スタートアップ企業のM&Aが増えてきている。今回は、スタートアップ企業のM&A のメリット・デメリットについて、買い手側・売り手側のそれぞれの立場から徹底解説する。また、近年注目されたスタートアップ企業のM&A事例も紹介するので、ぜひ参考にしてほしい。
目次
存在感を増すスタートアップ企業
スタートアップ企業とは、既存の価値観にとらわれず新たなビジネスモデルで事業を行う企業のことだ。変化の激しいIT業界でスタートアップ企業が生まれやすいことから、スタートアップ企業というとIT企業をイメージする人も多いだろう。最近では、インターネット関連事業を手掛けるスタートアップ企業も増えてきている。
すでに成熟した市場に参入するのではなく、市場そのものを開拓していくことがスタートアップ企業の特徴だ。スタートアップ企業は時代の最先端をいくことから、創業から数年ということも少なくない。また、新しい発想やアイデアを持っている一方で、資金力や経験値に関して課題を抱えているケースもある。
スタートアップ企業と、資金力や経験値を持つ企業がM&Aをすることで、お互いの悩みを解決できるかもしれない。
M&Aとは
M&Aとは、「Mergers(合併)」と「Acquisitions(買収)」の略で、2つの企業が1つになったり、企業が別の企業を買収したりすることをいう。M&Aというと、メディアのイメージから悪い印象を持つ人もいる。しかし、実は敵対的買収と呼ばれる強制的なM&Aはほんの一部でしかなく、ほとんどのM&Aは友好的に行われている。
そもそも、上場し株式が公開されていなければ、強制的なM&Aは不可能だ。そのため、2つの企業の経営陣が同意したうえで、友好的にM&Aが行われることがほとんどだ。
スタートアップ企業のM&Aのメリット
事例紹介に移る前に、スタートアップ企業のM&Aについて、買い手側・売り手側双方のメリットを解説する。
スタートアップ企業のM&A:買い手側のメリット
スタートアップ企業を買収する側のメリットとして、「発想や時間をお金で買える」ことがある。
新規事業を始めることには、大変な労力が必要とされる。新しいアイデアや発想をもとに事業を始めても、当然失敗するリスクがある。事業を始める前には、人材を集めたり、市場調査をしたりしなければならない。失敗した時の損失ははかりしれない。
しかしスタートアップ企業を買収することで、ある程度成長が見込めるビジネスを自社の事業として育てていくことが可能になる。
他にも、スタートアップ企業の創意工夫や挑戦をよしとする社風が、自社の社風にいい影響を与えることも考えられる。スタートアップ企業には優秀な人材が多いため、仮にビジネスがうまくいかなかった場合も、採用コストだと考えればいい。
スタートアップ企業のM&A:売り手側のメリット
売却する側のスタートアップ企業にとっては、潤沢な資金や経営の経験値、顧客・取引先などの人脈がメリットとなる。スタートアップ企業の弱みを補うことで、今後ますます事業が成長する機会を得られるだろう。
また、スタートアップ企業の経営者個人としては、多額の売却益を得られることがメリットだ。廃業するには、不動産を処分したり、従業員の勤め先に気を配ったり、金銭的にも精神的にも大きな負担がかかる。廃業コストだけで、数百万円にのぼることも少なくない。
その点、M&Aで会社を売却すれば、廃業コストがかからないばかりか売却益を受け取れる。従業員も引き続き雇用され、顧客にも商品・サービスが提供されるため、精神的にも廃業よりメリットは大きいだろう。
その後は、早期リタイアして悠々自適の生活を送ってもいいし、売却益を元手に新たな事業を始めてもいい。
スタートアップ企業のM&Aのデメリット
M&Aを検討するなら、メリットだけでなくデメリットにも目を向けることが大切だ。続いては、買い手側・売り手側双方のデメリットを解説する。
スタートアップ企業のM&A:買い手側のデメリット
まず、M&Aでスタートアップ企業を買収するには、必ずコストが発生する。コストに見合った成果が得られなければ、投資は失敗ということになる。そのため、費用対効果をしっかり見極めてM&Aを決断することが大切だ。
また、優秀な人材を確保する目的でM&Aをしたものの、企業文化が合わずに人材が流出してしまうリスクもある。事業を継続させるうえで不可欠なキーマンとはしっかりコミュニケーションをとったり、自社と買収先企業の企業文化を見極めたりしておくことが大切だ。
さらに、買収後に事業内容や過去の契約などに問題が見つかるケースもある。このような問題が起きないよう、M&Aを実行する前には、専門家に依頼してデューデリジェンス(買収監査)を行う必要がある。専門家を介さずにM&Aを実行することは大きなリスクをともなうことは理解しておきたい。
スタートアップ企業のM&A:売り手側のデメリット
M&Aによって優秀な人材が流出したり、売却先の企業と企業文化が合わなかったりすると、事業が立ち行かなくなってしまうケースがある。事業を継続させたいという想いがあるなら、経営陣の経営方針や能力に問題はないか、企業文化は合うかなど、M&A実行前にしっかりチェックしておくようにしたい。
