中小企業経営者
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中村 太郎
中村 太郎(なかむら・たろう)
税理士・税理士事務所所長。中村太郎税理士事務所所長・税理士。1974年生まれ。和歌山大学経済学部卒業。税理士、行政書士、経営支援アドバイザー、経営革新等支援機関。税理士として300社を超える企業の経営支援に携わった経験を持つ。税務のみならず、節税コンサルティングや融資・補助金などの資金調達も得意としている。中小企業の独立・起業相談や、税務・財務・経理・融資・補助金等についての堅実・迅速なサポートに定評がある。

「選択と集中」という言葉を聞いたことがある経営者は多いだろう。もとは海外の経営者が提唱した経営戦略であったが、日本でも有名になった言葉だ。今回は、選択と集中の考え方やメリット、注意点といった基本的な内容に触れ、選択と集中の実例から成功のポイントについて解説する。

目次

  1. 選択と集中とは
    1. 選択と集中は誰の言葉か
    2. 選択と集中とコングロマリット
  2. 選択と集中のためのM&A
  3. 選択と集中のメリット3つ
    1. メリット1.経営資源の集中により業績アップ
    2. メリット2.コストの削減
    3. メリット3.知名度の向上
  4. 選択と集中の注意点3つ
    1. 注意点1.環境の変化に対応しにくい
    2. 注意点2.コア事業の選択ミス
    3. 注意点3.従業員や株主等の反発
  5. 「選択と集中」の実例から見る成功事例2つ
    1. 選択と集中の例1:日立製作所
    2. 選択と集中の例2:シャープ
  6. 中小企業における選択と集中
    1. 「ランチェスター戦略」の考え方に近い?
  7. 選択と集中の成功のポイント
    1. 事業計画は現実的に
  8. 中小企業経営者こそ活用すべき「選択と集中」の考え方

選択と集中とは

「選択と集中」とは、複数の事業を手掛ける会社が得意とする事業を選択し、その事業に会社の経営資源を集中投下することで、効率よく業績アップさせる経営戦略である。

成長が見込める事業に、多くの資金や優秀な人材といった資源を集中させるというものだ。

どのような企業でも、手掛ける事業すべてを成功させるのは難しく、経営資源には限りがある。それなら、得意とする事業に限りある経営資源を集中させ、その事業だけを一気に押し上げたほうが、短い時間で企業を急成長させられる。

選択と集中には、事業のダウンサイジングを伴うものが多い。伸ばす事業を選択すると同時に、業績のよくない事業は廃止・売却するというものだ。

不採算事業を排除することで、その事業のコストカットができ、その分だけ選択した事業に経営資源を集中させられるのだ。

選択と集中は誰の言葉か

「選択と集中」という言葉を提唱したのは、経営学者であるピーター・ドラッカーと言われている。また、選択と集中を体現して世界に広めたのは、1981年にゼネラル・エレクトリック社のCEOに就任したジャック・ウェルチである。

彼はドラッカーを尊敬し、その分野でのシェアが1位か2位になれる事業だけを会社に残すという指針を持ち、リストラを伴う大規模な選択と集中を行って、ゼネラル・エレクトリック社の急速な成長に貢献した。

その経営手腕は高く評価され、最高の経営者・伝説の経営者として、日本の経営者にも影響を与えた。

当時の日本では、経営を多角化してリスクを分散し、長く生き残れる会社を作ることがトレンドであったが、選択と集中という考え方が、この風潮を見直すきっかけになったと言われている。

選択と集中とコングロマリット

コングロマリットとは、さまざまな事業を多角的に展開する複合企業のことで、選択と集中とは対極にある経営戦略である。

複数の事業が集合することでシナジー効果が期待でき、単体で事業を営むよりも、組み合わせることで高い業績を上げることができれば、コングロマリットの成功といえる。

2020年の新型コロナウイルス感染症の影響により、外部環境の突然の変化によるリスクを分散できるコングロマリットにも注目が集まっている。

【コングロマリットの例】

・日立製作所(家電、エネルギー、IT、鉄道事業等)
・富士フィルム(カメラ、医薬品等)
・カネボウ(繊維事業、化粧品等)
・ヤマハ(楽器、音楽教育、バイク等)
・ダスキン(清掃サービス、衛生用品、ミスタードーナツ等)

後ほど、日立製作所が選択と集中によって経営危機を乗り越えた成功事例を紹介する。

置かれた状況で経営方針を変更するのは当然であるが、選択と集中、コングロマリットは対極にある手法に見えても、企業の発展にはどちらも重要な戦略である。なお、先述のゼネラル・エレクトリック社もコングロマリット企業である。

ただし、コングロマリットは各事業の成長がうまくいかないと、企業の価値をかえって損ねてしまう「コングロマリット・ディスカウント」が発生し、複合企業全体の価値が、それぞれが単体で事業を営んだときの価値の合計より低くなることもあり得るのだ。

選択と集中のためのM&A

M&Aといえば買収のイメージがあるが、売り手側が戦略的に不採算事業を切り離すため、売却を行うこともある。

このケースは、まさにM&Aを事業の選択と集中のため活用していると言える。

「採算がとれない事業なのに、第三者に売却できるのか」と思うかもしれないが、選択と集中に取り組んでいる企業もあれば、多角化経営を目指してノウハウが蓄積された既存の事業を求めている企業もある。

