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(写真=PIXTA)

経営者の高齢化が進む日本では、「事業承継」が喫緊の課題になりつつある。すぐに取り組みたい企業もいるはずだが、スムーズに事業承継を進めるには基礎知識が必要だ。これを機に基礎知識をしっかりと身につけ、自社に最適な事業承継計画を検討してみよう。

事業承継とは?最初に押さえておきたい基礎知識

事業承継とは、現経営者が事業や会社そのものを後継者に引き継ぐことだ。一般的な事業承継では、主に以下で挙げる3つのものが後継者に引き継がれる。

・経営 会社の経営権や、その会社で働く従業員などを引き継ぐ
・資産 株式に加えて、事業を進めるために必要な事業用資産も引き継ぐ
・知的資産 技術や技能、特許、ブランドなど、事業承継では目に見えない経営資源も引き継ぐケースが多い

実際に引き継がれるものはケースごとに異なるが、事業承継は単に経営権を移すことではない。承継後もスムーズに経営を続けられるよう、経営・事業に必要なあらゆるものを引き継いでいく。そんな事業承継にはさまざまな形があるものの、基本的には以下のような流れで行われている。

【1】経営状況や経営課題の明確化 事業承継をスムーズに進めるには、経営状況や課題を後継者に伝えることが必要になる。そのため会社の資産や状況を明確にする目的で、正確な決算書などを作成していく。
【2】経営の改善 事業承継をよりスムーズに進めるために、現時点での課題を解決していく。業績や固定資産を改善するのはもちろん、取引先や金融機関との関係性も意識することが重要。
【3】具体的な計画を立てる 承継をする具体的な方法や承継後の経営方針など、事業承継に関する計画を策定する。詳しくは後述するが、事業承継は方法ごとに特徴が大きく異なるため要注意。
【4】事業承継を実行する 準備が整ったら、計画をもとに事業承継を実行していく。

上記を見てわかる通り、事業承継を進めるにはさまざまな準備が必要だ。準備には経営の改善も含まれるため、準備だけで数年~10年程度を要することもある。したがって経営者は事業承継を考え始めた段階で早めに行動を始めなければならない。準備を万全に整えることが、後継者や従業員の負担を減らすことにつながるため、経営者は余裕をもって準備に取りかかることを意識しておこう。

「事業承継」と「事業継承」の違いとは?

事業承継と似た言葉に「事業継承」と呼ばれるものがある。いずれも同じような意味合いに見えるが、厳密にいえば承継・継承には以下のような違いがあるため要注意だ。

・承継:先代の人物からのものを受け継ぐこと
・継承:先代の人物から身分・仕事・財産などを受け継ぐこと

つまり事業承継は身分・仕事・財産に加えて会社の文化や先代の精神など、目に見えないものまで引き継ぐことを意味する。実際の事業承継では、ほかにも伝統やのれんなども引き継ぐため、事業継承ではなく事業承継といわれているのだ。したがって先代の経営者から後継者に会社・事業を引き継ぐ場合、ほとんどのケースでは「事業承継」という言葉が使用されている。

中小企業が直面する、事業承継の現状とは?

特に経営者が高齢にさしかかる中小企業では、すぐにでも事業承継を進めたいはずだ。しかし実際には計画通りに事業承継を進められず、そのまま廃業してしまう中小企業も数多く見られる。次は、そういった日本国内における事業承継の現状を見ていこう。

3分の2の企業は後継者が見つかっていない

帝国データバンクの調査によると、2018年の日本企業の後継者不在率は66.4%とされている。つまり全企業のうち3分の2は後継者がいない状態であり、今すぐに事業承継を進めることができない。すべての企業が事業承継を望んでいるわけではないが、中小企業にとって後継者不足は深刻な問題になっている。

その深刻さは、経営や事業が黒字であっても廃業を選択する企業が多く存在するほどだ。このような状態が長引けば、国を支えている中小企業の多くが廃業し、国の経済が傾いてしまう恐れもあるだろう。

後継者不足の影響で、高齢経営者が増えつつある

現代の日本では、1940年代後半に生まれた団塊世代の経営者が数多く存在する。彼らは2020年には70歳前後となるが、後継者が見つからないために仕方なく経営を続けているケースも多い。経営者が健康なうちは問題ないが、年齢を重ねるごとに経営者の体力は落ちていく。そして後継者が見つからないまま倒れてしまえば、その会社はもちろん廃業してしまうだろう。

つまり現在のように後継者不足の現状が続けば、今後数年~十数年で多くの中小企業が廃業するかもしれない。日本全体がこのような状況に直面している点は、しっかりと理解しておくべきだろう。

政府も喫緊の課題として認め、積極的にサポートする姿勢を見せている

上記で解説した経営者の高齢化問題を放置すると、日本は今後の10年間で「約650万人の雇用と約22兆円のGDPを失う」とされている。政府もこの点を問題視しており、近年では事業承継を喫緊の課題として受け止めている。その結果として誕生した制度が、後述でも解説する「事業承継税制」だ。事業承継税制とは、例えば相続や贈与によって事業承継を進めた場合に、税金の支払いが猶予される制度である。

