経済
(画像=PIXTA)

近年では、中小企業がM&Aによって事業承継を進めるケースが増えてきた。しかし、M&Aは失敗するリスクもあるため、中小経営者は正しい知識を身につけておくことが必要だ。そこで今回は、M&Aの代表的な手法である「吸収合併」について解説をしていく。

目次

  1. そもそも「合併」とは?
  2. 合併には2つの種類がある!吸収合併と新設合併の違い
    1. 吸収合併消滅会社とは?
  3. 吸収合併とほかの手法の違い
  4. 吸収合併のメリット4つ
    1. 1.経営の効率化を図れる
    2. 2.税制面で優遇を受けられる
    3. 3.新規分野参入のハードルが下がる
    4. 4.社会的な信用力が高まる
  5. 吸収合併のデメリット3つ
    1. 1.さまざまなコストが発生する
    2. 2.組織が巨大化し、管理が難しくなる
    3. 3.従業員のモチベーションが下がってしまう恐れがある
  6. 従業員の処遇はどうなる?吸収合併時の注意点
    1. 1. 特に消滅会社の従業員は大きな不安を抱える
    2. 2.本来の事業活動とのバランスが崩れることも
  7. 合併等で悩んだらM&A仲介会社に相談も
  8. 吸収合併を成功させるには、十分な知識と準備が必要

そもそも「合併」とは?

合併とは、複数の法人をひとつに統合する手法のことだ。近年ではM&Aの代表的な手法として知られており、中小企業の間でも合併は多く実施されている。

合併の大きな特徴としては、対象会社のすべての権利・義務などが、最終的にひとつの会社に集約される点が挙げられるだろう。合併後には資産や負債などを統合し、複数の法人が完全にひとつの企業になるため、合併は"対象会社同士の結びつき"を非常に強くする手法と言える。

一方で、買収や業務提携、資本提携も企業同士が結びつく手法だが、合併に比べると企業同士の関係性はそれほど強くない。

合併には2つの種類がある!吸収合併と新設合併の違い

実は上記で解説した合併には、「吸収合併」と「新設合併」の2種類がある。前者は既存会社が他企業を吸収するタイプの手法、後者は新規設立した会社に権利・義務などを承継させる手法だ。

吸収合併と新設合併には、他にもいくつか違いが見受けられるので、主な違いを以下で押さえておこう。

主な違い吸収合併新設合併
・消滅する企業権利・義務を吸収する以外の企業対象に含まれるすべての会社
・権利や義務を受け継ぐ企業既存会社のいずれか新設会社
・株主が受け取るもの存続会社から現金や株式、社債のいずれかを受け取る新設会社から株式、もしくは社債のいずれかを受け取る
・許認可や免許の扱いそのまま引き継がれる新たに申請・取得する必要がある

上記のうち吸収合併は、親会社が子会社を吸収したい場合や、中小企業のM&Aなどで用いられるケースが多い。新設合併に比べると、許認可の再申請などの手間を抑えられる手法であるため、日本国内で単に「合併」と言えば"吸収合併"を指すケースが一般的だ。

そのため、本記事でもこれ以降の内容については「吸収合併」を中心として解説を進めていく。

吸収合併消滅会社とは?

吸収合併を実施する企業は、すべての権利・義務を承継する存続会社と、それ以外の消滅する会社に分けられる。このうち消滅するすべての会社は、ひとくくりに「吸収合併消滅会社」もしくは「消滅会社」と呼ばれるケースが多い。

仮に自社が消滅会社に該当する場合は、株主に対してきちんと事前説明をすることが必要だ。吸収合併を実施すると、自社の株式も同時に消失することになるため、消滅会社は株主に対して「新株予約権者への通知」を行わなくてはならない。

そのほかの手続きは存続会社と基本的に同じだが、株主に対する通知の部分だけ大きく異なるので、消滅会社に該当する場合は注意しておこう。

吸収合併とほかの手法の違い

企業間でM&Aを実施したり協力関係を築いたりする場合、その主な手法は「合併・買収・提携」の3つに分けられる。以下では、これらの手法の違いを簡単にまとめたので、M&Aなどを計画している中小経営者はしっかりと理解しておこう。

