2021年7月
主任研究員 稲田剛史
コロナ禍で甚大なダメージを受けている産業の一つが旅行産業だ。各国の渡航・入国制限により、拡大を続けてきたインバウンド(訪日外国人客)は消失し、国内旅行においても2020年2月から旅行のキャンセルや旅行を控える動きが出始めた。同年2月14日には、観光庁が国内旅行を検討する人への注意喚起を発し、旅行の際には手洗いや咳エチケットを心掛けるよう呼びかけた。その後、国の専門家会議で感染拡大防止のための基本方針がまとめられ、スポーツ・文化イベントの開催自粛要請や学校の休校要請がされたり、各都道府県知事から不要不急の県をまたいだ移動を控えるよう呼びかけられたりした。同年2月下旬から3月にかけて“自粛ムード”が高まり、個人旅行や修学旅行などの団体旅行のキャンセルが相次ぎ、旅行会社のツアー催行中止も続出した。同年4月7日には7都府県を対象に緊急事態宣言が発出され、同月16日には全都道府県に対象が拡大した。人の移動の制限に加えて政府による大規模イベントの開催自粛要請などもあり、全国各地の様々なイベントが中止・延期となった。国や地方自治体主催のイベントが中止になったほか、音楽・文化イベント、スポーツイベントの中止や延期、無観客での開催、観客の入場制限などの措置がなされた。
このような状況を受け、旅行業界ではコロナ禍を機に変容した社会や生活様式に対応した商品・サービスを開発しながら、回復に努めている。近年、グリーンツーリズムやエコツーリズム、スポーツツーリズム、産業観光、教育観光、医療ツーリズムなど、新たな旅行の形態であるニューツーリズムが注目を集めるようになってきた。ニューツーリズムとは、いわゆる観光地を巡る従来のタイプの旅行ではなく、あるテーマ性を持って行う、または展開・提供される旅行の概念で、体験型、交流型、または実益型などの新しい形態の旅行である。上述したとおり範囲は多岐にわたり、年々新たなテーマ性を持ったニューツーリズムが開発されている。
他にコロナ禍を機に注目を集めたツーリズムとしては、マイクロツーリズムが挙げられる。地域内居住者を対象とし、旅行者が自家用車などで移動しやすいエリアへの旅行を促進するもので、自治体の助成金等も後押しした。また、旅行・観光の疑似体験を提供するオンライン旅行も取り組む事業者が増加している。ただし、オンライン旅行は収益化には苦慮しており、プロモーションの一環として割り切って実施している事業者も見受けられる。オンライン旅行は他業界からの参入も相次ぎ、内容の差別化も求められている。そのほかにも、コロナ禍を機にリモートワークという働き方が拡大したことに伴い、“快適に仕事ができる空間”へのニーズが増加していることから、ワーケーションプランやテレワークプランを造成する宿泊施設も増加した。不動産会社やカラオケ店等、他業界でもテレワーカー向けに空きスペースを提供する企業が増加している。
2020年4月以降の全国的な活動自粛から僅か数ヶ月間で様々なニューツーリズムが展開され続けていることは、日本の旅行・観光関連事業者のこれまでの経験値の蓄積の大きさを示している。同時に、その経験がアフターコロナでの再成長を実現する大きな原動力となるであろう。
観光庁「旅行・観光消費動向調査」によると、2020年の日本人国内旅行消費額は前年比54.5%減の9兆9,738億円となった。2020年7月22日からはコロナ禍で急減した旅行需要の喚起を目的とした「GoToトラベル」事業が実施され、同年8月から9月には宿泊予約状況が前年同月の7~8割水準まで回復する地域もあったが、再び新型コロナウイルスの感染が拡大したことを受けて同年12月28日には運用が停止され、以降は現在まで厳しい状況が続いている。 旅行需要の本格的な回復には、政府の支援策や新型コロナウイルスの終息状況に大きく左右されるが、新たな旅行スタイルをベースとした観光新時代が始まっている。