機関投資家は、企業経営に大きく関わる投資家であり、その影響力も強い。そのため、機関投資家に対して責任ある行動を求める「スチュワードシップ・コード」という諸原則もある。この記事では、機関投資家の種類や割合、適格機関投資家とは何か、スチュワードシップ・コードの内容等について解説する。
目次
機関投資家とは
機関投資家とは、個人投資家などの金銭を預かって、多額の資金を運用する法人投資家のことである。機関投資家は、取引量や金額が個人投資家に比べてはるかに大きいため、その動向は市場価格に大きな影響を与えている。
機関投資家の割合
日本の投資家のほとんどは機関投資家であると言われているが、実際どのくらいかを見てみよう。東証第一部の2020年における投資部門別株式売買状況によると、投資家別の売買金額は以下のとおりである。
投資家の種類 | 金額 | 比率 |
法人 | 879億円 | 7.80% |
個人 | 2,151億円 | 19.00% |
海外投資家 | 8,217億円 | 72.50% |
証券会社 | 84億円 | 0.70% |
(金額が大きいため、見やすさを考慮して1億円未満を切り捨て)
機関投資家に該当する、法人の投資家は約8%である。海外投資家の売買金額のうち約8,205億円は法人の投資家が占めているため、これも機関投資家に含めると、このデータから把握できる機関投資家は約8割にもなる。
(参考)日本取引所グループ「投資部門別売買状況」、「海外投資家地域別株券」
機関投資家の種類
日本では、どういった団体が機関投資家として稼働しているのだろうか。先ほどのデータで、国内の法人の内訳を見てみよう。
【法人の内訳】
法人の種類 | 金額 | 比率 |
投資信託 | 247億円 | 2.2% |
事業法人 | 129億円 | 1.1% |
その他法人等 | 32億円 | 0.3% |
金融機関 | 470億円 | 4.1% |
「投資信託」とは、投資信託委託会社及び資産運用会社のことである。
「その他法人等」とは、政府・地方公共団体とその関係機関、財団法人、特殊法人、従業員持株会、親睦会、労働組合等の諸団体、金融機関以外の外国企業の在日支店等のことである。
【金融機関の内訳】
金融機関の種 | 金額 | 比率 |
生保・損保 | 18億円 | 0.2% |
都銀・地銀等 | 16億円 | 0.1% |
信託銀行 | 410億円 | 3.6% |
その他金融機関 | 23億円 | 0.2% |
「その他金融機関」とは、信用金庫、信用組合、農林系金融機関、各種共済、政府系金融機関、外国銀行の在日支店等である。
(参考)日本取引所グループ「投資部門の定義」
このように、機関投資家にはさまざまな団体があり、生命保険会社や損害保険会社などは、顧客の保険料を運用している。
世界最大の機関投資家「GPIF」
日本には、世界最大の機関投資家として知られる「年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)」がある。同法人が公開するデータによると、2020年度第2四半期(7月~9月)における運用資産額は167兆円を超える。
(参考)年金積立金管理運用独立行政法人ホームページ「2020年度の運用状況」
適格機関投資家とは
適格機関投資家とは、投資の専門的知識と経験をもつ「一定の者」として、金融商品取引法で定められている機関投資家である。
「一定の者」とは、金融商品取引業者、投資法人、金融機関、保険会社など多岐にわたる。(金融商品取引法第2条第3項第1号、金融商品取引法第二条に規定する定義に関する内閣府令第10条)
適格期間投資家は、一言でいうとプロの投資家のことで、金融商品取引法上では一般の投資家と以下のように区別されている。
・有価証券の取得の申し込みの勧誘をするとき、相手が適格機関投資家のみであれば、私募(いわゆる「プロ私募」)となり、金融商品取引上の募集にあたらない。(金融商品取引法第2条第3項第2号)
・適格機関投資家等特例業務(いわゆる「プロ向けファンド」)に関する特例がある。(同法第63条)
スチュワードシップ・コードと機関投資家
スチュワードシップ・コードとは、「責任ある機関投資家」について定められた、機関投資家の在り方を示す諸原則である。2014 年に日本で策定された後、2017年に改訂されている。そして、2018年6月のコーポレートガバナンス・コードの改訂等を受けて、2020年3月に再び改訂された。
求められる「スチュワード責任」
スチュワードシップ・コードでは、機関投資家に「スチュワードシップ責任」を求めている。「スチュワードシップ責任」とは、自分たちの利益のみ追求するのではなく、投資先の企業価値の向上や成長を促すことによって、自分たちの顧客や受益者に中長期的な投資リターンを与える責任のことである。