また、経営者個人としては、想定していた金額で売却できない可能性がある。希望する売却額では買い手が見つからなかったり、買い手は見つかったものの条件交渉によって値下げされたりすることは、売却側のデメリットといえるだろう。
信頼できるM&A仲介会社に依頼し、事業や会社の価値に見合った売却額で売却できるよう、交渉を重ねていくことが大切だ。
さらに、M&Aを検討し始めた多くの経営者は、「このまま自分が事業を続けるべきか、今売却すべきか」という悩みを抱くだろう。この判断を誤ると、後悔することになる。正しい経営判断を下すためにも、信頼できる経営者仲間や税理士、M&A仲介会社など、さまざまな人の意見に耳を傾けるようにしたい。
スタートアップ企業のM&A事例3選
続いて、スタートアップ企業のM&A事例を3つ紹介する。スタートアップ企業の経営者で売却を検討中の人も、スタートアップ企業を買収して事業拡大をはかりたい人も、参考にしてほしい。
M&A事例1:KDDIのソラコム買収
KDDIは、2017年にIoTスタートアップ企業のソラコムを買収した。買収金額は約200億円ともいわれている。KDDIはソラコムを取り込むというより、同社の成長を加速させたいという姿勢を貫く。ソラコムの代表取締役社長も、あらゆる可能性を考えたうえで「KDDIがベストパートナーだと思った」と語っている。ソラコムのCEOは海外進出も見越してKDDIとのM&Aを決断したという
M&A事例2:ヤフーのdely買収
ヤフーは、2018年にレシピ動画サービス「kurashiru(クラシル)」を運営するスタートアップ企業のdelyを約93億円で買収した。ヤフーは、ヤフーユーザーの満足度向上とともに、クラシルの収益力強化も目指すと発表している。近しい分野だからこそ、相乗効果が期待されるM&Aといえるだろう。
M&A事例3:LINEのファイブ買収
LINEは、2017年にスマホ向け動画広告配信サービスを展開するスタートアップ企業ファイブを買収した。ファイブは2014年設立のスタートアップ企業で、創業後数年の大型売却として注目された。LINEはLINEマンガやLINE BLOGでファイブの技術力を活かし、広告事業を拡大していく方針だ。
スタートアップ企業のM&Aの種類2つ
M&Aの種類には、主に株式譲渡と事業譲渡の2種類がある。それぞれの特徴について解説していく。
M&Aの種類1:株式譲渡
株式譲渡とは、スタートアップ企業の経営者が、保有する株式を売却先の企業もしくは個人に売却する方法だ。売却益は、スタートアップ企業の経営者が個人として受け取ることになる。そのため、所得税の課税対象となる。
会社の出口戦略としてM&Aを考えているなら、株式譲渡が適しているだろう。株式譲渡をすれば、売却した会社とのつながりはなくなり、経営者の地位も株主の地位も手放して自由に生きられる。
M&Aの種類2:事業譲渡
事業譲渡とは、スタートアップ企業の経営者が、事業にまつわる不動産や商品のみ売却先の企業もしくは個人に売却する方法だ。売却益は、スタートアップ企業が受け取ることになるため、法人税の課税対象となる。
複数の事業を行っており、一部の事業のみを売却したうえで、他の事業は今後も継続していきたいという場合に適している。経営者であり株主である立場がなくなるわけではないので、事業譲渡後も会社経営を続けていくことになる。
スタートアップ企業のM&Aを検討しているならM&A仲介へ相談を
M&Aには、専門的で高度な税金の知識が必要とされる。M&Aを実行すると、必然的に所得税や法人税を納めることが必要になるが、計算方法を誤ると多額の追徴課税が請求されることになりかねない。また、スキームを駆使することで、納めるべき税金を効果的に圧縮することも可能だ。
また、M&Aの売却価格の決定や条件交渉においても、M&Aの経験値の有無がものをいう。M&Aの売却価格は、一定の計算式はあるものの、売り手と買い手の合意に基づいて決まる。そのため、シナジー効果をどのように想定するか、事業計画をどのように作るかによって、価格は大きく違ってくる。
リスク対策としても、金銭的メリットを最大限享受するためにも、M&Aの経験が豊富な専門家の存在は欠かせない。M&Aを検討中なら、まずはM&A仲介会社に相談することが大切だ。
スタートアップ企業のM&Aは売り手・買い手の双方にメリットがある
スタートアップ企業のM&Aは近年増加傾向にある。売り手にとっては、売却益を受け取りながら事業の成長機会を得られるというメリットがあり、買い手にとっては、事業拡大や新規事業参入のための投資戦略として注目されている。
自社に合った売却先・買収先との出会いがあれば、自分の人生にとっても会社の将来にとってもプラスになるだろう。しかるべき専門家に相談しながら、M&Aの効果を最大限引き出すようにしたい。
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文・木崎涼(ファイナンシャルプランナー、M&Aシニアエキスパート)