人材育成に力を入れたいが方法がわからないという企業の経営者も多いだろう。今回は、人材育成に特に力を入れている企業をランキング形式で紹介し、各企業の研修制度の特徴を詳しく解説する。自分の会社にも取り入れられる側面があるかどうかぜひチェックしてほしい。
人材育成の目的とは? 最終目標は会社を永続的に発展させていくこと
仕事に従事する時間は、人生で過ごす時間のうちでも大部分を占める。仕事を通じてさまざまな経験を積めることができれば、公私共により豊かな人生を送れるだろう。働く側にとって、企業が人材育成に力を入れているかどうかは、非常に重要な問題だ。
では、企業にとっての人材育成の目的とは何だろうか。企業は、利益をヒト・モノ・カネ・情報といった経営資源に配分することで、事業を発展させていく。中でも、特にヒトにフォーカスした投資が人材育成だといえる。
人材育成とは、企業にとって社内の重要な資源ともいうべき人材を、社内外のあらゆるリソースを活用しながら育てることを指す。ひとくちに人材育成といっても、具体的なゴールは企業によってさまざまだ。
経営に参画できる幹部を育てたい。商品・サービス開発で優秀なアイデアを出す社員を増やしたい。現場の生産性向上に対する社員の意識を高めたい。グローバルに活躍する人材を育成したい。生涯を通じて、やりがいを持って長く会社に貢献してほしい。企業はそれぞれに目的を持ち、目的に沿った人材育成の制度を充実させている。
企業は存続するために利益を上げ続ける必要があり、人材育成も慈善事業で行っているのではない。人材育成の最終目標は、利益を最大化させて会社を永続的に発展させていくことだ。
社員は自分自身の成長を通じて企業に貢献し、企業はさらにそれによって得られた利益を人材育成に投資する。このようなサイクルが生まれることで、企業にとっても社員にとってもwin-winの望ましい在り方が実現するだろう。
人材育成に力を入れている企業の特徴5つ
では、人材育成に力を入れている企業には、どのような特徴があるだろうか。次に挙げる5つの特徴と、自分が勤めている会社のケースを照らし合わせてみることで、人材育成の方法にヒントが見つかるかもしれない。
研修制度が充実している
人材育成に力を入れている企業は、必ずといっていいほど研修制度が充実している。新入社員研修や階層別研修の他に、特定のスキルを取得できる研修やライフプランの設計をサポートする研修など、企業ごとに特色のある研修制度が用意されている。
福利厚生などが充実している
人材育成に注力していることは、すなわち社員を会社の財産として大切にしているという意味だ。社員食堂やスポーツジム、専用の研修施設、企業内保育所といった施設が充実している会社は、社員を大切にする姿勢を形で示していることになる。
また、ベビーシッターを会社で契約するなど、女性が生涯にわたって仕事を続けられるようにサポートしている会社もある。家族を招いて職場見学会を開いたり、子どもの学校行事で特別休暇を取得できたりするなどの充実した福利厚生も、社員にとってより働きやすい職場を実現するだろう。
柔軟な働き方ができる
最近では、育児や介護といった家族状況の変化に応じて、社員が柔軟な働き方を選択できるようにサポートする企業が増えている。育児・介護時短勤務、子どもの看護休暇、介護休職制度など、柔軟な働き方に対応して制度を拡充している企業なら、家族に不測の事態が起きた場合も仕事を続けることができるだろう。
また、始業・終業時間に縛られないフレックスタイムや、場所を自由に設定できるリモートワークや在宅勤務を取り入れ、生産性の向上と社員にとっての働きやすさの両方を可能にしている企業もある。
しかし残念ながら、制度がつくられていても実際には社員がほとんど利用していないケースも少なくない。経営者は制度の実施だけでなく、柔軟な働き方を実践しやすい職場の雰囲気づくりにも注意を払う必要がある。
社員間のコミュニケーションが活発
人材育成を重視している企業では、社員間のコミュニケーションが活発という特徴がある。日々の業務に追われていると、自分の仕事に直接関係する部署の社員としか会話しないことが多い。しかし、研修制度が充実していると、他部署の社員とも自然と意見交換できるようになる。
また、人材育成や福利厚生が充実している会社では、社内行事も多い。するとお互いのプライベートを知る機会も多くなり、和気あいあいとした空気が生まれる。社員間のコミュニケーションに注目するのも、人材育成に力を入れている企業のポイントだ。
社員の仕事に対するモチベーションが高い
人材育成に力を入れている企業は、モチベーションの高い社員を歓迎している。採用時にも意欲的な人が選ばれ、入社後の研修を通じて、さらに向上心に磨きがかかっていく。モチベーションの高い社員が集まることで、お互いに切磋琢磨し合うポジティブな雰囲気が生まれる。
モチベーションの高い社員が多ければ、自ら積極的に発案し、現場の声を反映した研修制度が生まれることもよくあるだろう。