企業の成長を促すには、その事業に関する深い理解と、「サステナビリティ(ESG要素を含む中長期的な持続可能性)」を考慮した「目的を持った対話」(エンゲージメント)を、投資先の企業と行うことが求められる。
なお、ESG要素とは、「環境(Environment)」「社会(Social)」「ガバナンス(Governance)」の3つの要素を指す。
スチュワードシップ・コードの8つの原則
スチュワードシップ・コードでは、以下の8つの原則が定められている。
8番目の原則は新設となるが、それ以外は、従来定められていた内容と概ね同じである。
スチュワードシップ・コードの8つの原則には、それぞれ別に指針が示されている。この指針の内容を踏まえて、機関投資家の投資先企業に関係が深い部分について解説する。
原則3の「把握すべき」ものは、具体的には、投資先企業のガバナンス、企業戦略、業績、資本構造、事業におけるリスクや収益機会(社会・環境問題に関連するものを含む)など、企業の成長性に関わる非財務面の項目が挙げられている。
同時に、投資先の企業価値を損ねるような事項があれば、早期に把握するよう努めることも求められる。
原則4の「建設的な目的をもった対話」によって、もし投資先企業に問題点があることがわかれば、より十分な説明を求め、その改善に努めることが求められている。
原則7では、投資先企業との対話を行うための体制整備を行うことを求めている。特に運用機関は、自らの活動を改善するために、投資先企業との対話を含むスチュワードシップ活動の結果公表が求められている。
スチュワードシップ・コードの状況
金融庁は、スチュワードシップ・コードの受け入れを表明した機関投資家を公表しており、2020年11月30日時点では合計291となっている。それぞれが運営するホームページ等で、どのようにスチュワードシップ責任を果たすかを具体的に示しているので、気になる機関投資家があれば確認してみるとよいだろう。
(参考)金融庁HP:スチュワードシップ・コードの受入れを表明した機関投資家のリストの公表について
コーポレート・ガバナンスコードにおける機関投資家
上場企業に求められるコーポレートガバナンス・コードにおいても、機関投資家について触れている部分があるため、あわせて確認しておこう。
コーポレートガバナンス・コードには、5つの基本原則とそこから枝分かれした原則、さらにその原則に対応する補充原則がある。
「原則1-2.株主総会における権利行使」の補充原則である「1-2④」では、上場企業は、自社株主の機関投資家や海外投資家の比率を踏まえて、議決権の電子行使ができる環境づくりや招集通知の英訳を進めるべきとされている。
「1-2⑤」で、信託銀行等の名義で株式を保有する機関投資家等が、自ら議決権の行使を希望する際の対応についての検討が求められている。
コーポレートガバナンス・コードの基本原則5は、「株主との対話」についてである。スチュワードシップ・コードにも出てくるが、株主との「建設的な対話」を通じて、具体的な経営戦略や経営計画などに対する理解を得ることが求められている。
他企業の機関投資家の調べ方
他企業の株主に、どのような機関投資家がいるのか気になることもあるのではないだろうか。この項では、他企業の機関投資家の調べ方を紹介する。
5%ルールや大株主
個別の銘柄をどの機関投資家が保有しているか知りたいときは、「5%ルール」による大量保有者や、大株主を調べる方法がある。
上場株式のうち、同じ銘柄を5%以上保有している株主は「大量保有者」となり、5日以内に、保有割合や取得資金、保有の目的等を記載した「大量保有報告書」を金融庁に提出する義務がある。(金融商品取引法第27条の23)
大量保有報告書は、金融庁の「EDINET」から書類検索で閲覧することができる。
(参考)金融庁:EDINET
また、株式の保有量が多い「大株主」についても、その企業のホームページや有価証券報告書等で確認できる。
有価証券報告書の「株式等の状況」
個別の銘柄で機関投資家の割合を知りたいときは、有価証券報告書の株式等の状況の「所有者別状況」等の項目を見るとよい。
株式を保有する機関(政府及び地方公共団体、金融機関、金融商品取引業者、その他法人、個人等)の人数や所有する株式数・割合を見ることができる。企業によっては、ホームページに別途掲載していることもある。
投資部門別売買状況
機関投資家全体の取引量を把握したい場合は、日本取引所グループの「投資部門別売買状況」を見るとよい。
なお、データは年間・月間・週間で公開されており、週間であれば、一週間遅れにはなるものの、前週の取引金額を確認することができる。
機関投資家は協同していくべき存在
この記事では、機関投資家とは何か、スチュワードシップ・コードの内容や、他企業の機関投資家の調べ方などを解説した。
経営者にとって機関投資家とは、企業を持続的に成長させるために協働していくべき存在である。本記事が、機関投資家についての疑問の解消に役立てば幸いである。
文・中村太郎(税理士・税理士事務所所長)