多角化を目指しているような買い手とマッチングすれば、不要な事業でも売却することは可能だ。

選択と集中のメリット3つ

企業経営に選択と集中を導入するメリットをまとめると、次のようになる。

メリット1.経営資源の集中により業績アップ

限られた経営資源を成長性や収益性の高い事業に投下することによって、効率的に企業を成長させることができる。

同時に不採算事業を縮小・廃止することで、その事業で消費していた経営資源を、選択した事業に集中させることができる。

メリット2.コストの削減

選択と集中によって事業をダウンサイジングすることにより、管理コストや人件費などの削減に繋がる。

メリット3.知名度の向上

特定の部門でシェア上位を獲得できれば、企業の知名度や信頼性が向上する。さまざまな事業に手を広げるよりも、1つの事業に特化した経営の方が効率的である。

選択と集中の注意点3つ

選択と集中には、企業の短期間での成長が期待できる反面、リスクを伴うこともある。

注意点1.環境の変化に対応しにくい

1つの事業に特化すると、環境の変化による売上減少という問題に直面したときの対応が難しい。例えば、スマートフォンカメラの性能向上でデジタルカメラの需要が下がるなど、資本を集中投下して開発した商品に、ライバルとなる代替品が出てきてしまうケースなどである。

特に、新型コロナウイルスのような、対面型サービスなどに一定の業種の売上に大きく影響する事象が発生した時、選択と集中でその事業に特化していることで、そのダメージは計り知れない。

注意点2.コア事業の選択ミス

選択と集中においてはコア事業の選択が重要であるが、選択する事業に妥当性がなければ、思い描いた成長とはかけ離れた結果となることもある。

既に成長性に限りがある事業を選択したり、他社が優れた技術を持っている製品を選択したりすると、せっかく経営資源を集中投下したのに売上が伸びないという事態に陥る。

選択と集中はリスクを伴う経営戦略だからこそ、強みとなりうる事業が何なのか、短期的な数値だけでなく将来の成長性やリスクを分析して選択する必要がある。

注意点3.従業員や株主等の反発

選択と集中には、大量解雇という悪いイメージを持っている人もいる。そのため、一時的に株価が下落したり、選択と集中を行っても事業が成長しなければ、さらなる株価の下落を引き起こす恐れもある。

また、長い間継続してきた事業部門が売却・廃止となれば、従業員等から反発が起こる可能性がある。

「選択と集中」の実例から見る成功事例2つ

最後に、選択と集中の事例を見ながら、成功のポイントを考えてみたい。

選択と集中の例1:日立製作所

コングロマリット企業である日立製作所は、リーマン・ショック以降、連続の赤字であった。

そこで、不採算事業であったテレビ、携帯電話やパソコンなどを切り離し、本業である重電機に集中したところ、黒字に回復した。

選択と集中の例2:シャープ

選択と集中で液晶テレビの生産に特化し、当初は好調であったが、リーマン・ショックが発生した頃から経営が悪化した。

その後、地デジ化によるディスプレイ特需の終了、LGやサムスンといった韓国企業など競合の登場、液晶テレビ事業等への巨額の投資などから、一時は経営破綻寸前の窮地に立たされた。

中小企業における選択と集中

大企業が行う選択と集中は、ダウンサイジングを伴う取捨選択であることが多いが、中小企業にこのような戦略は馴染まない。

「ランチェスター戦略」の考え方に近い?

中小企業で選択と集中を取り入れるならば、マーケティング戦略の中で自社の強みが活かせる市場を選択して、集中的に経営資源を投下していくことになるだろう。

弱者の戦略とも呼ばれる「ランチェスター戦略」に近い考え方になる。そうなると、選択と集中がとても身近なものに感じるのではないだろうか。

個人開業の多い税理士業にも、業種や業務を選択してそれに集中することで成功している例がある。例えば、特定の業種の税務顧問に特化するケースだ。

同じ業種だと、税務上問題となりやすい点もある程度は重複するが、特殊な税務が多い業種であっても、それに特化してしまえば問題ない。業界に関する知識が深まることによって、少人数体制でも水準の高いサービスが提供できるのだ。

業務に対する選択と集中もある。例えば、相続を専門に業務を絞っている事務所がある。

1つの業務に特化して成功できるのは、業務を絞ることでノウハウが会社に蓄積され、その結果、サービスの質が飛躍的に上がるからである。そうなると、サービスの質の高さが宣伝効果となって、口コミなどによって次の顧客との出会いに繋がる。

どの業種にも、こうした選択と集中による成功事例というのは、身近にあるのではないだろうか。

選択と集中の成功のポイント

選択と集中によって、限られた経営資源を効率的に運用しなければならないのは、中小企業も同じである。むしろ、大企業よりも資源の少ない中小企業にこそ、選択と集中は重要な考え方といえるだろう。

限られた資金や人員、設備で、誰に届くサービスを目指すのか、最も効果的な選択をしなければならない。選択と集中の成功のポイントは、「選択」にあるといえるだろう。

「選択」には、情報と分析が必要であり、経営上のリスクとなるものを正しく分析して認識しなければならない。

事業計画は現実的に

経営者には釈迦に説法であるが、SWOT分析や5Force分析といったフレームワークを徹底して行った上で経営のリスクを洗い出し、その影響を考慮した現実的な事業計画を立てることが重要である。

もし、分析の結果、強みになりそうな事業がなければ、今は必要とされているもの1つ1つに丁寧に取り組む時期なのかも知れない。そういった場合には、敢えて選択しないことも大切だ。

続けることによって、そこに新たなニーズが生まれて顧客が集まることもあるため、継続した上で、後々選択と集中を検討してもいいのではないだろうか。

中小企業経営者こそ活用すべき「選択と集中」の考え方

選択と集中について、その考え方やメリット、注意点などを解説した。選択と集中は、弱者である中小企業こそ、まず事業計画を作る上で検討して欲しい経営戦略である。

限られた経営資源である「ヒト・モノ・カネ」を最も効果的に運用する選択と集中は、リスクも伴うため、経営者の責任として慎重な検討が必要である。

文・中村太郎(税理士・税理士事務所所長)

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