新型コロナウイルス(COVID-19)の影響による販売不振や営業自粛で、多くの企業や店舗が経営難に陥っている。経営者として事業の継続を考えるとき、不振となっている事業の人員整理が脳裏をよぎることもあるだろう。人員整理は、やり方を間違えれば訴訟にも発展しかねないデリケートな問題だ。実際には弁護士をはじめとする法務のエキスパートと一緒に検討することになるが、基本的な知識は前もって身につけておきたい。
目次
リストラとは
リストラという言葉を聞くと、誰もが最初に思い浮かべるのは人員整理や解雇だろう。1990年代初頭にバブル(平成バブル)が弾けた時には、報道などで何度となく聞いたが、まずこのリストラ(Restructuring:リストラクチャリング)という言葉を正しく理解しておきたい。
人員整理だけがリストラではない
リストラクチャリングは、「再構築」を意味する英単語だ。事業規模や従業員の増減にかかわらず、「組織の再構築」を行うことを指す。つまり、人員整理ありきの改革手法ではなく、事業効率化のための会社組織の再構築を表す言葉なのだ。
日本においては1980年代に行われた国鉄民営化時の人員整理や、1990年代初頭のバブル崩壊時に行われた人員整理でリストラという言葉が盛んに使われるようになり、本来の意味とは異なる、解雇を伴う人員整理をリストラ(整理解雇)と呼ぶようになった。それ以来リストラという言葉には、ネガティブなイメージがつきまとうようになった。
日本とは事情が違う欧米のリストラ
リストラという言葉が使われるのは、日本だけではない。欧米においても、会社組織の再構築時には解雇を含むリストラが行われる。ただし、アメリカなどでは「At-Will(任意の雇用)」が原則となっており、理由に関わらずいつでも雇用関係を解消できることになっている。
従業員側からでも雇用主側からでも雇用関係を解消できる。もちろん不当解雇(報復的解雇、誠実さを欠く解雇、契約不履行、不公正な解雇など)は許されないが、終身雇用が基本であった日本とは、そもそも成り立ちが違う。解雇されやすいが、能力があれば再雇用の門戸も広いのが欧米の特徴だ。
レイオフとは何が違うのか?
日本ではあまり馴染みのない言葉だが、欧米の雇用事情でよく聞くのが「レイオフ」とい言葉だ。レイオフ(layoff)とは、業績悪化などにより従業員に一時的な解雇を通告することだが、こちらもリストラと同義の言葉になりつつある。
これまで、伝統的な製造業などで行われるレイオフは「将来の優先再雇用条件付き解雇」であったが、近年は再雇用が想定されないレイオフ(事実上の整理解雇)も増えている。この傾向は、特に金融業やハイテク産業などの現代産業で顕著だ。
解雇の種類
一般的に、雇用主から従業員に雇用関係の解消を通告することを「解雇」というが、これにはいくつか種類がある。代表的なものを説明しておこう。
普通解雇
一般的に解雇とは、この普通解雇を指す。解雇には他に懲戒解雇や整理解雇などがあるが、これ以外の解雇のことを普通解雇と呼ぶ。普通解雇の理由には、「職務遂行能力の欠如」「病気やケガなどで回復の見込みがなく、長期間業務に従事できない」などがある。懲戒解雇や整理解雇は理由が明確だが、普通解雇の場合、上記のような理由によらない使用者の主観的な解雇も多く、問題になることがある。普通解雇の場合、使用者は少なくとも30日前に労働者に対してその予告をしなければならず、30日前に予告をしない場合は30日分以上の平均賃金を支払わなければならない(労働基準法第20条)。
懲戒解雇
懲戒解雇を一言で表すと、「労働者の責に帰すべき事由に基づく解雇」だ。つまり、懲戒解雇は使用者の理由によって行われるものではない。「労働者の責に帰すべき事由」とは、主に以下のようなものが該当する。
・事業場において刑法犯に該当する行為(横領、傷害、窃盗など)があった場合
・雇用の際、採用条件の要素となるような経歴(学歴、逮捕歴など)を詐称した場合
・長期間(原則として2週間以上)正当な理由なく無断欠勤し、出勤の督促に応じない場合
・賭博、ハラスメント行為などにより職場規律を乱し、他の労働者に悪影響を及ぼす場合
実際は勤務態度などを考慮し個別に判断されるが、上記の項目が懲戒に相当する事由として就業規則に記載されていることが多い。また、前述の労働基準法第20条(解雇の予告)には「労働者の責に帰すべき事由に基づいて解雇する場合においてはこの限りでない」と明記されており、解雇予告や30日分以上の平均賃金の支払いは不要だ。
不当解雇
そもそも不当解雇は、解雇の種類ではない。ただし、解雇において最も問題になることが多いのが不当解雇だ。今回の本題である整理解雇(リストラ)を説明する前に、注意しなければならない不当解雇について確認しておきたい。
不当解雇とは、使用者側が法律の規定や就業規則などの取り決めを守らずに、労働契約を一方的に解除する行為を指す。一般的に解雇は使用者の裁量によって行われるため、その判断基準が恣意的であったり、報復的であったりした場合は労働者がこれを不服とし問題化する可能性が高い。不当解雇には、以下のようなものがある。
・内部告発をした社員に対し、報復的な解雇などをした場合
・合理的な理由なく退職を強要した場合
・法律や雇用契約、就業規則の定めを守らずに退職させた場合