主な違い合併(吸収合併)買収提携
・支配権の有無ありありなし
・統合される範囲すべての権利・義務・株式譲渡…株式の取得割合によって変わる
・事業譲渡…一部の事業
統合されない
・消滅会社の有無存続会社以外はすべて消滅なしなし
・企業間の結びつき非常に強い強い弱い

株式譲渡をはじめとした買収では、買収側の企業に支配権は発生するものの、権利・義務の一部は被買収企業に残る形となる。そのため、権利・義務も含めて完全にひとつの会社になる吸収合併に比べると、買収における企業間の結びつきはやや弱いと言える。

また、業務提携・資本提携に関しては、そもそも企業同士が統合をする手法ではない。したがって、3つの中では最も企業間の結びつきが弱い手法となるが、その代わりに関係性を解消しやすいメリットがある。

つまり、どの手法を選ぶのかによって相手企業との関係性は大きく変わってくるので、経営者は「将来的にどのような会社を目指しているのか?」を意識しながら、各ケースに最適な手法を選ぶことが重要だ。

吸収合併のメリット4つ

ここからは、吸収合併に絞って解説を進めていこう。吸収合併には他の手法にはないメリットがいくつかあり、自社に最適な手法を選ぶためには、そのメリットを正しく理解しておく必要がある。以下では、吸収合併のメリットを詳しくまとめたので、検討中の経営者はひとつずつ確認していこう。

1.経営の効率化を図れる

吸収合併をすると、経営体制や経営方針を他会社と一元化できるため、経営の効率化につながる可能性がある。ほかにも一元化できるものは数多くあり、具体的なものとしては共通部門や事業方針、ノウハウ、人材などが挙げられる。

さらに、既存顧客や取引先を統合できる点も吸収合併ならではの魅力だろう。営業管理システムを一元化すると、単に売上の上昇を見込めるだけではなく、システムコストの削減にもつながる。

2.税制面で優遇を受けられる

上記で解説した営業管理システムに加えて、税務面でのコスト削減につながる点も吸収合併のメリットだ。たとえば、新設合併の登録免許税は「資本金の全額×税率(0.15%)」で計算されるが、吸収合併では"資本金の増加分"のみが課税対象になる。

さらに、赤字の会社を吸収合併する場合には、子会社の赤字と親会社の黒字を相殺できる可能性がある。ただし、ケースによっては「租税回避」と判断される恐れがあるため、消滅会社の繰越欠損金を利用したい場合には専門家を頼ることが望ましい。

3.新規分野参入のハードルが下がる

吸収合併では、各企業で不足しているさまざまな経営資源を補い合える。たとえば、ノウハウや技術、知識、従業員、設備などをうまく補い合えば、単独では難しかった新規分野にも参入しやすくなるはずだ。

仮に新規分野へ参入しない場合であっても、会社全体の競争力が高まる点は大きなメリットになる。実際に鉄鋼業界などでは、業界内での高い競争力や地位を確立するために、トップレベル同士の企業が吸収合併するケースが珍しくない。

4.社会的な信用力が高まる

吸収合併を実施すると、世間からは「存続会社には合併をする余裕がある」と一般的には受け止められる。つまり、存続会社の競争力や経営状態の良さをアピールできるため、社会的な信用力を高める目的で吸収合併を実施する例も存在する。

社会的な信用力が高まるメリットは、消費者や取引先が増えることだけではない。金融機関からの評価もアップするので、資金繰りも一気に改善される可能性があるだろう。

吸収合併のデメリット3つ

吸収合併には魅力的なメリットがある反面で、注意しておきたいデメリットもいくつか潜んでいる。吸収合併を検討している経営者は、以下のデメリットやリスクにも目を通したうえで、慎重に計画を進めていこう。

1.さまざまなコストが発生する

吸収合併には一部コストの削減につながる側面があるものの、実施するとさまざまなコストが発生してしまう。具体的なコストとしては、主に以下のものが挙げられる。

・株主や債権者への支払い
・専門家への依頼料や相談料
・システムや事業を統合するためのコスト
・人材を融合させるためのコスト
・資本金の増大によって発生するコスト など

また、吸収合併後の従業員の給与については、高いほうの水準に合わせるケースが一般的だ。つまり、人件費も増える可能性が高いため、吸収合併では「ランニングコストの増大」に注意したい。

