儲かる店はこうして作れ~駅ナカの1坪ショップ
長引くコロナショックが駅の中の店、駅ナカにも影を落としている。JR東日本によると、去年の秋冬でも駅ナカなどの売り上げは37%ダウンという状況だ。
しかし、池袋駅の一画には行列ができていた。去年12月にオープンしたばかりの「MIGNON(ミニヨン)」というミニクロワッサンの専門店だ。店内で焼いており、凄い回転で売れていくから、棚にはいつも焼きたてが並ぶ。
一番人気は甘いバター風味の「プレーン」(100g240円)。芋好きにはたまらないサツマイモを仕込んだクロワッサン「さつまいも」(同260円)や、明太子の風味をピリッと効かせた「明太子」(同290円)などの変わり種もある。
製造元は福岡県北九州市にある昭和23年創業の「クラウン製パン」。昔ながらの手作りで、生地の間にバターを挟み畳んで圧縮…を繰り返し、何層もの生地を生み出していく。こんな手間のかかるやり方で、毎日9万個ものミニクロワッサンを作り送り出している。
その隣りの作業場で作っていたのは北九州市内の小中学校に出す給食のパン。実はこれが売り上げの4割を占め、事業の柱となっていたのだが、コロナの流行で去年春、学校が4ヶ月も休校となり、給食もストップ。「クラウン製パン」は窮地に追い込まれた。
そのピンチを救ったのが生産者直売のれん会。駅ナカ不況の中、あえて池袋の駅ナカに店を作り、クロワッサンを買い取って販売、大ヒットさせた。
「我々は作るのは得意ですが売るのは下手。販売が得意な『のれん会』さんにお願いできて非情に心強い」(松岡隆弘社長)
「のれん会」は2013年にもカンブリア宮殿に登場。あちこちの駅の構内に1坪ほどの小さなショップを作り、全国各地の様々な商品を売っていた。優れた商品を作っているのに販路や売るノウハウを持たない中小の生産者を支援する会社だ。
社長の黒川健太は「駅ナカの1坪ショップの市場規模の統計データはないのですが、膨大なはずです。ここでシェア1位になれば、全国のメーカーさんにとってなくてはならない存在になれると信じてやっています」と言う。
7年前に登場した時の「のれん会」の仕組みは、中小の食品メーカー100社が会員。「のれん会」は会員の商品を買い取って1坪ショップなどで販売。売れ残っても返品しない、メーカーのリスクの少ないルールにした。
店舗にも大きな特徴がある。一言で言うなら「神出鬼没」。この日は東武野田線大宮駅の構内に出没した。出店期間は1週間。店舗そのものを作り、販売も「のれん会」のスタッフが行うから、会員メーカーはただ任せておけばいい。およそ1時間で何もなかったところに、マンゴープリンを売る1坪ショップが出現した。ちなみに店舗の枠組みなどは自社で製造。だから最適な物が安く作れるという。
宮城県美里町の「木の屋石巻水産」も会員の1社。東日本大震災で被災し、製造していた缶詰は流されて泥まみれに。それを従業員が洗って販売したこともあった。震災から2年、新工場が完成、ようやくまた缶詰が作れるようになった。
大手メーカーは通常、冷凍物を使うが、「木の屋」は石巻港で水揚げされた生の魚を缶に詰め、後で炊き上げる。その新工場には黒川の姿もあった。生産者のこだわりを直接聞くためだ。
「やはり作っているところを見ると、売る気持ちが入ります。ここにお客さんは来られないが、僕らがここで見た感動を伝えながら売りたい」(黒川)
ただ販売するのではなく、商品の良さ、作り手の思いをしっかり客に伝えて売るのだ。
コロナショックからの復活~手土産から「おうち土産」へ
生産者直売のれん会の本社は東京・浅草。コロナショックで大きなダメージを負った。
「基本的に4月8日から全店休業で、5月の売り上げは前年比90%ダウンでした」(黒川)
直営の常設店はすべて休業、イベントや催事なども軒並み中止になった。その後、再建をかけて打ち出した戦略があった。
「コロナ禍で家族の食事がちょっと豊かになったり、彩りが添えられたり。家を出た日に『おうち土産』を買って帰る。これを手土産に変わるマーケットとしようというのが狙いです」(黒川)
キーワードは「おうち土産」。池袋駅のミニクロワッサンもこの「おうち土産」で大ヒットした。観光土産や人と会う時の手土産の需要は大きく減ったが、家族といる時間が増え、「おうち土産」の需要は、高まっているのだ。
2008年から「のれん会」とタッグを組んできた広島の「八天堂」。「のれん会」会員の中でも最も有名な、冷やして食べる「くりーむパン」(230円)が看板商品。フワフワの生地にクリームがたっぷり、口コミだけで大ヒットした。独自製法で生み出したおいしさだ。手頃な手土産として浸透し、国内のみならず海外にまで広がった。