この制度は2018年度に改正されており、中小企業の事業承継をさらに手厚くサポートする仕組みになった。前述の後継者不足に加えて、準備に発生するコストや承継後の資金不足などが原因で事業承継を進められない企業も多い。そういった中小企業にとって、この事業承継税制は助け舟のような存在といえるだろう。

実際に、2018年度に納税猶予割合の引き上げや要件緩和が実施されてからは、制度の申請数が年間で15倍ほど伸びている。

事業承継には4つの選択肢がある

事業承継税制の新設・改正などによって事業承継に取り組む中小企業は徐々に増えてきた。しかし身内への事業承継にこだわるなどが原因で、まだ取り組めていない企業も多く存在する。現時点で事業承継の見通しが立っていない企業は、さまざまな方法を模索することが重要だ。事業承継には大きく4つの選択肢があるため、視野を広げるためにも以下で概要をチェックしておこう。

1親族内承継

親族内承継とは、経営者が配偶者や子どもなどの親族に事業承継をすることだ。実はこの親族内承継にも、細かく見れば以下の3つの手段がある。

親族内承継の手段 概要
・生前贈与による事業承継 経営者が健在なうちに、贈与契約書を交わして事業承継をする方法。特定の人物に資産を残せるが、後継者には贈与税が発生する。
・相続による事業承継 生前に遺書を用意しておき、経営者が死亡したときに遺書の内容に則って事業承継を進める方法。後継者には相続税が発生する。
・売買による事業承継 後継者が株式などの購入資金を用意し、会社・事業を買い取る方法。会社の規模によっては、多額の資金が必要になる。

上記の中でも相続は、思わぬトラブルに発展する恐れがある。相続人が複数存在する場合に、ほかの相続人から「遺留分」を求められる可能性があるためだ。遺留分は相続人に最低限認められる権利であり、その権利は遺書においても侵害できない。つまり特定の後継者にすべての資産を残したくても、ほかの相続人次第ではそれが難しくなってしまうのだ。

相続による事業承継を選ぶ場合には、ほかの相続人に対する配慮も必要になるだろう。また会社の状況次第ではリスクを引き継ぐ点も親族内承継で注意しておきたいポイントだ。例えば会社の信用性が低いと、借り入れをしている金融機関から「後継者に個人保証を引き継いでほしい」と求められる可能性がある。

もちろん会社の負債もそのまま引き継がれるため、現経営者は後継者が抱える負担をしっかりと考えることが重要だ。

2親族外承継

親族以外の人物に株式を買い取ってもらう事業承継は、「親族外承継」と呼ばれている。例えば経営能力のある役員や従業員を指名し、後継者になってもらうケースがこれに該当する。親族外承継では社内・社外から広く後継者を探せるが、株式の買取資金が必要になる点が最大のネックだ。承継をする会社・事業の規模によっては、買取資金が多額にのぼるケースもある。

しかしその一方で社内の人物を後継者にする場合は従業員からの理解を得やすい。これまで長年かかわってきた人物が新しい経営者になれば、従業員も安心して業務に臨めるだろう。ただし親族内承継と同じく、親族外承継においても個人保証などのリスクが一緒に引き継がれる。多額の負債があったり、確実に個人保証の引き継ぎが求められたりする状況であれば、資金を費やしてまで会社を引き継ぐ後継者はなかなか見つからないだろう。

3M&A

M&Aは、会社・事業をほかの企業に買い取ってもらう方法だ。現経営者は自社の株式を売却することになるので会社・事業の売却益が手元に残る。売却時点での企業価値が高ければ、多額の利益を得ることも可能だ。また経営者本人の個人保証を解除できる点や後継者問題を一気に解決できる点も、M&Aの大きな魅力といえるだろう。

M&Aと聞いて敵対的買収をイメージする人もいるが、後継者不足の解決策としては非常に効果的であるため、近年では多くの中小企業がM&Aに取り組みつつある。しかしその後の経営に関与できなくなる点は、特に注意しておきたいポイントだ。経営方針や事業内容はもちろん、従業員の処遇についても契約の範囲内で譲受企業(買い手)が決めることになる。

仮に希望条件に合わなかったとしても経営権を失ってからでは手の施しようがない。またそもそも希望する買い手が見つからない可能性も考えられる。メリットがなければ購入資金を費やす必要がないので、自社に何かしらの魅力がなければ買い手はなかなか見つからないだろう。

4株式上場

自社株式を証券市場に上場し不特定多数の投資家に購入してもらう方法だ。上場を果たせば経営と資本を分離させることができ、さらに株式売却による資金調達も実現できる。しかし上場には審査が設けられており、多くの中小企業は要件を満たすことが難しい。準備に数年単位の時間がかかる点も中小企業にとっては大きなネックとなる。

したがって事業承継の必要性に迫られている企業では、株式上場は現実的な手段とはいえないだろう。ここまで解説した通り、事業承継には大きく分けて4つの方法があり、方法ごとにメリット・デメリットが異なる。多くの選択肢を考えておくことは重要だが、事業承継では以下でまとめたメリット・デメリットもしっかりと整理したうえで計画を立てることが必要だ。

