調剤薬局は市場の成熟と収益減、競争激化などにより、特に小規模事業者には厳しい状況である。売却を考える経営者も増えているが、価格相場が気になるところだ。この記事では、調剤薬局の現状と売却の理由、売却価格の相場と算定方法について詳しく解説していこう。
目次
調剤薬局の現状とは?
最初に、調剤薬局の現状を見てみよう。
9店舗以下の小規模事業者が6割超
調剤薬局は、小規模事業者が多いのが特徴だ。厚生労働省による実態調査では、下のグラフのように調剤薬局の6割超が「9店舗以下」の小規模事業者となっている。
1店舗のみの調剤薬局も、3割近い。それに対して500店舗以上の調剤薬局は約6%と、少ないことがわかる。
市場の成熟と小規模事業者集約の動き
調剤薬局市場は、成熟期を迎えていると言われている。「70%が限界」と言われる医薬分業率はすでに69%に達しており、これ以上の新規出店は見込めないことになる。そのため、今後は事業規模拡大による収益増を狙う大手薬局チェーンなどが、6割超の小規模事業者を集約していく動きが加速すると考えられる。
調剤報酬減額などによる収益減
調剤薬局の収益は、減少傾向にある。その理由は、診療報酬の減額や薬価差益の縮小、ジェネリック医薬品による在庫圧迫、消費増税などだ。また、調剤業務の一部を薬剤師以外の者が行えることによる薬剤師の業務量減少で、技術料の引き下げも予想される。したがって、今後調剤薬局の経営はさらに厳しくなると考えられる。
異業種参入によって競争が熾烈に
調剤薬局業界には、これまでの大手調剤薬局チェーンやドラッグストアなどの新規出店やM&Aだけでなく、商社やスーパーマーケット、コンビニエンスストアなどの異業種も参入している。それによって調剤薬局業界の競争が激しくなっており、今後は中小調剤薬局の廃業や大手によるM&Aがさらに増えると考えられる。
調剤薬局が売却を考える理由
このような状況の中で、調剤薬局が売却を考える理由にはどのようなものがあるのだろうか?
診療報酬や薬価の減額による収益減の問題
まず挙げられるのは、診療報酬の減額や薬価差益の縮小などによる収益減の問題である。特に、特定の病院からの処方箋を集中して引き受ける「門前薬局」は、減額が大きくなっているために収益減が目立つ。これまでのビジネスモデルが成り立たなくなりつつあり、経営難から売却を考える調剤薬局は少なくないだろう。
競争激化の問題
競争激化による経営難も大きい。前述のとおり大手ドラッグストアやスーパーなども調剤薬局業界に進出しており、利便性の高さからそちらを利用する人が増えている。
厚生労働省が2015年に策定した「患者のための薬局ビジョン」も競争激化の一因だ。同ビジョンにおいては「『門前』から『かかりつけ』、そして『地域』へ」が提唱され、従来は中心であった門前薬局から、地域の薬局への転換を求められている。
また、同ビジョンでは、
・患者がかかっている医療機関や服用薬の一元的/継続的管理
・ICT(電子版お薬手帳)の活用
・夜間・休日、在宅医療への対応
・24時間対応
・医療機関との連携
なども打ち出されている。これらに対応できない調剤薬局は、経営が困難になることが予想される。
薬剤師不足の問題
薬剤師が不足することによって経営が困難になることも、調剤薬局が売却を考える理由の一つだ。薬剤師が不足している原因は、少子化や薬学部が6年制へ移行したこと、国家試験の合格率が低下したことなどだ。また、大手薬局チェーンやドラッグストアなどが積極的に採用することで、採用費や給与なども高騰している。それにより、中小調剤薬局では薬剤師を確保できなくなりつつある。
経営者の高齢化と後継者難の問題
経営者の高齢化と後継者難の問題も、調剤薬局売却の大きな理由だ。調剤薬局は、医薬分業が進んだ1990年代に開業したところが多い。それから20~30年経って、多くの薬局オーナーは60歳代半ばになっている。一般企業なら、定年退職の年齢だ。
事業承継をして、先代オーナーは引退するのが理想だ。しかし近年は、子どもが薬局を承継する意思がないため薬学部に進まないケースも多く、後継者難となっている。そのため、親族内や従業員などに後継者候補がいなくても事業承継ができる、M&Aによる売却が増えているのだ。
閉鎖が困難という問題
経営者の高齢化によって引退を考える場合は、廃業も選択肢の一つになる。しかし調剤薬局には、廃業による閉鎖が難しい事情がある。
調剤薬局は、医療機関と連携しているケースが多いからだ。医療機関の門前にある調剤薬局が廃業によって閉鎖すれば、医療機関の患者さんを遠く離れた調剤薬局に行かせることになる。すると、医療機関に迷惑をかけることになってしまう。