・懲戒であっても、他のケースと比べ明らかに重い処分によって解雇した場合
・明らかに不公平・不公正な解雇など
不当解雇の訴えがこじれると裁判に発展する場合もあるので、解雇にあたっては十分注意しなければならない。
整理解雇(リストラ)
整理解雇は普通解雇に属するが、法律で定められた言葉ではない。一般的には事業を継続することが困難な場合に行われ、使用者から雇用契約を解除されることを指す。懲戒解雇や通常の普通解雇との違いは、解雇の事由が労働者側ではなく使用者側にあることだ。
問題になりやすい整理解雇で満たすべき4つの要件
明らかな不当解雇でなくとも、解雇に話し合いはつきものだ。労働者側からすれば使用者の理由によって職を失うことになるため、受け入れがたいのは理解しなければならないだろう。一般的に整理解雇にあたっては、以下の4つの要件を満たす必要があると言われている。
人員整理の必要性
法律による基準はないが、人員整理を行わなければ会社を存続できないという明確な理由、および人員整理の必要性を説明できなければならない。
手続きの妥当性
人員整理の必要性や時期、補償、方法について真摯で十分な説明がなされ、手続きが妥当であることを労働者に納得させる必要がある。そのためには、あらかじめ労働契約や社内規定などに、解雇協議条項や解雇同意条項などを記載しておく必要がある。
整理解雇の回避努力義務の履行
会社が経営不振に陥ったからといって、すぐに整理解雇が進められるわけではない。経営側には整理解雇に進む前に、それを回避するための努力が求められる。具体的には、経費削減や経営効率化、残業の削減、新規や中途採用の中止、人員の配置変更、出向、転籍や希望退職者の募集などだ。つまり整理解雇は、経営不振を改善するためのあらゆる努力を行った後の最終手段というわけだ。
対象者選定の合理性
最後は、対象者(被解雇者)選定の合理性だ。ここに明らかな合理性がなければ、不当解雇として問題になる可能性がある。一般的には会社への貢献度や勤務成績など、双方が納得する定量的な判断基準が必要になる。
リストラの手順
労働者をリストラする際は、上記の4要件を満たすことを前提に以下のように進める。
・経費削減や残業の削減、役員の報酬カット、資産売却など経営効率化策の実施
・新規や中途採用の中止
・人員の他組織への配置変更、社外への出向、転籍など、人件費削減策の実施
・希望退職者の募集
・退職勧奨(退職金の積み増しや再就職斡旋による退職の奨め)の実施
・組合があれば組合との交渉、従業員への経営状況の説明
・整理解雇の予告・実施
リストラの判例
過去にリストラが行われた事例において、問題が司法の判断を仰ぐ状況にまで発展し、合法や違法と判断された例を紹介しておこう。
合法とされたリストラの判例
日本を代表する航空会社が会社更生手続き中に行った整理解雇に対し、従業員数十名がその有効性について訴訟を起こした。第一審では整理解雇は無効と判断されたが、控訴審では第一審の判断を覆し、整理解雇は有効とされた。
本件では「人員削減の必要性」「解雇回避措置の相当性」「人選基準の合理性」「解雇手続きの相当性」が検討され、これらを総合的に考慮して判断するとされたが、第一審と控訴審では「人選基準の合理性」について判断が分かれ、異なる判決に至った。
※本件の人選基準は「過去の勤務評定(欠勤などの実績も含む)」と「年齢」であり、裁判では会社更生手続き後の企業の競争力に利する人材かどうかの判断が、合理的であったかどうかが焦点となった。
前述のとおり、従業員にとってリストラとは使用者の理由によって職を失うことであり、相当な理由なしには受け入れがたい通告である。特に人選の合理性については、最重要項目として取り扱わねばならない。
違法とされたリストラの判例
ある自動車学校(教習所)が解散となり、従業員には譲渡先企業(両社の経営主体は同じ)での再雇用条件が示されたが、元の労働条件を大幅に下回るものであった。自動車学校は再雇用を希望する従業員に退職届の提出を求め、提出した従業員は全員譲渡先企業で再雇用された。退職届を提出せずに解雇された従業員は、労働条件が悪化することに不同意な従業員を排除する目的で解雇が行われていると主張し、訴訟を起こした。
原告(従業員側)の解雇は解雇権濫用により無効とされ、原告との労働契約はそのまま譲渡先企業に移行したと認定された。経営主体が同じ企業間での事業譲渡において、元の企業の解散と従業員の解雇を行い、特定の従業員だけ再雇用することは公序良俗に反すると判断されたのだ。
リストラの検討と事業売却
リストラを検討する際は、人員も含めた事業売却も検討すべきだ。基本的には、従業員に労働条件を変えずに新しい会社に移行してもらうことが前提になる。事業売却先の会社が同意してくれるなら、会社としては効率化を図りながら問題なくリストラできる最適な方法と言えるだろう。
リストラでは丁寧な説明と真摯な姿勢が必要
リストラの成否を一言でまとめるとすれば、「リストラしなければならない理由」と「あなたでなくてはならない理由」を合理的に説明できるかどうかにかかっている。説明とリストラの実施にあたっては入念に準備し、4つの要件を満たした上で、真摯な姿勢で行う必要がある。
文・長田小猛(ダリコーポレーション ライター)