2.組織が巨大化し、管理が難しくなる

競争力や新規参入などの観点では、組織の巨大化は大きなメリットと言える。しかし、その反面で管理が複雑化する点は、事前に理解しておかなくてはならないデメリットだ。

組織が巨大化すると、たとえば責任の所在が曖昧になったり、意志の共通が難しくなったりなどの弊害が起こる。これらのリスクが顕在化しないように、特に合併後の経営体制については綿密な計画を立てる必要があるだろう。

3.従業員のモチベーションが下がってしまう恐れがある

吸収合併をすると、存続会社・消滅会社のいずれの環境も大きく変わる。実際に、吸収合併の実施後に強いストレスを訴える従業員は多く見受けられ、悩んだ結果「退社」を選択してしまう従業員も珍しくはない。

また、意外と見落としがちなポイントだが、環境の変化は経営者自身のモチベーションにも影響を及ぼす恐れがある。たとえば、吸収合併が当初予定していた形と異なると、理想の経営体制を築くことが難しくなるので、どうしてもモチベーションを維持することが困難になってしまう。

従業員の処遇はどうなる?吸収合併時の注意点

上記で紹介したデメリット以外にも、吸収合併にはいくつか注意しておきたいポイントがある。特に以下で解説する2点は、思わぬトラブルに発展する恐れがあるので、吸収合併の計画を立てる前にしっかりと確認しておこう。

1. 特に消滅会社の従業員は大きな不安を抱える

前述でも触れたが、吸収合併を実施すると従業員にはさまざまな影響が生じる。特に消滅会社の従業員は、これまでライバル関係にあった会社から吸収される形になるため、より大きな不安を抱えがちだ。

消滅会社の従業員の処遇については、吸収合併時に結ぶ労働契約によって変わってくる。つまり、相手企業との契約内容によって処遇は変わってくるので、消滅会社側の経営者は「従業員の処遇」を相手企業と入念に話し合っておくべきだろう。

また、労働契約に関する内容がある程度固まったら、ひとり一人の従業員と話し合う場を設けて、今後の契約内容をきちんと説明しておきたい。

2.本来の事業活動とのバランスが崩れることも

吸収合併における統合作業の負担は、想像以上に大きい。会社の業務やシステムはもちろん、細かいノウハウや経営理念、従業員の意志なども統合する必要がある。

そこで注意しておきたいポイントが、「本来の事業活動とのバランス」だ。各従業員が統合作業だけに集中していると、本来の事業活動に割けるキャパシティが失われるので、それに伴って会社の売上も減ってしまう。

したがって、吸収合併の前には統合作業の流れについても十分に確認しておき、本来の事業活動とのバランスをうまく保つことが重要だ。

合併等で悩んだらM&A仲介会社に相談も

ここまでを読むと分かるように、吸収合併をスムーズに進めるには専門的な知識が必要になる。また、対象会社の規模や業種、エリアなどが変わると意識するべきポイントも異なるので、できれば実績・経験が豊富な専門家に相談をしておきたい。

中小企業の主な相談先としては、日本M&Aセンターをはじめとした「M&A仲介会社」が挙げられるだろう。M&A仲介会社は、事業承継やM&Aに関するさまざまなアドバイスをくれるため、何らかの悩みを抱えた時点で早めに相談をしておこう。

吸収合併を成功させるには、十分な知識と準備が必要

吸収合併はM&Aの代表的な手法だが、企業によっては実施後に深刻なリスクが顕在化することもある。そのため、相手企業が見つかったからと言って、安易に契約を結ぶ行動は危険だ。

今回紹介したメリットを最大限享受するには、十分な知識と準備が必要になる。自社の力だけで計画を立てることが難しい場合には、無理をせずに専門家に相談することを早めに検討しておきたい。

著:片山 雄平
1988年生まれのフリーライター兼編集者。2012年からフリーライターとして活動し、2015年には編集者として株式会社YOSCAに参画。金融やビジネス、資産運用系のジャンルを中心に、5,000本以上の執筆・編集経験を持つ。他にも中小企業への取材や他ライターのディレクション等、様々な形でコンテンツ制作に携わっている。
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