コロナ禍による緊急事態宣言終了後の6月30日、久しぶりのIPO企業として東証マザーズに上場を果たしたグッドパッチ(東京都渋谷区)。初日は初値が付かず、公開価格の690円の2.3倍となる1587円の買い気配で引けた。同社はスマートフォンに代表されるデジタルプロダクトのUI/UXのデザイン支援事業を中心に展開。2020年8月期の業績は、売上高前年比32・9%増の22億4000万円、経常利益同2・5倍増の2億円と順調に成長軌道を描いている。

(※2020年12月号「話題の会社を直撃 2」より)

土屋尚史社長
(画像=土屋尚史社長)
土屋尚史社長(37)
土屋尚史社長(37)
つちや・なおふみ
1983年8月3日生まれ。長野県佐久市出身。関西大学社会学部、ネクシィーズグループのイデアキューブ(現ブランジスタ)等の営業マンを経て、大阪のWebデザイン会社に入社、Webディレクターに。2011年3月にサンフランシスコに渡米。btrax Inc.にてスタートアップの海外進出支援などを経験し、2011年9月にグッドパッチを設立。

6月30日に東証マザーズ上場 スマホ等のUI/UXを構築

同社は株式市場では「デザイン会社初の上場会社」といわれている。ここでいう「デザイン」とは一般的な「装飾」だけではなく、本来の意味の「計画・設計」も含まれる。つまり、「企業経営における、ブランド力向上とイノベーション向上を支援し、企業競争力を向上させること、これが当社の事業領域になります」(土屋尚史社長)という。

同社はUI(ユーザー・インターフェイス)・UX(ユーザー・エクスペリエンス)と呼ばれるスマホに代表されるデジタルプロダクトのアプリケーションの「見やすさ」や「使い勝手の良さ」を追求し、クライアント企業にとって一番効果が上がる方法を指南する。

同社が展開するデザイン領域は大きく分けて3つ。「エクスペリエンス・デザイン」と呼ばれるものは、主にスマートフォンやSaa Sのアプリケーション等の戦略立案・企画・設計・開発支援といったUI/UX支援で、ユーザー視点でより使いやすいようにすること。「バンド・エクスペリエンス」は、顧客企業の経営ビジョンやミッションに則して組織やブランドイメージを構築すること。「クライアントのサービスに込める思いや、提供価値を見い出し、強固なブランド形成を支援します」(土屋社長)。

「ビジネス・デザイン」では、顧客企業のデザインに留まらないプロダクト全般の戦略・ビジネスモデル構築を支援する。「ユーザーがどのようにサービスを受け入れることで、どのようにプロダクトを成長させていくかをあらかじめ定義して、その実現方法を提案する」(土屋社長)。

同社が手掛けるビジネスは大きく「デジタルエージェンシー」と呼ばれている。同市場は年々拡大し、現在では世界で12・2兆円の市場性があるといわれている。日本の2018年のデジタルエージェンシー市場は約9200億円、中でも同社の事業領域に該当するプロダクト・サービス3領域合計は4062億円。2023年の日本での市場は5年で成長率14・4%と倍の8000億円規模に拡大するといわれている。

このデザイン領域の中、同社の事業セグメントは2つに分けられる。「デザインパートナー事業」は、ウェブ・iOS・アンドロイド・IoTなどのプロダクト開発の戦略策定、コンセプト設計、UI/UXデザイン、開発までをワンストップで提供すること。「合わせてデザイン組織の構築、採用支援も行っていきます。主に受託請負ではなく、クライアント企業とともに行う準委託契約での仕事です」(土屋社長)。これまでにソフトバンクはじめ、みずほ銀行などの大手企業から、スタートアップ企業まで幅広い案件を手掛けている。

一方、「デザインプラットフォーム事業」では、プロトタイピングツール「Prott」、デザイナー特化型キャリア支援サービス「Re Des igner 」、リモートワークチーム「Goo dpatc h Anyw here 」、クラウドワークスペース「Strap 」などの自社プロダクト・サービスを提供する。

同社の強みは、デザインを手掛ける人材を教育できるシステムを構築していること。デザイナーは一人ひとりが職人気質で、ともすればひとりよがりの行動をとってしまいがちだ。スキルの格差も大きい。

そこで同社はこれまでの実績から体系化されたプロセスと、社内研修で即戦力化する育成体制、社内ナレッジデータベースやプロジェクト振り返りの全社共有、などによる独自ノウハウ資産を蓄積してきた。「その数は今や3万件以上あり、デザイナーの属人性を下げ、クオリティの再現性を挙げる仕組みを構築しているのです」(土屋社長)。

一般的にデザイン会社の多くは、数人から数十人で運営し、100人以上の会社は日本に5〜6社しかないという。しかし同社では登録デザイナー含め240名以上のデザイナーを抱えている。

27歳でシリコンバレーに スタートアップの勢いに刺激受ける

土屋社長はもともと27歳まで、日本のWEBデザイン会社でディレクターとして働いていた。その後「刺激を求めて」(土屋社長)サンフランシスコに渡ったことが転機となった。2011年のことだった。「その年はUber やInstagram など多くの新興企業が生まれ、毎日のようにスタートアップ関連のイベントが行われていました。これらのベンチャー企業の勢いを目の当たりにしたのです」(土屋社長)。

勢いのあるベンチャーのデジタルプロダクトを見ると、日本とはUIが明らかに違っていたという。「日本の企業が作るアプリケーションやソフトウェアと比べて圧倒的に優れていました。聞いてみると各社には必ずデザイナーがいる。デザインを重要な差別化要素にしていたのです」(土屋社長)。

デジタルプロダクトのデザインが重要視されたのは2007年のアイフォンの登場だった。これによりアプリは欠かせないものとなり、多く利用してもらうためには意匠だけでなく使い勝手も求められるようになったのだ。「当時の日本には、アプリに本来の意味のデザインに投資するという考えはなく、機能がたくさんあることが素晴らしいという価値観で開発していました。近い将来、必ずアプリには、ユーザーが求めるものや、使い勝手が重視されるようになるはず」(土屋社長)、と帰国後に本格的なビジネスを立ち上げたのだった。

同社は今後、デザイン領域で売上高100億円超、デザイナー1000人を目標に展開していく。「それだけではなく、今までデザイン会社が手掛けていない領域に踏み込んでいきたい」(土屋社長)という。

同社が目指すのは、デザインを切り口にしたコンサルティングファームだ。「企業のデザイン経営を推し進めるためには、経営チームに必ずデザイン責任者がいること、事業戦略構築の最上流からデザインが関与すること」(土屋社長)。そのため、既存のコンサルティングファームやSIer と呼ばれるITサービス会社を買収することも視野に入れている。