を視覚化する。
- 自発性テスト
- 役割演技テスト
- 状況テスト
- 知己テスト
- ソシオメトリックテスト
特に重要なのがソシオメトリックテストだ。これは、人間関係の心理的な動きや集団の構造を分析する方法である。具体的には、対象者に対し一定の基準を設け、「選択」「排斥」を回答させて測る。
例えば、「これから〇〇に旅行に行く。一緒に行きたい人を5人選べ」といった問いを投げかける。ここで5人に選ばれた人は、回答者にとって「選択された人」だ。選ばれなかった人は「排斥」された人となる。
なお、無関心は問いの答えの選択肢には入らない。無関心は自発的に気づけるものではないからだ。「選択」「排斥」いずれにもあてはまらないものが必然的に「無関心」となる。
このテストの結果をソシオマトリックスという表にまとめ、ソシオグラムという図に落としこんでいく。そして、ソシオグラムから人を特定して人間関係を把握していくのだ。
ソシオメトリーの図の作り方
ソシオメトリーの図は次の2段階を経て作成する。
1.ソシオマトリックスを作成
ソシオマトリックスとは、表の縦と横に同じ順番で集団の構成員を並べ、テスト参加者である各個人が回答した内容を記入するものだ。この表を作成することで「選択」「排斥」「無関心」で構成員の地位を数値として把握することが可能となる。また、集団内の人間関係を把握しやすくなる。
具体的には、選択は「〇」、排斥は「×」で記入する。お互いに選択したら「◎」、お互いに排斥したら「キ」(≠)と書く。こうして印をつけ、数値化した結果、集団の構成メンバーは次の4つに分けられる。
- スター(人気者):多くの人から選択された人
- 排斥:多くの人から排斥された人
- 孤立:選択も排斥もされない人(無関心)
- 周辺:選択・排斥の数が少ない人
2.ソシオグラムの作成
ソシオマトリックスを作成したら、これをもとにソシオグラムを作成する。ソシオグラムとは、集団構成員である個々人の選択・排斥の関係を矢印で示し、図表化したものだ。個人は点で表現し、選択は実戦、排斥は破線で書く。
ソシオグラムでは、人気者には実線が多く集まり、嫌われている者には破線が多く集まるのを視覚で確認できる。それにより、集団における人間関係を把握できるのだ。また、集団内のグループやグループ同士の関係を知ることもできる。
ソシオメトリーの2つのメリット
ソシオメトリーには次のようなメリットがある。
1.人間関係を的確に把握できる
人間関係は、そこに存在しても明確に意識しにくい。また、「なんとなくこの2人はうまく行っていなさそうだな」「この人は集団内で浮いているのではないだろうか」という推察に基づいて構成員に質問したところで、正直に答えるとは限らない。
しかし、ソシオメトリーに基づく質問や図表を作成することで、直接質問しても分からなかった集団内の人間関係や構造を視覚的にとらえることができる。
2.個人が集団に適応できているか否かが分かる
ソシオメトリーの図表は「選択」「排斥」に基づいて作成される。結果、誰からも好かれる人や嫌われている人が浮かび上がるのだが、「そもそもなぜ好かれ、なぜ嫌われるのか」といった視点で考えると、「好かれるのは集団に適応しているから」「好かれないのは集団に適用していないから」といったことが推察できる。
つまり、誰が集団に適応し、誰が集団から孤立しているのかを知ることができる。また、集団に適応できるか否かの基準は何なのかを考えるきっかけにもなる。
ソシオメトリーの3つのデメリット
ソシオメトリーにはメリットがある一方、次のようなデメリットがある。
1.好き嫌いの顕在化で人間関係を悪化させる恐れがある
恋愛や因縁といった出来事がない限り、人は他人への「好き」「嫌い」という感情を普段、それほど意識しない。「なんとなくいいな」「なんとなくいやだな」と、非常に感覚的であり、潜在的なものである。
ソシオメトリーに基づいた問いで好き嫌いを聞かれ、言語化することで、それまで本人の中ではっきりとしていなかった「好き」「嫌い」が顕在化し、意識する対象となる。「好き」ならまだしも、「嫌い」となると、それまで滞りのなかった人間関係が悪化し、テストする以前よりも集団運営に手間がかかる恐れがある。
2.差別を助長する
問いの立て方によっては、集団内の差別を助長することにつながる。
「〇〇というイベントを誰と一緒にしたいのか」という問いならまだしも、「あなたの好きな人と嫌いな人を教えてください」「一緒に遊びたくない子の名前を書いてください」といった問いでアンケートを行ってしまうと、アンケート後に集団内で情報交換され、排斥の対象となった人がより排斥されることにつながる恐れがある。
問いの作成にあたっては、「問われる側が問いを見てどういう感情を抱くか」を十分に配慮し、できるだけ間接的な内容にするよう努めるべきだ。また、問いは興味本位で集団内の人間関係を知るためのものではなく、あくまでも現状を冷静に把握し、集団のありようをより良くするためのものであることを忘れてはいけない。
3.作問者の恣意が入りやすい
作問者の意図は問いの作り方に表れやすいが、それだけではない。最終的にソシオマトリックスやソシオグラムといった図表の作成に集約されるが、この段階で作問者の恣意が入ることがある。〇や×、実線や破線といった記号はアンケート結果に基づくにしても、回答者の名前の並べ方で得られる結果が変わることがある。
ソシオメトリーを活用して社内の人間関係を把握・調整し、生産性の向上へ
ソシオメトリーは教育現場でよく用いられる心理的手法だが、ビジネスでも応用できる。子供ほどあからさまでないにせよ、社内や部署内での人間関係が良好でなければ、構成メンバーにとってはストレスになる。最悪の場合には、鬱などによる休職や退職を招いたり、生産性の低下の原因になったりすることもあるのだ。
最悪の事態を未然に防ぐために、ソシオメトリーを使ったテストや図表の作成を通じて、集団内の人間関係や構成を視覚化するのが一つの対策になる。問いの作成やアンケートを実施する状況には十分配慮しなくてはならないが、うまく活用すれば、集団内で孤立しているメンバーをサポートしたり、牽引役に役職を与えたりして生産性の向上につなげることもできるだろう。
文・鈴木まゆ子(税理士・税務ライター)