投資家必見 企業価値を評価するバリュエーションの計算方法3つ
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中村 太郎
中村 太郎(なかむら・たろう)
税理士・税理士事務所所長。中村太郎税理士事務所所長・税理士。1974年生まれ。和歌山大学経済学部卒業。税理士、行政書士、経営支援アドバイザー、経営革新等支援機関。税理士として300社を超える企業の経営支援に携わった経験を持つ。税務のみならず、節税コンサルティングや融資・補助金などの資金調達も得意としている。中小企業の独立・起業相談や、税務・財務・経理・融資・補助金等についての堅実・迅速なサポートに定評がある。

バリュエーションとは、企業価値や事業価値の評価を表す言葉である。M&Aや個人投資の判断などの場面で用いられる。特にM&Aには、バリュエーションの計算方法が複数あり、どれを選ぶかで価額が大きく変わる。それぞれの計算方法の特徴やメリット・デメリットを知っておかないと交渉時に損をしてしまうかも知れない。この記事では、M&Aにおけるバリュエーションでよく出てくる計算方法と株式投資におけるバリュエーションでよく出てくる指標について解説する。

目次

  1. バリュエーションとは
  2. バリュエーションの3つの計算方法
    1. 1.コストアプローチ
    2. 2.インカムアプローチ
    3. 3.マーケットアプローチ
    4. バリュエーションとデューデリジェンスの違い
    5. バリュエーションは専門家に依頼する
  3. 株式投資におけるバリュエーション
    1. 株価純資産倍率(PBR)
    2. 株価収益率(PER)
  4. バリュエーションは複数の方法を用い、総合的に判断

バリュエーションとは

バリュエーションとは、企業価値を評価することをいい、主にM&Aや株式投資の場面で用いられる。M&Aでは、売り手企業の価値を評価し、最終的な売買価額を決める際の叩き台としての役割を担う。株式投資では、株価と企業価値を比較して投資するタイミングを決める指標として活用されている。

M&Aにおけるバリュエーションは、売り手企業の価値(企業価値、事業価値、株式価値)を、公正に評価するために用いられる。なお、バリュエーションがそのままM&Aの成約価額になるわけではない。最終的な売買金額は、買い手側のデューデリジェンス(投資先の価値やリスクを調査すること)を踏まえ、売り手と買い手の交渉で決まるからだ。とはいえ、バリュエーションは、企業がM&Aをすべきかどうかの判断や交渉の叩き台になる重要な数値である。

バリュエーションの3つの計算方法

売り手企業としては、なるべく自社の価値を高く見せたいところであるが、根拠がよくわからない数値を提示しても買い手が付かない。そこでM&Aにおけるバリュエーションは、企業をさまざまな観点から評価できるよう、複数の方法が確立されている。

バリュエーションの方法は、評価対象の違いで、コストアプローチ、インカムアプローチ、マーケットアプローチの3つに区分される。

バリュエーションの計算方法3つとメリット・デメリットを解説

M&Aの売り手・買い手は、それぞれの方法の概要と、そのメリット・デメリットとなる部分を理解することが必要だ。

1.コストアプローチ

M&Aにおけるコストアプローチとは、会社の純資産に着目して売り手企業のバリュエーションを計算する方法である。純資産を使って計算することから、ネットアセットアプローチとも呼ばれる。ネットアセットアプローチの方法には、「簿価純資産法」、「時価純資産法(修正簿価純資産法)」があり、中小企業のM&Aではよく「時価純資産法(修正簿価純資産法)」が用いられる。

【簿価純資産法】
貸借対照表の純資産をバリュエーションとする方法である。

・メリット:簡単にバリュエーションを算定できる
・デメリット:資産や負債の時価が簿価と異なるケースや、簿外負債などがあるケースでは実際の価値とかけ離れることがある

【時価純資産法(修正簿価純資産法)】
こちらも貸借対照表の純資産をバリュエーションとする方法であるが、その際に、資産と負債を時価に評価替えする。簿価よりも実態に近いバリュエーションの算定が可能だ。すべての資産や評価を見直すのではなく、資産であれば棚卸資産、有価証券や土地の見直し、負債であれば退職給付債務の計上を行うなど、時価と簿価の差が大きい部分だけを修正する修正簿価純資産法を使うことも多い。

・メリット 簿価純資産法より実態に近い評価ができる
・デメリット 簿価純資産法より手間がかかる。簿外負債などがあるケースでは実際の価値とかけ離れることがある。

2.インカムアプローチ

インカムアプローチとは、将来の利益を見込んでバリュエーションを計算する方法である。「DCF法」、「収益還元法」、「配当還元法」などがあるが、ここではM&Aでよく用いられる「DCF法」を簡単に解説する。

【DCF法】
売り手企業の事業計画から算定した将来のキャッシュフローを現在価値に割り引き、バリュエーションを計算する方法である。DCFとは「Discouted Cash Flow」、つまり割引キャッシュフローのことだ。DCF法におけるキャッシュフローは、「フリーキャッシュフロー」を用いる。

フリーキャッシュフローとは、自由に使えるキャッシュである。計算は、「EBIT×(1-実効税率)+減価償却費-設備投資-運転資本」で行う。EBITとは、営業利益に支払利息を足し戻し、受取利息を差し引いたものだ。それに「(1-実効税率)」をかけて法人税等を差し引く。税引後営業利益とすることもある。