だが、コロナで人と人の会う機会が激減し、2020年5月期の売り上げは7割も減った。
「去年の3月から5月は本当に危ない状況と思うほど切羽詰まった感がありました。東京に進出して13年目ですが、その前の倒産しかかっていた時と同じ危機感がありました」(森光孝雅社長)
しかし、「のれん会」の戦略が功を奏し、今回の危機も回避に向かっている。家族への「おうち土産」と謳うことでクリームパンの売り上げが上向いたのだ。
この戦略に手応えを感じた八天堂は新たな「おうち土産」も開発した。パン生地にバターの塊をいくつも入れて丸めていく。さらに表面には天然塩を散らし焼き上げる。新たに作ったのは長いブームが続く「塩バター食パン」(750円)だ。
仕込んだバターが生地に溶け出し、「バターが焼いている最中に溶け出すことで、底面が揚げ焼きのような状態になり、カリッとした新しい食感が演出できていると思います」(開発部・上杉哲哉さん)と言う。ちょっと贅沢なおうちで食べるご馳走として売れ始めた。
「変化がピンチとチャンスを同時に生んでいる。コロナショックが100年に一度のパンデミックとするなら、100年に一度のチャンスが生まれているのは間違いない」(黒川)
1坪ショップの達人が伝授~売れる店の作り方とは
黒川のビジネスの原点は昔ながらの酒屋さんの中にあるという。店の真ん中に置かれているのは冷蔵ケース。中には豆腐製品がぎっしり。酒屋さんはこのおかげで売り上げを伸ばしている。酒を買いに来たついでに買ってくれるのだ。珍しい豆腐のつまみについ手が伸びる。こんなやり方で、売り上げ減少に悩む酒屋さんを喜ばせながら、売れる豆腐売り場を新たに作り出した。
黒川は起業する前、コンサルティング会社「ベンチャー・リンク」である豆腐メーカーの販路の開拓を担当。豆腐の他にも売れるものはないかと、黒川は全国の食品メーカーを訪ねて回った。そこで中小のメーカーの現実を知ることになる。
「いい物を作る会社さんほど販売が得意でないことも分かってきました。全国の数限りないメーカーさんを回りましたが、無名で、百貨店などで見かけない商品を食べてみると、感動する商品がたくさんあることに気付いたんです」(黒川)
そんなメーカーを支援するため、2007年、生産者直売のれん会を立ち上げる。食品の工場直売をメインにしたビジネスモデルだったが、不況が重なり、挑戦しようというメーカーを確保できなかった。
その頃、広島県三原市で倒産の危機に直面していたのが「八天堂」だ。以前は一軒のパン屋さんだったが、店を増やし、広島県内に10店舗を構えるまでに成長。しかし拡大路線が裏目に出て赤字に苦しんでいたのだ。そんな時に出会ったのが黒川だった。
「厳しくて、これに賭けるぐらいの覚悟を決めてやりました。ありがたいことに最高の出会いをさせていただいた。『のれん会』との出会いがなければ、今の『八天堂』はなかったといっても過言ではないです」(森光社長)
事業に行き詰っていた黒川にとってもこれが、大きな出会いとなる。
「最初食べた時にビックリしました。食品事業に関わっていながら、見たこともない商品がまだ地方にあることに感動しました」(黒川)
「くりーむパン」を、黒川は日常食のパンではなく、特別なスイーツとして売れるのではないかと考えた。しかし、当時、「のれん会」は資金力も信用もないベンチャー企業。売り場にも困り、東京・北区の十条銀座商店街で、廃業してシャッターが下りていた店の前を借り、クリームパンを販売した。看板はダンボールに手書き。それでも完売した。
この「くりーむパン」販売で「のれん会」と八天堂は倒産の危機を脱出。以後、パートナーとして共に成長していったのだ。
「のれん会」もう一つの戦略~コロナ禍で工場直売の開設
コロナからの外出自粛の波が、好調だった駅ナカビジネスに急ブレーキをかける。ここで黒川は、先ほどの「おうち土産」と共にもう一つの戦略をぶち上げた。
「工場の直売所はコロナ禍でも大きく売り上げが伸びている。地方の工場の直売所に行くこと自体がレジャーで、そこでしか出せない、できたての商品があれば、完全に追い風が吹いています」(黒川)
打ち出したのは起業した時から考えていた工場直売の活用だった。
成功例が岡山県倉敷市にある。卵メーカーの「阪本鶏卵」は、鶏に独自に開発した餌やアルカリ天然水などを与え、おいしいと評判の卵を生産。その自慢の卵を惜しげもなく使い、厚焼き卵など様々な加工品を作り、弁当メーカーなどに卸してきた。