1人当たりの研修費が高い企業ランキングトップ10
続いて、日経WOMANキャリアで紹介された「社員1人当たりの研修費ランキング」を基に、人材育成に対して熱心に取り組んでいる企業を紹介する。
上位を占める企業を見ると、商社やメーカーなど世界的にも競争率の高い業種が目立つ。グローバルな競争に備えて、人材開発にも力を入れる必要があるためだと見られる。
- 1位 DMG森精機 58万4,905円
- 2位 野村総合研究所 44万6,081円
- 3位 三井物産 43万3,685円
- 4位 積水化学工業 32万9,471円
- 5位 日立建機 31万8,877円
- 6位 三菱商事 26万1,780円
- 7位 武田薬品工業 22万7,728円
- 8位 持田製薬 21万3,986円
- 9位 東京エレクトロン 20万8,600円
- 10位 ジョンソン・エンド・ジョンソングループ 20万7,026円
出典:日経WOMANキャリア「人を活かす会社」調査ランキング・社員一人あたり研修費(2015年調査より)
続いては、それぞれの企業概要と特徴的な研修制度を紹介する。
1位 DMG森精機 58万4,905円
DMG森精機は、ものづくり業界を支える工作機械の総合メーカー。設立は1948年で、売上高は5,012億円、42ヵ国に156拠点を持つ大手企業だ。社員数は1万3,042人で、グローバルに活躍できる人材育成に力を入れている。
人材育成に対する姿勢は、売上高の1%を社員教育に充てるほどの徹底ぶりだ。2006年には、社員の専門技術と管理能力を高めるために「DMG森精機アカデミー」を設立した。研修内容は多岐にわたり、新入社員から役員まで役職ごとに行われる階層別研修や、TOEIC対策講座、オンラインで工作機械が学べる教育制度、最新の加工技術や産業界のトレンドを学べる公開セミナーなどがある。
2位 野村総合研究所 44万6,081円
野村総合研究所は、証券業・保険業・流通業・製造業・コンサルティング事業などを幅広く手掛ける日本屈指の大手企業。略称はNRI、または野村総研で、15ヵ国に41拠点を持つ。設立は1965年で、売上高は5,012億円、社員数はグループ全体を含めて1万2,578人に上る。
野村総合研究所は、単に人材育成を重視しているだけでなく、女性の活躍推進にも積極的に取り組んでいる企業としても有名だ。役職別プログラム、キャリア基礎研修、グローバル人材育成プログラムなどがあり、海外短期研修や派遣留学などの項目も盛り込まれている。また、インストラクター制度を導入しており、先輩のアドバイスを受けながらスキルアップを図ることができるのも魅力だ。
3位 三井物産 43万3,685円
三井物産はインフラ・化学品・金属・エネルギーなどの幅広い事業分野で成果を上げている大手企業であり、日本の五大商社の一つといわれる。売上高は6兆9,600億円、66ヵ国・地域に138拠点を持つ。社員数はグループ全体を含めて4万3,993人。
欧米のトップビジネススクールでの2年間にわたる研修制度(MBA)、諸外国への海外派遣プログラムなど、グローバルに活躍できる人材を育成する体制が充実。2011年には、米国ハーバード大学と提携した独自の企業内ビジネススクールも立ち上げている。スキルアップはもちろん、人脈づくりに生かせる研修が多いのも特徴だ。
4位 積水化学工業 32万9,471円
積水化学工業は、住宅建材や高機能プラスチックなどを製造する大手樹脂加工メーカー。大手住宅メーカーの積水ハウスも、積水化学工業を母体として設立されている。積水化学工業の設立は1947年、現在の売上高は1兆1,427億円。社員数は2万6,486人にもなる。
積水化学工業では、社員一人一人が自主的に長所を伸ばせるように、「選択・公募型研修」を実施している。階層別研修のほか、志塾やセキスイ変革塾といった「次世代幹部育成研修」に自ら手を挙げて参加できるなど、モチベーションの高い社員には多様な機会が与えられているのが特徴だ。その他にも、女性のキャリアを支援するセミナーやグローバル人材を育成する制度など、多様なメニューが取りそろえられている。
5位 日立建機 31万8,877円
日立建機は、建築機械の製造や販売、レンタルを行う大手企業。設立は1970年、売上高は1兆337億円、グループ全体を含めた社員数は2万4,591人に上る。グループ会社は海外にも91社が置かれている。
日立建機では、階層別・職能別教育と、選抜型・選択型教育を実施。各研修では、教室のほかにも実習用の工場、実習機、宿泊施設などがそろっており、スキルアップに専念できる環境が整えられている。また、部門上長とも相談した上で行うe-Learningを通し、個々のスキルを伸ばせるプログラムもある。
6位 三菱商事 26万1,780円
