中小企業の経営者は、事業承継という課題に直面する。スムーズに事業承継できるよう、後継者を選定・育成しておかなければならない。今回は、後継者育成に役立つサービスをはじめ、後継者育成の現状や課題、ポイントなどをお伝えしよう。
目次
後継者育成サービス3選
後継者育成に役立つサービスを3つご紹介する。それぞれの概要や特徴を確認し、後継者育成の手段として活用してほしい。
サービス1.経営後継者研修(中小企業大学校)
中小企業大学校で行われている後継者育成を目的とした研修だ。国の中小企業政策を実施する機関である独立行政法人中小企業基盤整備機構が運営している。
実務経験が1年超あると望ましいとされているが、中小企業の経営後継者候補または経営幹部候補であれば基本的に参加できる。研修は10か月にわたり、経営に必要な能力や知識を習得できるカリキュラムが用意されている。
目標にする後継者像は以下の通りだ。
- 熱意を持った行動ができる
- 自社と自身の将来像を明確に描ける
- 多角的な視点で現状を把握できる
- 素早く的確な判断ができる
カリキュラムの主な内容は以下の通りだ。
- 経営者としてのマインド開発および能力開発
- 経営基礎
- 経営戦略
- マーケティング
- 財務
- 人材管理
- 経営法務
- リスクマネジメント
40年の歴史を築いてきた研修であるため、同期の研修生だけでなくOBとのつながりも期待できる。ちなみに、OBの数は約800名に及ぶ。
サービス2.経営革新塾(商工会議所・商工会)
全国各地にある商工会議所や商工会が主催する研修だ。ワークショップ形式で行われる研修があり、カリキュラムの内容も主催者によって異なる。
中小企業診断士や現役の経営者、コンサルタントなどが講師を担当している。事業計画・財務管理・営業戦略などのノウハウを学べるほか、研修終了後に個別フォローを受けられることもある。
後継者・幹部候補の育成に役立つため、最寄りの商工会議所などで開催状況について確認してほしい。
サービス3.事業承継トライアル実証事業(中小企業庁)
後継者不在の企業が応募することにより、後継候補者を社外から招聘できる。
企業は後継者教育実施企業として応募し、審査を経て人材紹介の依頼を行う。その一方、中小企業の経営者になりたい人物が後継候補者として応募する。
面談を通して企業と候補者が合意すれば、候補者は企業に入社する。つまり、事務局が双方をマッチングさせるのだ。
入社後は、企業が候補者に対して職場内訓練(OJT)を行う。自社の経営環境、事業内容、外部環境、ステークホルダーなどを理解させ、段階を踏んで経営に関与させていく。
また、社外研修(Off-JT)で専門知識を修得させていき、後継者としてふさわしい人材にすべく育成を行う。
候補者は、事務局から派遣される専門家から事業承継に関するアドバイスを受けられる。事務局が開催する研修で事業承継や経営に関する知識を得ることも可能だ。
ただし、この事業は全ての中小企業が利用できるわけではない。応募できる企業は、建設業、製造業、卸売業、小売業を営む中小企業・小規模事業者などが望ましいとされている。
また、育成後に企業と候補者の合意が成立せず、事業承継に至らない場合もある。
後継者育成の現状
中小企業に関する後継者育成の現状について、2019年度版中小企業白書にある調査結果をお伝えする。現状を知って、後継者不在に関する問題意識をあらかじめ高めておくとよいだろう。
調査結果1.事業承継先と引継ぐまでの期間
事業承継の形態として、親族内承継が55.4%と過半数を占め、そのうちの約4割が男性の子供を対象としている。
一方、親族以外の役員・従業員への社内承継が19.1%、M&Aなどの社外承継が16.5%となっている。親族以外に承継する割合が3割を超え、親族外承継も広まったといえよう。
後継者の決定後に事業を引継ぐまでの期間は、全ての形態をあわせて見ると1年未満が55.1%、3年未満が27.9%となっている。つまり、8割以上が3年以内に事業承継を実施している。
形態別のデータも見てみよう。親族内承継では1年未満が48.2%、社内承継では52.9%、社外承継では69.5%である。経営者との関係性が薄いほど、引継ぎ期間が短くなっているとわかる。