メリット デメリット
・親族内承継 ・会社や資産を身内に残せる
・従業員からの理解を得やすい
・経営能力のある身内がいれば後継者を探す手間がかからない
・適任者が見つからない可能性がある
・個人保証や債務などのリスクも引き継ぐ
・相続人同士のトラブルに発展する可能性も
・親族外承継 ・社内と社外から広く後継者を探せる
・従業員からの理解を得やすい
・社内の人材を後継者に選べば業務の引き継ぎもスムーズになる
・株式の買取資金がかかる
・適任者が簡単に見つからない可能性がある
・個人保証や債務などのリスクも引き継ぐ
・M&A ・売却益を手元に残せる
・個人保証を解消できる
・後継者問題を一気に解決できる
・経営権を失ってしまう
・希望条件に合う買い手が見つからない可能性がある
・企業文化や体制が大きく変わってしまう恐れがある
・株式上場 ・経営と資本を分離できる
・資金調達手段としても活用できる
・社会的な知名度が上昇する
・上場審査のハードルが高い
・準備に数年単位の時間がかかる
・経営の自由度が下がる

特に株式上場以外の方法についてはメリット・デメリットだけではなく具体的な流れや周りへの影響もきちんと押さえておくことが望ましい。

事業承継に取り組む中小企業が押さえておきたいポイント

実際に事業承継に取り組む中小企業は、ここまで解説した基礎知識だけではなく、いくつかのポイントを押さえて計画を立てることが重要だ。ケースによって意識するべき点は多少異なるが、以下では特に押さえておきたいポイントを3つ解説しよう。

1早めに取り組むことが原則

事業承継はどのような方法で進めるにしても準備に長い期間を要する。だからといって準備を怠った状態で進めると従業員などの周りから理解を得られなかったり、経営が傾いたりするリスクが高まるので事業承継は早めに準備にとりかかることが原則だ。経済産業省の「中小企業白書」によると実に37.1%の企業が後継者探しだけで3年超の年月を費やしている。

ここからさらに育成や引き継ぎが必要になるので実際の事業承継では5~10年程度の時間がかかるケースも多い。したがって中小経営者は「まだ体が健康だから問題ない」と安易に考えず、余裕のあるうちに行動を始めておくことが必要になる。

2中小企業の事業承継をサポートしている制度

より効率的に事業承継を進めたいのであれば中小企業をサポートしている各制度にも目を向けておきたい。代表的なものとしては、前述でも触れた「事業承継税制」が挙げられるだろう。事業承継税制は相続税・贈与税の納税猶予を受けられる制度だが、さらに要件を満たすとこれらの税金が免除される可能性もある。

つまり相続税・贈与税の負担が実質ゼロになるケースもあるので、これから事業承継を進める中小経営者は確実に押さえておきたい。また2018年度の税制改正では、主に以下の点に変更が加えられた。

旧制度(改正前) 新制度(改正後)
・対象となる株式 発行済株式の3分の2まで すべての発行済株式
・相続税の猶予割合 80% 100%
・対象に含まれる後継者の数 1人の経営者につき1人まで 複数の株主から、最大3人の後継者まで適用
・雇用に関する要件 雇用者数を5年間平均で8割維持すると、納税猶予が継続される 5年間平均の雇用者数が8割を切っても、所定の書面を提出すれば納税猶予が継続される

上記を見てわかる通り改正の内容はいずれも中小企業にとってメリットが大きいものだ。これまで意識してこなかった経営者は、これを機に事業承継税制の概要を確認しておこう。

3公的な相談窓口の利用や、専門家への相談も検討しよう

中小企業庁は事業承継に悩む中小経営者に向けて、日本全国に「事業引継ぎ相談窓口」や「事業引継ぎ支援センター」を設置している。これらの窓口では事業承継に関する助言を受けられるほか、情報提供やマッチング支援なども行っている。また東京都などの各自治体が実施しているサポートにも、しっかりと目を向けておきたい。

相談窓口はもちろん、中小経営者に向けてセミナーを開催している自治体も見られる。近くに公的な相談窓口がない場合には、弁護士などの専門家に相談する方法も一つの手だ。事業承継の計画を立てる際には、ある程度の専門知識が必要になるケースもあるため、第三者の力を借りることも積極的に検討しておこう。

多角的に情報収集を行い、慎重に計画と行動を

特に経営者が高齢にさしかかった企業にとって事業承継はすぐにでも取り組んでおきたい課題だ。仮に後継者が見つかっていたとしても育成や引き継ぎにはある程度の時間を要する。ただし事業承継にはさまざまな形があり、進め方で経営状況が大きく左右されることもあるので計画は慎重に立てる必要があるだろう。

これから計画を立てる中小経営者は、基礎知識を身につけたうえで情報収集を多角的に行い、さらに視野を広くして行動を始めてほしい。

文・THE OWNER編集部