三菱商事は、三菱グループの大手総合商社で、三井物産と同じく日本の五大商社の一つでもある。グループ全体では世界約90ヵ国・地域に拠点があり、約1,400もの関連会社を持っている。貿易のほか、生産・製造の役割も担うなど幅広い事業を展開している。設立は1954年、売上高は16兆円を超え、グループ全体の社員数は7万9,994人。
三菱商事は、経営者マインドを持った社員を育成することを基本方針に掲げている。2018年度の実績によれば、グローバル研修制度では108人を27ヵ国へ研修生として派遣。海外のビジネススクールへの留学など、世界各国の文化・言語の習得を支援している。また、米国スタンフォード大学教授陣の協力を得たイノベーション研修もシリコンバレーで実施。事業経営プログラムや経営塾など、経営と密接に関わる研修が豊富だ。
7位 武田薬品工業 22万7,728円
武田薬品工業は、医薬品の開発を主な事業とする日本の大手製薬会社。創業は1781年で、売上収益は1兆7,705億円、グループ全体の社員数は2万7,230人だ。医薬品の研究開発・製造・販売・輸出入を全て担っている。
武田薬品工業は「拓(ヒラク)」「挑(イドム)」といった個性的な名称の階層別研修を実施。また、潜在能力の高い若手社員を、5年間かけて育成するアクセラレーター・プログラムという枠組みも存在する。宿泊施設や食堂を備えた大規模な研修所も保有しており、落ち着いた環境でスキルアップを図ることができる。
8位 持田製薬 21万3,986円
持田製薬は、医薬品の開発・製造・販売・輸出入を行う大手製薬会社。創業は1913年で、売上高は1,096億円、社員数は1,617人。日本各地に営業拠点を持つ。
持田製薬では、薬学を学んだことがなくても基礎からしっかりと身に付けられる研修体制が整っている。また、資格取得を目指す社員の支援制度も充実。海外留学制度やライフプランセミナーなど、多様な人材育成を行っている。新入社員は教育プログラムにのっとって、座学での研修と先輩MRに同行するOJTで、知識と実践をバランス良く学べる。
9位 東京エレクトロン 20万8,600円
大手電気機器メーカーの東京エレクトロンは、半導体製造装置やフラットパネルディスプレー製造装置を開発・製造・販売している。半導体製造装置では、世界シェア第3位という圧倒的な存在感を放つ。設立は1963年、売上高は1兆2,782億円、社員数はグループ全体を含めて1万3,021人、国内に27拠点、海外に50拠点を持つ。
東京エレクトロンでは、マネージャー育成費用に6,200万円を投じるなどの熱心な人材開発を行っている。階層別研修やライフデザインセミナーといった研修体制が充実。また、社員の先見性や創造性を養うため、さまざまな分野の専門家・見識者に未来像を語ってもらう「Visionary Talk」を2015年より開催。テクノロジーやデザイン、経営といった分野の第一人者を積極的に招いた講演も行っている。
10位 ジョンソン・エンド・ジョンソングループ 20万7,026円
ジョンソン・エンド・ジョンソングループは、米国に本社を置く製薬・医療機器などヘルスケア関連製品を主要事業とする大手多国籍企業だ。日本にはジョンソン・エンド・ジョンソンとヤンセンファーマの2社がある。ジョンソン・エンド・ジョンソンの創業は1961年、売上高は非公開で、社員数は2,345人。
外部研修やTOEIC、英会話サポートといった研修が特に充実している。上司と相談しながら個人でカリキュラムを設計できる体制が整っている。そのほか、休職して語学留学やMBA取得を目指すなど、社員のスキルアップを支援してくれる社風で人気が高い。また、女性管理職の人数を増やすことにも積極的な姿勢を示している。
資金の少ない中小企業でもユニークな人材育成で有名に
ランキングには大手有名企業が多く、「人材育成に資金を出したくても、多額の費用はかけられない」と思われる方も多いかもしれない。しかし中小企業やベンチャー企業などでも、人材育成の取り組みに成功したところもある。
株式会社リクルートの転職サイト「リクナビNEXT」が毎年主催する「GOOD ACTIONワード」は、職場の環境改善に尽力して成功した企業に贈られる賞だ。
2018年に選出された「株式会社ISAO」は、社員130人程度のアプリ開発企業。かつて62ヵ月連続経常赤字という業績悪化を経験した同社は、2011年から組織改革に取り組んだ。
ISAOは、役職や階層による情報格差が一切ない「バリフラットモデル」という体制を運用している。事業に関する数値や給与・等級といった人事情報を全社員に公開することで、一人一人が経営や会社の問題点について積極的に発言できるようにした。年代にかかわらず、誰でも平等に成長できる環境づくりが評価された形だ。
人材育成の整備は、一朝一夕でできるものではない。外部から人事や組織変革のエキスパートを雇うことも一つの手かもしれない。会社に適した人材育成の仕組みができれば、長期的な視野から会社の利益を最大化させることにもつながるだろう。
文・木崎涼(ファイナンシャルプランナー、M&Aシニアエキスパート)