また、親族内承継では3年以上が10.9%、5年以上が12.8%という結果も見られた。親族内承継でも引継ぎに時間がかかるケースがあるようだ。
調査結果2.事業承継で苦労したこと
形態ごとに事業承継で苦労した点を多い順に並べてみる。
親族内承継は以下の通りだ。
- 後継者を補佐する人材の確保
- 取引先との関係維持
- 後継者に経営状況を詳細に伝えること
- 後継者の育成
社内承継は以下の通りだ。
- 取引先との関係維持
- 後継者を補佐する人材の確保
- 後継者の了承を得ること
- 後継者に経営状況を詳細に伝えること
社外承継は以下の通りだ。
- 取引先との関係維持
- 後継者を探すこと
- 後継者に経営状況を詳細に伝えること
- 後継者と引継ぎの条件を調整すること
承継の形態によって経営者が苦労する点や行うべき対策などが変わってくることが確認できる。
そのほかに回答された悩みも以下に示しておく。
- 後継者と対話する機会を設けること
- 金融機関との調整
- 従業員の反発
後継者に事業を引継ぐまでにさまざまな課題を解決しなければならない。
調査結果3.後継者教育の内容
決定した後継者に行った教育の内容を多い順に並べてみる。
- 自社事業の技術・ノウハウについて社内教育
- 取引先に顔つなぎ
- 経営について社内教育
- 同業者の集まりに参加
社内で自社教育を行いつつ、利害関係者との関係を深めていく流れが読み取れる。また、同業他社とも交流を深め、業界の状況を把握させる必要もあるようだ。
そのほか、資格取得や社外セミナーへの参加、異業種会社での勤務など、さまざまな教育が見られた。
※参考
後継者育成の課題
後継者育成の課題は主に2つあり、後継者選びと育成方法だ。
課題1.後継者選び
前述した中小企業庁のマッチング事業のように、後継者不在によるM&A事業が以前よりも活発になった。親族内・社内・社外を問わず、後継者の選出は企業存続の観点から重要な課題だ。
前述の調査結果では、後継者決定から事業承継までの期間が短い傾向だったが、できるだけ早い段階から対策を考えておくに越したことはない。
候補者がいるなら自身の後継者として育成し、候補者がいないならM&Aを検討するなど方向性を決めておきたい。
課題2.育成方法
経営に対する知識やノウハウを短期間で身に付けられるとは限らないため、後継者を焦らずに育成していく必要がある。社内・社外を問わずに最適な育成方法を検討しなければならない。
後継者育成のポイント3つ
後継者育成のポイントを3つに分けてお伝えする。課題を解決するためのヒントにしてほしい。
ポイント1.社内で段階を踏んで育成する
後継者をいきなり役員として扱った場合、従業員から反発されることも考えられるため、段階を踏んで育成していくことが大切だ。まずは、企業全体の業務内容を把握させよう。
複数の部署・部門がある場合、それぞれの業務を経験させることも必要だ。合わせて取引先や金融機関に紹介し、徐々に信頼関係を築いていく。実績を重ねた後であれば、重要なポストを与えても社内外の理解を得やすくなる。
ポイント2.社外で経験を積ませる
社外のイベントで知識やノウハウ、会話力、人脈を獲得させる。後継者向けのセミナーやスクールなどのサービスを有効活用するとよいだろう。
可能であれば、同業他社あるいは他業種企業に勤務させるのも一つの手だ。自社とは違う社風や経営手法に触れることで、経営者としての視野を広げられる。
ポイント3.経験を積んでから経営に参加させる
スムーズに事業を承継できるよう、社内外で経験を積ませてから経営に参加させる。経営者が後継者を直接サポートしながら育成し、徐々に業務や権限を引継ぐ。この段階で役員にすれば従業員から理解を得やすくなる。
後継者を補佐する人物も育成
短期間では後継者は育たない。社内教育だけでなく、セミナーやスクールなどのサービスを有効活用すべきだろう。
見落としがちなのが、後継者を補佐する人材の確保だ。後継者の右腕となる人材を前もって育成しておきたい。事業承継を成功させるには、きめ細やかな配慮が欠かせないのである。
文・澤田朗(相続士、ファイナンシャル・プランナー)