そのため、調剤薬局を継続したまま経営者が引退できる、売却という手段が取られることが多いのだ。
調剤薬局を売却する際の価格相場
調剤薬局を売却する際の価格相場は「300~1,500万円」と言われているが、実際の売却価格はいくつかの基準に基づいて算出される。ここでは、調剤薬局の売却価格を算出する際の基準について見ていこう。
1. 時価純資産額
売却価格を算定する基準の一つは、「時価純資産額」だ。時価純資産額とは、企業が所有するすべての資産から、負債を差し引いたものである。この場合の資産と負債は、時価に換算したものだ。
調剤薬局の資産には、現預金や株式などの有価証券、店舗の土地や建物、医薬品の在庫、調剤機器、調剤報酬証明書を作成する機器(レセコン)などがある。時価純資産額は、売却価格を算定する際の基本的な要素となる。
2. 営業権
営業権も、売却価格の算定に用いられる。営業権は、向こう3~5年で出し得る営業利益によって計られることが多い。
将来の営業利益を算出する際、将来のリスクがあれば、その分を差し引く。また、売却によって付加価値が付く場合は、その分を加える。
3. 技術料と処方箋応需枚数
調剤技術料と処方箋応需枚数も、調剤薬局の売却価格を算定する際の重要な基準になる。技術料と処方性応需枚数は、調剤薬局の売上に密接に関係するからだ。ただし診療報酬の改定により、調剤技術料は今後減る可能性がある。
調剤薬局の売却価格相場の算定方法
調剤薬局の売却価格相場を算定する方法を見ていこう。算定方法は、主にマーケットアプローチ、インカムアプローチ、コストアプローチがある。
マーケットアプローチ(市場基準方式)
マーケットアプローチとは、市場における同業種・同規模の企業の売買実績を基にして売却価格を算定する方法だ。条件が類似した企業であれば、似たような売却価格になることが合理的に推定される。
類似度を判定するための条件は、事業エリアや事業規模、これまでの業績、市場での立ち位置などだ。複数の類似企業をピックアップし、要素ごとの重要度を鑑みて売却価格を算定する。
インカムアプローチ(DCF法)
インカムアプローチとは、事業が生み出す将来のキャッシュフロー(収入)に注目し、割引計算をすることによって現在価値を算定する方法である。企業の価値は、その事業が将来生み出すキャッシュフローによって決まるという考え方に基づいている。
割引計算をするのは、キャッシュフローを得るのが遠い将来になればなるほど、現在価値が減少するからだ。例えば、現在あるキャッシュは投資によって増やすことができるから、1年後に得られるキャッシュフローと比べて1年分の利回りの分だけ価値が高いことになる。
コストアプローチ(資産基準方式)
コストアプローチとは、前述の時価純資産額に営業権を加えたものを売却価格とする方法だ。時価純資産額は現時点の企業価値を評価するものだが、それに対して営業権は将来得られる営業利益を評価するものである。コストアプローチは現在価値と将来価値を合わせて評価できるため、M&Aにおける売却価格の算定方法として多く用いられている。
赤字でも売却できるのか?
調剤薬局は、赤字でも売却できるケースが多い。赤字になる原因として、まず資金不足が考えられる。資金が不足することで必要な設備を導入できない、あるいは必要な人材を確保できないといったケースである。このケースでは、資金さえ投入すれば財務状況が改善し、赤字を脱却できることになる。したがって、資金力がある大手薬局チェーンなどに売却できることが多い。
また、赤字であっても高い調剤基本料を得ている場合は、売却できるケースが多い。買収を検討する企業は、高い調剤基本料を得ている店舗を求めていることが多いからだ。
ただし、赤字の場合は売却を素早く決断することが重要だ。買い手企業は負債を抱えたくないため、赤字が続いて負債が大きくなると、売却のチャンスはそれだけ減るからである。
今後調剤薬局は売却も視野に
9店舗以下の小規模事業者が全体の6割超を占める調剤薬局は、調剤報酬の減額による収益減や大手薬局チェーンなどの参入による競争激化で、経営状況は厳しくなっている。実際に、大手薬局チェーンなどによる小規模な調剤薬局の買収は増加している。
収益が減少しているとはいえ、調剤薬局は地域の医療機関と連携し、一定のニーズがあるケースが多いため、有利な条件で売却できる可能性がある。赤字であっても、早期に決断すれば売却は可能だ。今後調剤薬局は、売却も視野に入れたい。
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文・高野俊一(ダリコーポレーション ライター)