さらに、これをフリーキャッシュフロー(自由に使えるキャッシュ)に直すため、減価償却費を足し戻し、企業の活動に必要となる設備投資・運転資本を差し引く。現在価値に割り引くための割引率は、「加重平均資本コスト」を用いる。加重平均資本コストとは、企業の資本(株主資本・負債)を、それぞれの調達コスト(配当・利息)で加重平均したものである。資本を提供してくれている株主や債権者に支払わなければならないリターンの割合と考えると捉えやすいだろう。

この割合でフリーキャッシュフローを割り引き、さらに非事業用資産の価値を合わせたものが、DCF法によるバリュエーションになる。

・メリット:将来の可能性をバリュエーションとするため、創業間もない企業の評価に有利。
・デメリット:事業計画をもとにするため不確定な要素がある。売り手の恣意が入る恐れがある。計算が難しい。

3.マーケットアプローチ

マーケットアプローチとは、市場価格をもとに評価する手法である。主な方法に「類似会社比較法(マルチプル法)」がある。

【類似会社比較法(マルチプル法)】
類似会社比較法(マルチプル法)とは、売り手企業に類似する上場会社の企業価値から求めた評価倍率を使って、売り手企業のバリュエーションを算定する方法である。評価倍率は、「EV/EBITDA倍率」を用いることが多い。「EV/EBITDA倍率」は、何年分の営業キャッシュフローで買取価額を回収できるかを表している。

EV(Enterprise Value)とは、企業価値に負債をプラスしたものだ。「株式の時価総額+純有利子負債」で算定する。株式の時価総額は、「発行済株式×株価」で、純有利子負債(ネット有利子負債)は、「有利子負債-現預金」で計算する。

EBITDA(Earnings before Interest, Taxes, Depreciation and Amortization)とは、営業利益に減価償却費を足し戻したものだ。借入金の利息や税金、減価償却といった、国によって値が変わる要素から受ける影響を、なるべく排除した利益のことである。この倍率を、売り手企業のEBITDAに乗じて、そこから純有利子負債を控除したものが、マルチプル法によるバリュエーションとなる。

・メリット:インカムアプローチに比べて恣意の入る余地のない客観的な数字といえる。売り手企業の株価は必要ないため、中小企業のM&Aでも用いられる。
・デメリット:類似会社の選定を誤ると、実際のバリュエーションとかけ離れてしまう恐れがある

バリュエーションとデューデリジェンスの違い

バリュエーションとデューデリジェンスの最大の違いは、実施されるタイミングにある。M&Aにおけるバリュエーションとは、一般に売り手からのオファー価格のことである。したがって、バリエーションがいつ行われるかというと、買い手企業とのマッチング「前」である。

これに対してデューデリジェンスとは、買い手側による売り手企業の事前調査のことである。売り手企業に、財務諸表や提示資料にないリスクが潜んでいないかを調べる。法務や財務などの観点から、それぞれの専門家に依頼して行うことが一般的である。よって、デューデリジェンスが行われるのは、売り手と買い手のマッチング「後」の話である。

バリュエーションは専門家に依頼する

M&Aは、最初から専門家に依頼して買い手とマッチングしてもらう方法と、自社で買い手を探して交渉する方法があるが、いずれの方法でもバリエーションは、公認会計士や税理士、金融機関、M&Aの専門業者などに依頼することをおすすめする。理由は、バリュエーションには、会計とM&A両方の専門知識が不可欠だからである。

バリュエーションの計算だけであれば、簿価純資産法のように単純な方法もある。この方法であれば、専門家の力を借りなくてもバリュエーションの算定は可能だ。しかし、もっとも適切なバリュエーションの方法は、企業の特徴や、売却したい理由、企業の現状などで変わる。複数の方法を用いてバリュエーションを算定し、そこから総合的に判断したほうが良いこともある。

そのため、バリュエーションはどの方法で計算するかを含めて、M&Aの専門家に依頼したほうが良い。

株式投資におけるバリュエーション

個人の株式投資にも用いられるバリュエーションとして、株価に対する指標がある。株価純資産倍率(PBR)と株価収益率(PER)だ。これらは、有価証券報告書などで公開されている数字から、容易に確認することができる。

株価純資産倍率(PBR)

株価純資産倍率(PBR:Price Book-value Ratio)とは、純資産に対して何倍の株価が付いているかを見る指標だ。株価純資産倍率は、「株価/1株あたりの純資産」で計算する。株価純資産倍率が「1」であれば、企業が解散したときの価値と等しいことになる。それを下回ると一般的には割安といえる。

株価収益率(PER)

株価収益率(PER :Price Earnings Ratio)とは、純利益に対して何倍の株価が付いているかを見る指標だ。株価収益率は、「株価/1株あたりの純利益」で計算する。分母の1株あたりの純利益はEPS(Earnings Per Share)といって、「当期純利益/発行済株式」の値になる。株価収益率の値には、適正値のようなものが特にない。投資判断をするときは、一般的に同じ業種の銘柄で比較する。

バリュエーションは複数の方法を用い、総合的に判断

M&Aや株式投資におけるバリュエーションについて解説した。なお、M&Aや株式投資のほかにも特許技術などの知的財産権の買収において、バリュエーションを計算することがある。考え方はM&Aに似ており、インカムアプローチ、コストアプローチ、マーケットアプローチに分かれるが、用いられる計算方法は異なる。いずれにしても、バリュエーションは総合的に判断することが必要となるため、専門家に依頼するのが良いだろう。

文・中村太郎(税理士・税理士事務所所長)

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