しかし、コロナの影響から外食の卵需要が減り卵の相場も暴落。経営危機に陥ったのだ。「売り上げが目に見えるほど減って不安を感じました。どうやったら売り上げを取り戻せるのか、この先どうなるのか、と」(阪本晃好社長)
そこで相談したのが「のれん会」。前回のカンブリア宮殿の放送を見て、知ったという。
すると「工場直売でイベントを重ねてファンを作っていった事例があります」(「のれん会」伊藤拓哉)から、工場直売をプッシュされた。そして始めたところ、直売所の前には行列ができるようになった。
客のお目当ては「ゆで卵サンド」(350円)。自家製ゆで卵にオリジナルの卵ソースをたっぷり混ぜ、これでもかと塗っていく。その厚さは卵ペーストだけで4センチに。
鶏肉のそぼろ入り「鶏そぼろサンド」(400円)や、焼きたての「厚焼き卵」(500円)、ここでしか買えない「茶碗蒸し」(150円)も人気だ。
「(のれん会は)すごく心強いです。売り方などで困った時にアドバイスをいただくと改善される。進化しているのを自分たちでも感じています」(阪本社長)
直売所の売り上げが月400万円超に。その成功で阪本鶏卵は窮地を脱した。
「神谷バー」の名物で、浅草発の土産菓子を
コロナの影響を今また大きく受けているのが観光業。以前は地方や外国からの観光客でにぎわっていた東京・浅草。1月末、仲見世通り商店街を見てみると、86軒のうちおよそ3割が休業。4軒は廃業していた。
コロナは小売店にとどまらず、製造業者にもダメージを与えている。浅草で土産菓子などを製造している「製菓川喜多」。創業70年、レーズンサンドを主力商品に地道な経営を続けてきたが、「コロナ禍で9割近く落とすとんでもない状況です。2度目の緊急事態宣言はきついですね」(川喜多洋二社長)という。
この窮地に頼ったのが「のれん会」だった。黒川には「川喜多」で注目していた商品があった。「電気ブランレーズンサンド」だ。「電気ブラン」と言えば浅草の名物店「神谷バー」のオリジナル。知名度も抜群のブランデーベースのカクテルだ。
「『電気ブラン』はアルコールが強いお酒なので、酒として飲むのはハードルが高い。甘いものにしていただいて、これを機会に少しでも(『電気ブラン』の)とっかかりになればと思っています」(「神谷バー」神谷直彌社長)
この有名なカクテルとコラボすべく川喜多は1年前から開発をスタート。レーズンは電気ブランに漬け込み、クリームにも「電気ブラン」を入れ、香りを強調した。出来上がったレーズンサンドは「神谷バー」と一緒に試食。お互い納得がいくまで何度も試作し、完成度を高めてきた。
「我々はメーカーで販売ノウハウが乏しいことを痛感していた。『のれん会』で思い切り売っていただきたいというのが本音です」(川喜多社長)
販売からが「のれん会」の出番。黒川は2つ提案した。まずパッケージの見直し。川喜多が作っていたのはいかにも「土産菓子」というデザインだったが、「電気ブラン」のラベルを意識し、はっきりとコラボしていることが分かるデザインに変えたのだ。
次は得意の神出鬼没戦略。商品を知ってもらうべく、あちこちの1坪ショップで『電気ブランレーズンサンド』(1240円)の販売を始めた。コロナ真っ只中での新商品発売はリスクもあったが、黒川は言う。
「新しいことをやる機運はコロナがなかったころより高まっている。この『電気ブランレーズンサンド』は5年後、10年後、浅草に行った時に買う商品の一角に入っていると信じています」
~村上龍の編集後記~
黒川さんは、コロナ禍で、「種」は適した「土壌」でこそ実ることに改めて気づいた。自分たちは小売でも飲食でもなく生産者支援事業、売り方はいくらでも変えればいい。家で飲むようになった、ならば「家飲み用のつまみ」を小売りしてもいい、飲食店に客が来るのを待つなんて、らしくないじゃないかと。平時には、需給バランスは均衡が保たれている。有事には、空白域が豊富になる。具体的に「家族土産」と「工場直売所」が空白域だった。「小さな失敗を誰よりも早くたくさん繰り返す」気概で、生産者直売のれん会は頑張る。
<出演者略歴>
黒川健太(くろかわ・けんた)1975年、東京都生まれ。1999年、ベンチャー・リンク入社。2007年、同社の子会社として発足した生産者直売のれん会社長就任。2010年、MBOで独立。
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